15.爺からの情報
俺も当然インキャリオ家の使用人が今どうなっているのかはとても気になっている。
爺もそれは分かってたようで、咳払いをするとこう切り出した。
「……は。まず我々がどうしているのかについてですが……皆は、恐らく無事に生き延びております」
……曖昧な言い方だな。とにかく俺は無言で更なる話を聞くことにした。
□■□
続けられた爺の話はこうだ。
「あの日」、インキャリオ家の館にて。
訪れていた貴族諸侯をもてなしていたところに、突然ヨーキャリオ家の者達がなだれ込んだきたそうだ。
そこにはパーリー、チレーバ、ラオーチャの姿もあったという。
パーリーは開口一番、
「テイドー・インキャリオは、試合にて負けた腹いせに俺とチレーバを殺そうとした! これは由々しき事態である! テイドーは既に拘束した! インキャリオ家の者達も、ここで大人しく降伏して拘束されよ!」
と言ったそうだ。
当然使用人達は困惑。
だがその中でも聡明な爺はいち早く、
「皆の者、落ち着け! テイドーぼっちゃまがそんなことをするようなお方でもなければ、そもそもパーリー殿に負けるはずもなかろう! 拘束したと言っているが、肝心のそのお姿も見当たらぬ! きっとお一人で逃げ仰せてくれたのだろう! 事情は分からぬが、これはヨーキャリオ家が我々を無抵抗で捕まえるためのでまかせだ! ここは私が食い止める故、早く逃げよ!!」
と激を飛ばし、使用人達を逃がしたのだとか。
囮となって一人残った爺は奮闘。
しかし流石の彼でも、ラオーチャとパーリーの剣聖親子を同時に相手にするのは荷が重かった。
戦いながらもしばらく館を見渡し、本当に俺が拘束されている姿を見つけられなかった時点で彼も逃亡したそうだ。
□■□
「……なるほどな。結果として、インキャリオ家の者達は皆あの館より追い出されたということか。こいつは本当に……インキャリオ家も終わりだな」
「申し訳……ございませぬ、ぼっちゃま……。私が至らぬばかりに、このようなことに……」
「いいや、お前は良くやってくれた。よくぞ使用人達を皆逃がしてくれたよ。……だが、その逃げた使用人達の中でも、未だに所在が分からぬ者もいるのだな?」
「はっ。逃げた数名の者はこの森にて私が保護し、別の拠点にて彼らを匿っております。ですが、大半はまだ見つけられておりません。日数も立ち、ますます遠くに行ったと推測されるので捜索も困難を極めております。……今日、ぼっちゃまを見つけられたことがまさに奇跡でした」
……そうか。この二ヶ月間、爺はずっと俺を含め逃げ延びたインキャリオ家の者達を探していてくれたのか。彼には頭が上がらないな。
そして、どうやら彼の働きもありヨーキャリオ家に捕まった使用人は居ないらしい。
想定していた最悪の状況よりはずっと良いものだ。
しかし俺達も逃げた彼らを見つけられなくては結局意味がない。
日数も経ち、既にこの森とは違う場所で身を潜めている者もいるだろう。捜索が必要な範囲はどんどん広くなり、いくら爺と言えど彼一人では荷が重過ぎる。
先にヨーキャリオ家に見つけられても困るしな。
……やはり、俺も動くべきだ。
だがひとまずは一旦その話は置いておくことにし、次に俺は「あの存在」についての話題も持ち出した。
「爺、ところでお前は……【リア充】なる存在を見たか?」
「はっ。勿論でございます、ぼっちゃま」
「ふむ。俺はずっと一人で森に篭っていたので、あれについては断片的な情報しか入ってこなくてな。知っている範囲で教えてくれ、爺。あいつらは、なんなのだ?」
「……私も、皆の捜索の片手間に集めた情報しかございませぬが」
彼はそう切り出した後に、一呼吸置いてから語り出してくれた。
「ご存知とは思いますが、先日新たなる魔王を名乗る存在が突然この大陸全てを覆うほどの大規模な洗脳魔法なるものを掛けました。洗脳にかかった者は次の被害者を襲い、新たに洗脳することでその数をどんどん増やしています。これは、魔族からの明らかな宣戦布告と言えるでしょう」
「……洗脳か。その魔王とやらは、大陸全土を洗脳出来る程の超越した存在なのか?」
言葉通りなら、この大陸全ての者を掌握してしまっているようなものだ。
そんなことが出来るような奴は魔王どころか神と言っても過言ではない。
だが、爺は首を振った。
「どうやら、それほどまでに完全な洗脳魔法ではないようです。魔王はこの魔法によって、『リアート』と呼ばれる洗脳因子を全世界にばら撒きました。これが体内に大量に入り込んでしまった者のみが洗脳状態に陥るのだとか。……して、その、洗脳因子リアートが身体に入り込んでくる条件と言うのが……」
そこまで言って急に歯切れの悪くなってしまった爺の代わりに、理解した俺が言ってやった。
「異性との接触、だな?」
これは俺が森でも見てきたことだし、流石に察しはつく。
……なんとも、訳の分からん条件だが。
爺も同じ気持ちだったようで、俺の出した答えに渋々と頷いた。
「……左様でございます、ぼっちゃま。正確には異性の身体に触れ、且つ少しでも性的興奮を覚えてしまった場合ですな。こうなっては最後、その者には空気中のリアート因子が大量に身体に流れ込んで来てすぐに洗脳状態となるのだとか。人々はこうなった者達の名を【リアート因子量充分状態者】、通称――【リア充】と呼ぶことにしたのだそうです」
……なるほど、俺も【リア充】という言葉だけは知っていたが、そのような言葉の由来だったとはな。
しかし恐ろしい仕組みだ。条件を満たして性的興奮を覚えた者は【リア充】となり、更にそいつは別の異性を襲って襲撃、その被害者も性的興奮を覚えて【リア充】となる、と。
「あいつらは……その、強姦したりもするのか?」
「場合によってはするようです」
「……なんと」
俺はあの白犬人女に抱き着かれただけで終わったが、あのまま貞操を奪われていた可能性もあったのか。恐ろしい……。
「申し訳ございませぬが、私が知るのはここまででございますぼっちゃま。なぜ魔王がこのようなことを始めたのかも、どうすればこの【リア充】という状態を解除出来るのかは見当も付きませぬ。攻撃して無力化しようにも、彼らは謎の加護によって一切のダメージを与えられません。……何とも、恐ろしい存在です」
「……」
俺は、無言で踵を返して洞窟の出口へ向かう。
爺も立ち上がり、俺に付いてくる。
外に出て、晴れ渡った森を見つめながら俺は言葉を漏らした。
「――この世界で、一体何が起ころうとしている?」
分からないことだらけだが、爺の話も聞いて改めてこれからの方針は固まった。
そろそろとは考えていたが……あと数日でこの森での生活も終えるとしよう。
「情報感謝する。ご苦労だったな、爺。そしてここからは俺も動く。俺の呪いの解除、ヨーキャリオ家への報復、インキャリオ家の再興、そして【リア充】の解明と解放。やることは山積みだ。安心しろ、これでも俺は……」
「御無礼を承知で言わせて頂きます、ぼっちゃま。どうかお止めくだされ」
しかし俺の言葉を遮って返って来たのは、今まで一度もされたことのなかった爺からの否定だった。
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