16.必ず取り戻す

 □■□


「――御無礼を承知で言わせて頂きます、ぼっちゃま。どうかお止めくだされ」


「俺も動く」と言い出したぼっちゃまに対して、私――コジード・バセスは恐らく初めてになるであろう否定を彼に申していた。


「……なに?」


「お止め下さいと、申し上げたのです。貴方様がおっしゃたのではございませぬか……力を、奪われたと。それでは誰も倒せますまい」


 彼は当然、険しい表情で振り向き私を睨み付ける。

 しかし私は跪いたまま下げた頭を上げることはなく、言葉を撤回することもない。


 このお方に忠誠を誓うからこそ、絶対に譲れないものもあるのだ。


「あとは私が一人でなんとか致しましょう。貴方様の呪いの解除方法も、どれだけ長くかかろうが必ず見つけ出してみせます。私だけの手で使用人達も全て連れ戻し、ヨーキャリオ家も一族根絶やしにします。貴方様がお望みとあらば、【リア充】に関する情報も私一人で集めて参る所存です」


「はっ、お前一人で? いつの間にそんなくだらない冗談を言えるようになったのだ?」


「冗談などではございませぬ」


「馬鹿が、ヨーキャリオ家にもお前一人では太刀打ち出来なかったのだろう? ……死ぬぞ、お前」


「ええ、きっとどう上手く転んでも相打ちが良いところでしょう。……それでも、ぼっちゃまが命を落とすよりはずっと良いのです」


 私は自然と更に深く俯く。自分でもらしくなく声が感情的になって更に低くなっているのを感じた。


『もうテイドー・インキャリオは終わりだ、インキャリオ家も滅びる』


 襲撃にあった日、私はヨーキャリオ家の使用人達が嘲笑いながらそう言っていたのを聞いてしまった。


 あの時はその言葉の意味も分からずただ深い怒りと焦燥も覚えたものだが、今日までそんなものは出まかせの真っ赤な嘘だと信じていた。


 ……しかし、今日やっとぼっちゃまとの御再開を果たしたらどうだ。


 本当に彼は、魔法能力値という【魔導士ウィザード】にとって命とも言えるようなものを奪われてしまっていたではないか。


 おいたわしや、ぼっちゃま。貴方様は類稀なる才能を奪われ、今日までずっとお辛かったのでしょう。


 それも全ては、あの日何も出来なかった無力な私の責任だ。


「もう……良いのです、ぼっちゃま。例えインキャリオ家当主として終わってしまってもいい、インキャリオ家が滅んでしまってもいい。貴方様が生きてさえいればそれで良いのです。もう全ては何も出来なかったこの爺が悪いのだとお考えし、この命と引き換えに……せめて貴方様は、これからは安全なところで平穏に生き延びてください」


 淡々と、と言うには余りにも感情の篭もりすぎている私の懺悔をぼっちゃまは聞き届けた。


 お互いに、沈黙。どのくらいそうしていたのだろうか。


「…………」


 やがて彼は、おもむろに無言のまま私に背を向けて踏み出し……。


「――『エクスプロージョン』!」


 突然、爆発魔法を唱えた。


「……っ!?」


 彼が爆発魔法を放った対象は私などではない。

 こちらへ襲い掛かってこようとしていたコボルトだ。


「グギィ!?」


 威力は0のはずの魔法を受けたコボルトは猛烈な勢いで後方へ吹き飛び、途中にあった木の幹に頭を強く打ち付けて気絶してしまった。


 私としたことが、感情的になり過ぎて気が緩んでいた。ここまでモンスターの接近を許そうとは。


 いや、それよりも……。


「な、なんと!? そのお力は……!」


「……ふ、全く。一方的に辛気臭く話しおって。こちらの話は最後まで聞くものだぞ、爺。俺はまだお前に、何一つ重要なことを話していないというのに」


 ぼっちゃまは溜息を付く。だが、よく見ると彼の口端はにやりと吊り上がっていた。


「まず今までのお前の言葉を二つばかり否定してやる。一つ、【リア充】となった者を元に戻す方法が分かっていないと言っていたな? ……戻せるんだよ、俺の威力0の『爆発』によってな」


