14.凄腕の執事長

 ■□■


 ――男の名は、コジード・バセス。


 俺が「じい」と呼んでいるこの初老の犬人男性は、父上の代よりインキャリオ家に仕えてくれていた凄腕の執事長だ。

 その仕事ぶりは誰よりも凄まじく、使用人達をまとめる存在でもあった。


 しかも戦闘の腕の方もとんでもないもので、そのクラスは【暗殺者アサシン】。

 気配を殺した上で俊足で相手に肉薄し、短剣で一方的に暗殺することに長けた職だ。


 彼の俊敏能力値がそのクラスらしく凄まじい高さで、確か1000は余裕でオーバーしていたと思う。

 なので速すぎてこちらの攻撃がまず全然当たらない。


 そして、持ち前の「ジャック・ザ・リッパー」という攻撃スキルがとにかくやばい。

 まるで消えるかのように姿と気配を消した次の瞬間には、もう相手の喉を短剣で貫いているとかいうとんでもない技だ。


 以前の俺ですら「自動魔法迎撃」のスキルが無ければ普通に負けてしまうし、純粋な近接戦闘能力でもあのパーリーにも匹敵するレベルだ。


 その強さから、彼には【瞬殺死咆しゅんさつしほう】などというなんとも物騒な二つ名まで与えられている。


 物静かで厳格な雰囲気を漂わせ、戦闘においては冷酷無比とすら言える男だろう。


 しかしなんともありがたいことに、父上や俺には今まで一切反発することなく忠実に仕えてくれている。


 ……当主となった俺のことを、未だに「ぼっちゃま」と呼ぶのは玉にきずだが。

 まあ、彼の俺への敬愛の現れとも言えるので良しとしている。


 俺に「気配遮断」のスキルを教えてくれたのも彼だし、当主としての仕事だって彼に手伝ってもらうことすらあった。


 彼は俺の最高の部下であり、師であり、そしてこの世界で今最も信用している男だと言えるだろう。


 ■□■


 俺は突然の来客であった「爺」を洞窟の住処に案内し、普段自分が座っている椅子に座らせていた。


「そんな……ぼっちゃま。そこは貴方様のお席です。ただの使用人を、そのような所に座らせて頂くわけには……」


「よい。森での長旅、さぞや疲れているだろう。今のお前は俺の使用人ではなく、客人だ」


 いつも通り焚き火の熱で湯を沸かし、茶を淹れる。それも爺がやろうとしたが、やはり座らせた。


 ここはあのインキャリオ家の館ではなく、俺一人だけの住居だ。住人が客人を持て成すことは当然だからな。


 カップに注いだ茶をコシードに渡すと、彼は立ち上る湯気の香りを堪能した後に優雅な動作で一口呑んだ。


 それで落ち着いたのか、その厳格な顔を少しだけ緩ませてため息をついた。


「……ありがとうございます。とても美味しゅうございます、ぼっちゃま。これでは爺の仕事が無くなってしまいますぞ」


「らしくもない冗談はよせよ爺。お前の淹れてくれた茶の方が、そんなものよりも何百倍も美味かったぞ」


 これは事実。この森のサバイバル生活の間、どれほど爺が淹れてくれた茶を恋しく思ったことか。


 俺ももう一つのカップに淹れた茶を呑みながら、洞窟の壁にもたれ掛かる。

 しばらくお互いに無言を貫いた後に、爺の方から声を発した。


「……さて。ぼっちゃまとの再会だけでもこの爺、歓喜に胸がいっぱいでございますが……貴方様には、私にお聞きしたいことが山ほどあるのでは?」


「ふむ……まあ、そうだな」


 相変わらず彼は本題に入るのが早いな。言葉に全然遊びが無いというか……まあ、俺は嫌いではないが。


「いや、まずは俺から話そう。お前、『あの日』に――二ヶ月前の俺とパーリーとの犬人最強を賭けた決闘の日に何が起こったのかも、今俺がどうなってしまったかも分からないだろう」


 彼ら使用人達は「あの日」、決闘の観戦に来ていた貴族関係者をもてなすためにインキャリオの館に籠っていた。俺達の戦いを見ている暇は無かったはずだ。


 もしもこの爺がパーリーとチレーバが俺に呪いをかけるという不正を見ていたのならば、彼もまた不正を覚悟であの場に飛び出して来ていただろうしな。


「む。ぼっちゃまがどうなっているのか、でございますか? もしや、あの裏切り者のヨーキャリオ家に深手を負わされたので……!?」


 ……まあ、似たようなものだな。


 ある意味で俺は【魔導師ウィザード】というクラスとして致命的な傷を負わされた。

 それも、下手をすれば一生癒えることのないものをな。


「その通りだ。ヨーキャリオ家は卑劣な裏切りと不正によって俺の力を奪い、更には俺を亡き者にしようとした」


 そう切り出し、先に俺の方から今まであったことを彼に話し始めた。


 ■□■


「なん……と……!」


 俺の話を聞き終えた爺の声は、珍しく感情的になって震えていた。


「おのれ、ヨーキャリオ! なんと卑劣な! ラオーチャ、貴様はショコーミュ様と共に研鑽を重ねた御関係でありながら、なぜそのご子息をこのような目に! 許さぬ、許さぬぞ……!」


 俺も今まで話している間は怒りを思い出していたが、こうして第三者に怒ってもらえると、少しだけ引っ込むな。

 ……と言ったらその勢いで俺が爺に怒られそうだ。


「そう。俺はヨーキャリオ家の仕込んだ呪いによって魔法能力値を奪われ、パーリーに犬人最強の座を奪われ、更には『テイドー・インキャリオは弱い』と公衆の面前で宣われた。インキャリオ家歴代最優の当主としての俺は……あの日、実質殺されたようなものだ」


「……その呪いを解く方法は、貴方様の博識を以てしても見つけられないのですか?」


「見つけていたらとっくにやっているさ。特別強力な呪いのようで、何をやっても解除出来なかった。……はっ。魔法で誰も殺せない今の俺は、コボルト相手にすら手こずる紛れも無き『最弱』だ」


「おお、ぼっちゃま。なんと……おいたわしい……」


 肩を震わせながら俯いてしまった爺。

 

 だが、今度はいよいよ彼に話して貰わなければならない。


「教えろ、爺。『あの日』、お前達の身には何が起きた? なぜお前はこんな所にいる? ……インキャリオ家の館にいた使用人達は皆、無事なのか?」


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