13.勝利の味
俺はすぐに「その方向」へ駆け出し、当然ウルベアーも追いかけて来る。
「ヴオオオオオオオオオッ!!」
奴は、俺が逃げようとしているとでも考えているのだろう。
それでいい、所詮は知性の低いモンスター。一度身をもって恐怖を味わわなければ、基本的には猪突猛進で突っ込んでくる単調な行動しか取ることは出来ない。
走りながら、俺はまたウルベアーに手をかざす。
「ヴルッ!?」
すると彼は立ち止まり、身を屈める。また吹き飛ばされた時の受け身を取るために構えているのだろう。
……馬鹿め、今度はお前自身には興味がない。
「『エクスプロージョン』!」
こうして爆発魔法を放つ直前。
しかし俺はかざしていた手を咄嗟に動かし、爆発対象をウルベアーから別の物へと変更していた。
それは……俺が今走って接近していた、今度こそあの「巨岩」だ。
こんな形でようやく成果を試せる。
一か月前はぴくりと動かせた程度。今回は、技巧による全ての吹き飛ばし力強化をのせた全力。
――その爆発は、なんと巨岩を高く上空へと放り投げていた。
「よし……いっけぇええええええっ!!」
狙いは完璧。吹き飛ばす角度もほぼイメージ通り。
空中へと放り出された大岩は、そのまま放物線を描いて下降し……。
「グ、ギャアアアアアアッ!?」
十分な落下速度を以て、状況も分からずぽかんとしていたウルベアー目掛けて落ちた。
……決まった。
いくらウルベアーの身体が大きいとは言っても、この巨岩に比べると一回り程度は小さい。
そんなものに押し潰された彼は、うつ伏せの姿勢のままもう身動きが取れない。
「もらった!!」
勿論、一か八かで掴んだこの勝機を逃す俺ではない。
後は地味な蹂躙。素早く剣を構えた俺は、弱所である顔目掛けて何度も切りつける。
「グ……オ……」
ウルベアーはそれを腕でガードすることすらも満足に出来ない。
いくら俺の攻撃が弱いとは言っても、こうも無抵抗に何度も切りつけられてはたまったものではなかったようだ。
ウルベアーは徐々に弱っていき、やがて動かなくなった。
「はぁ……はぁ……」
巨岩に押し潰されたウルベアーが既に亡骸になっていることに遅れて気付き、俺はようやく切りつける動作を止めるとカランと剣を落としてその場で尻もちをついてしまう。
それからしばらくは全く動けず、呆然としてしまっていた。
やがて先に来た感情は、歓喜よりも困惑だ。
……勝ったのか? 本当に?
魔法の力を奪われ、そこらの雑魚モンスターにすら苦戦を強いられていた最弱の俺が?
誰も殺せないはずの爆発魔法を駆使して……この大型のモンスターを、本当に一人で倒せたのか?
「は、はは……ははははは……」
それはやはり喜びなのやら困惑なのやら。
そんなよく分からない笑いが、俺の口から漏れた。
■□■
俺はウルベアーから巨岩をまた爆発魔法でどけると、彼の身体を剣で解体した。
さっきの宣言通り今夜は熊鍋だ。
とはいえ大き過ぎて全部をすぐに食べるのはおろか保存用に持ち帰ることすら困難なので、前足や後ろ足の筋肉など美味しそうな部位を中心に拝借する。残りは森の土に還るだろう。
悪いがこの世界は弱肉強食だ。
お前だって俺を殺そうとしていたのだし、負けてしまったお前が悪い。お前が弱く、俺が強かった。ただそれだけのことだ。
ならばせめて安らかに、この森で眠るといい。
解体した熊肉を一度洞窟に持ち帰った後はまた普段の日課をこなし、あっという間に夜が来る。
晩飯として、俺はお待ちかねの熊肉を鍋に煮込んで食べた。
……正直、めちゃくちゃ美味しかった。
肉食モンスターの肉らしく、案の定硬くて臭い肉だったのに不思議なものだ。
インキャリオ家当主だった頃は、使用人達の作ってくれたもっと美味しい料理を毎日食べていたはずだ。
しかし塩や香料で素朴に味付けしただけのこの獣臭い肉が、それに負けず劣らずの美味しさを感じてしまう。
……それともこれは、喜びや希望といった感情が錯覚させている「勝利の味」というものなのだろうか?
パーリー達に貶められて俺の魔法能力値を0にされた時は、ひょっとして心のどこかではもうおしまいだと諦めかけていたのかもしれない。
俺はもう以前の強さを取り戻すことは出来ないのだと。ヨーキャリオ家に復讐するどころか、このまま森で野垂れ死ぬだけなのだと。
ウルベアーよりも強いモンスターなんて勿論まだまだたくさんいる。俺が力を奪われる以前にばんばん狩ってきたモンスターだって、彼よりも遥かに強かった。
だから以前の強さを取り戻すなど、まだまだ果てしない道のりだ。
俺が今日成せたことなど、本当に些細なものでしか無い。
――それでも。確かに俺は、今日その道への一歩を踏み出したのだ。
「ふ……ふふ、ふふふふふ……!」
俺は熊鍋を一人でばくばくと食べながら、ほんのちょっとだけ涙ぐみながら、止まらない含み笑いを漏らし続けるのだった。
■□■
ウルベアー討伐より約一週間後。
この生活の終わりは見えてきたものの、今日はまだ普通に日課をこなしたり【リア充】達を爆発させるだけの日になるだろうと思っていた。
しかし状況の変化とはまた急に訪れる。
いつものように森で採取をしていた俺の元に、突如そいつは現れた。
「貴方様はもしや……テイドーぼっちゃま!? ああ、ご無事でございましたか……!」
突如背後よりかけられた、少ししわがれた初老男性の声。
そうされるまで気配にも全く気付けなかった俺は驚きながら一瞬で警戒態勢に入り、剣の柄に手をかけながらすぐさま振り向く。
しかしそこに居たのは、ヨーキャリオ家の追手などではなかった。
老けていながらも聡明そうで、凛々しい犬顔で光る丸眼鏡。俺に向けて跪く長身に纏う執事服。
俺はその犬人に見覚えがあった。
「……
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