「……誠に、ございますか?」


「ああ、後で【リア充】相手に試してやってもいい。そしてもう一つ、確かに俺の魔法能力値は0にされた。元の力を取り戻せる目処も立っていない。……しかし、【リア充】達を爆発させまくることによって新たなる可能性は生まれていた」


「……!」


 ぼっちゃまは、私に「現状」を伝えてくれた。


【リア充】を爆発させ続けた結果、彼は技巧という能力の急成長に成功したのだと。


 この技巧は爆発魔法の威力を伸ばすことは出来ないものの、「吹き飛ばし」という追加効果を強化させるものであったのだと。


「なん……と。では、今のぼっちゃまは……」


「魔法威力0の爆発では、最初こそコボルトにすら苦戦したものだ。しかしつい先日、この『吹き飛ばし』の力を駆使してウルベアーを討伐することにすら成功した」


「……! あの獰猛なモンスターを、今の貴方様お一人で!?」


「ああ、驚くだろ? しかしまだこれからだ。更に【リア充】達を爆発させまくって技巧の能力値をもっと伸ばせば、当然俺の爆発魔法の吹き飛ばし力はもっと強まる。爆発の威力自体は無くとも、この力を利用して出来ることは確実に増えていく。……魔王が何を企んでいるかなど知らないが、この【リア充】という存在を精々有効活用させて貰うつもりだ」


 ぼっちゃまは私を真っ直ぐに見据える。


 その目には、とてもどん底に貶められた者とは思えないような強い希望の光を湛えていた。



「爺よ、俺はこの世界全ての【リア充】を爆発させるぞ。人々を元に戻し、より俺の爆発魔法を強化する。その力でヨーキャリオ家に復讐を果たし、呪いの解除方法を聞き出す。そうして俺は――必ず俺の『最強』を取り戻そう。……どうだ? それでもお前は、俺が、インキャリオ家が、『終わった』と思うのか?」



「……」


 あれだけ出ていた否定の言葉が、何故かもう私の口から出てこない。


 ……それは、とんでもなく長い道のりだと思う。


 今の吹き飛ばし力を以てしても、まだ彼の宿敵パーリーには到底敵わないだろう。

 彼はもっともっと【リア充】を、それこそ言葉通り全世界の【リア充】を爆発させて技巧を強化させていかなければならないのかもしれない。

 

 それでも、彼の言葉からは「必ずそう出来てしまう」と思えてしまうような、不思議と強い説得力と熱い思いがあった。


「…………私、は……」


「よい。もうよいのだ爺。何も考えるな、何も気に病むな。お前は一人ではない、お前の主は確かにここに戻ったのだぞ。……だから今一度、俺と一緒に戦ってはくれないか? 我が最強の執事長コジード・バセスよ」


 ぼっちゃまは、跪いたままの私に手を差し出す。


 ……ああ、貴方様は卑怯なお方だ。


 やはり彼は、血のつながりは無くとも「あのお方」の息子に違いない。


 危険だと分かっているのに、私は貴方様を救えなかった罪を償わなければならないのに。


 そんな、若かりし頃のショコーミュ様のような目で言われては、私はもう従うしかないではないか。


「……っ。は、い……申し訳、ございませぬ……。この爺、出過ぎたことを申しました。もう私は……迷いませぬ。貴方様こそが……私の残された生涯を捧げ、使えるべきお方であらせられる、インキャリオ家最強の【魔導士ウィザード】――テイドー・インキャリオ様。どうかこの哀れな老いぼれを、導いてくだされ……!」


 何も、何一つ終わってなどいなかった。


 私は熱い涙をこぼしながらも、何とか笑みを浮かべてその手を取る。

 彼もまた不敵に笑いながら。


 私達は、お互いに硬い握手を交わすのだった。


「ありがとう、そして任せておけ。さあここから再び始めるぞ。……俺達のインキャリオ家を!」

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