9.その名は【リア充】
□■□
「魔王」とやらの声を聞いてから、一週間が経過した。
まだ森に潜伏している俺は、今日もまたいつものように食料調達へ行く。木の実が欲しかったのでかなり森の奥深くまで来ていた時だった。
「……む」
俺は、また思いがけず「そいつら」に出くわして木の陰へと身を隠す。
「「リアー!!♡」」
この特徴的な鳴き声、やはり奴らなのか。
だが慌てて逃げはしない。
俺は顔だけを出して声のした方へ静かに向き直ると、そこには大きな鉄の檻があった。
その中には、犬人達がぎっしりと収容されている。勿論まともな様子ではない。
出続ける「♡」のエフェクトと知性の欠落しているふらふらとした動き。
特徴もあの時と酷似しているので例の「洗脳者」で間違いないだろう。
やはり、洗脳されていたのはあの二人だけではなかったようだ。
しかもその檻の中には、ざっと見ただけでも百人以上は入っている。こんなにも大量に洗脳されているのか。
ぞっとする光景だが、彼らには力は無いのか檻を破る様子はなくただ中でぎゅうぎゅうになっている。
そもそも彼らは何故、こんなところで閉じ込められているのだろうか?
……ん? よく見ると、檻の外側で二人誰かが喋っているな。
こちらは洗脳されておらずまともそうな、立派に武装をした獣人達……兵士の奴らのようだ。
このおかしくなった連中について何か分かるかもしれない。
また情報収集のために、俺は彼らの会話に耳を傾けた。
「へ、兵長……本当に良いのですか? こんなところに、アリスブルムの民達を捨て置いてしまって……」
「し、仕方が無かろう! これは国王陛下直々の苦渋のご決断だ! こやつらを野放しにしておけば、被害は増えるばかり……! 『状態異常回復魔法』で元に戻してやることも出来ない、殺すことだって出来ない! お前だって分かっているだろう!?」
「く……分かっています。この目で見て、分かってはいるのですが……!」
「諦めろ、このままでは我々が皆こうなってしまうだけだ! 私とて心が傷むが……ちゃんとした対策を実行出来るようになるまで、こうしておく他あるまいよ」
「――【リア充】化。こうなっては最後、彼らは異性を見境なく誘惑し、被害者も【リア充】にする……。魔王め、我々になんと惨いことを……!」
……【リア充】?
言葉の由来は分からないが、あの洗脳を受けた奴らは、【リア充】と呼ばれているのか?
しかもそいつらは異性を襲い誘惑し、誘惑された者もその【リア充】になってしまうだと?
にわかには信じ難いが……そうか。確かに俺もそうされかけた感覚があったな。
「とにかく触れられない限りは大丈夫だ。最早彼らを元の善良なアリスブルム王民だとは思わず、街中に平気で現れる『ゾンビ』だとでも思うしかない。さ、彼らを置いて戻るぞ。……まだまだ、ワストの街中には奴らが残っている」
「……はい」
そんな会話の後に、彼らはカケドリ(飛ぶ力は無いが、強靭な二本足で地を高速で駆ける大きな鳥のモンスターだ)が引く鳥車へと乗って立ち去ってしまった。
大量の【リア充】を、鉄の檻ごと置き去りにして。
……どうやら、この森の外では想像以上に大変なことになっているみたいだな。
しかし彼らはその【リア充】を「殺せない」と言っていたが、それはどういうことなのだろう?
俺はもっと彼らについて調べようと檻に近づこうとしたが、すぐにその場に踏みとどまった。
俺のいる茂みの別方向から、ゴブリンが五体程の集団で【リア充】達の檻へと近づいて来ていたからだ。
「キシシ……」
ゴブリン達は舌なめずりをしながら檻の扉の前まで来ると、持っていた棍棒で一斉に扉を殴り始めた。
まずいな、あいつら扉を破壊して中にいる【リア充】達を襲うつもりのようだ。
彼らに戦闘能力らしきものはないし、ゴブリンに攻撃されては簡単に殺されてしまうだろう。
止めるか止めないかを決めあぐねている間に、とうとう扉は破壊されてしまった。
そのまま、ゴブリン達は中の人達を襲い――
「キ……ジジ……?」
……なんだ?
あのゴブリン達、棍棒を振り上げた状態のまま固まってしまったぞ?
奴らも【リア充】化した?
いや、例の「♡」のエフェクトも出ていないし、どうやら違うようだ。
「スキル発動、『状態確認』」
俺はスキルを使ってゴブリンの状態を調べると、このような表記が出ていた。
『畏怖(殺傷行動感知により、オウキ・セーユの加護が発動)』
畏怖状態だと?
確か麻痺と同じで相手が動けなくなる状態異常だが、それをあの【リア充】達がゴブリン達にかけたのか?
その状態異常表記からすると……まさか奴らは、攻撃しようとしてきた相手にすぐさま畏怖状態を付与してしまうという、とんでもない特殊能力を持っているとでもいうのか。
それでは誰も【リア充】に攻撃が出来ないじゃないか。
じゃあ一週間前の【リア充】二人が爆発魔法を撃った俺に、そんなものをかけてこなかったのはなぜだ?
まさか――威力0の俺の魔法が、攻撃として感知されなかったから?
何も出来ないまま数秒、ゴブリン達の硬直は解ける。だがこれ以上攻撃をすることは無く、彼らは怯えた様子で散り散りに逃げてしまった。
……今の現象が、あの兵士達が言っていた「殺せない」ということなのか。
そして【リア充】達は、もうゴブリン達には全く興味を示していない。ふらふら、うろうろと壊れた檻から出て「対象」を探して散り始めようとしている。
この数が森に放たれるのはまずいな。モンスターではないので多分「魔除けの結界」も効かないだろうし、俺の洞窟に侵入される可能性がある。
始末するしかないな。
俺はゆっくりと隠れていた茂みより出て姿を表す。
途端に女性の【リア充】達のみがこちらに反応を示し、俺に襲いかかってきた。
「「リアー!!♡」」
兵士達よ、お前達の言っていたことは一つは正しく、だが一つは間違えている。
確かにこいつらは殺せないようだ。「オウキ・セーユの加護」などという、どうやら攻撃に対する自動カウンターが発動するのだろう。俺もこの目で見届けた。
そしてお前達はこうも言っていたな。奴らを「元に戻してやることも出来ない」、と。
だがな――
「――こいつら【リア充】はな、俺が爆発させてやれば元に戻るんだよ!! 『イノセンス・エクスプロージョン』!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます