8.魔王と勇者の歴史
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おかしくなったバカップル二人を倒した(?)後、俺は試しに気絶した彼らを別々の木に括り付け、その様子を草むらの中で息を潜めて観察していた。
やがて、二人は目を覚ます。
「ううん……あれ、あたし何を……ってええ!? あたし捕まってる!? やだ、助けてーオット君ー!」
「ん……? う、うわああああっ!? なんだこれ、俺捕まっているのか!? 嫌だ怖い、助けてくれリリカちゃんー!!」
「はあ!? ちょ、あんたまで捕まっててどーすんの!? この役立たず、何があたしを守るよ!?」
「うぐ……し、知るか! お前こそなんだその口の効き方は! 俺はお前をもっと清楚で健気な子だと思っていたのに! このブス!!」
「なんですってこの軟弱男! ええもう、あんたなんてあたしの方から願い下げよ! 別れましょう!」
「ああ、ああ勿論だとも! 清々するよ! だから……まずは助けてくれぇぇぇぇっ!!」
「だからそれはあたしのセリフなんだって!!」
うーん醜い言い争いだな。
命に危機が迫るとどんな奴でも本性を表すようだ。
さっきまでイチャイチャしていたはずの二人が、今や物凄い剣幕で喧嘩をしている。カップルとしてはもうおしまいだな。
……あまり感じたくはなかったが、なんだろうなこの妙なすっきり感は。
木に縄で括り付けはしたもののそんなに強くは縛っていない。ああしてじたばたしているうちに解けて逃げられるようになるはずだ。
その間にモンスターに襲われるという可能性もあるが……その時はその時だ。そこまで面倒見るつもりは無い。命の危険と隣り合わせの状況で、精々お互いを醜く罵り合うといい。
そして、これに懲りたらもうこんな森に不十分な戦力で入り込むんじゃないぞ。
ちなみにこうしてバカップルをしばらく逃がさないよう拘束してその崩壊を観察していたのは、何もただ愉悦に浸りたかっただけではない。一応確認したいことがあったからだ。
「……ふむ。会話の内容から、やはり『あの状態』になっていた時の記憶が無いらしいな。俺という存在が居たことも覚えていないのか」
この事実からも、やはり彼らを見逃して大丈夫そうだな。
何も覚えていない奴らをわざわざ口封じでこのまま殺す必要もなければ、尋問して情報を絞り出そうとする意味もない。
むしろ今の言い争いで充分に良い情報を提供してくれたと感謝することにし、適当にしばらく見守ってから俺は元の道を引き返した。
帰り道にあったゴブリンの死体を回収して洞窟まで引きずりながら、俺は物思いにふける。
なんだったんだ、さっきの現象は。
どうやらあのカップルは洗脳されていたようにも見えたが、肝心の洗脳魔法をかけた術者らしき存在自体は終ぞ確認出来なかった。
例えばヨーキャリオ家の差し向けた刺客が、俺を殺すために近くの奴に洗脳をかけて襲わせたなんてことも充分に考えられる。
だが俺を殺すために洗脳対象を動かすのなら、その術者も俺が見えるところまで来なければならない。
なので今の状況は術者が俺になど全く興味が無く、ただ洗脳対象を自動操作で適当に動かしていただけだと考えられる。実際に男の方の洗脳対象は全く俺に興味を示していなかった。
俺を狙っていたわけではないとなると……今度は術者の目的、なぜあの二人に洗脳をかけたのかが疑問に上がる。
……そもそも、あの二人だけなのか?
俺だって女に抱き着かれた時、あのおかしな洗脳にかかりかけたようだ。もしや洗脳魔法の対象には、俺も含まれていたのではないだろうか。
ではその洗脳対象とは、この森にいる者全てなのか?
いいや。あるいはこのアリスブルム王国全土……最悪この全世界、アースドラ大陸全土の全生物だとしたら?
突拍子も無い考えだが、先程頭に流れてきた言葉が忘れられない。
――そいつは、自分を「魔王」だと名乗った。
魔王。
知性あるモンスター・「魔族」の中の王に当たる存在に付けられる名称だ。
アースドラ大陸の長い歴史の中でも彼らは何度も出現し、どの代もモンスターや魔族以外の全ての生き物を滅ぼそうと企ててきたとんでもない奴らだったそうだ。
だが、彼らの侵略は尽く失敗に終わっている。
それも魔王が出現する度に、その事象に反応するかの如く人間族の中でたった一人だけ生まれてくる特別な存在がいるからだ。
そいつは――生まれながらにして【
その人物・勇者は仲間を引き連れ、魔王はどの代も例外なくこの「勇者パーティ」に討伐されてきた。
……分かってはいたが、どうやら新たなる世代の魔王がまた十数年の時を経て現れたようだな。
魔王が現れるスパンというのも近年になってだんだんと分かり始め、その予測に基づいてもう「勇者パーティ」の選出はこの世界で始まっている。
「勇者パーティの仲間」など、当然この世界で最も誉れ高き肩書きだ。
誰もがその栄誉を掴みたいと思ったが故に、いつの間にかその座をかけた「最強」を決める決闘が行われるようになった。
力を競い、知恵を競い、血筋を競い。この世界の知性ある種族達は各々の最も誇れる「最強」の代表を選出する。
そして「生れつき」選ばれしたった一人の【
……俺も、この座をかけた戦いに参加していた。
パーリーに卑怯勝ちされてその権利も奪われたがな。
犬人最強に選ばれた彼は、次に猫人や狐人なども含んだ「獣人族」全体の最強の座を狙うのだろう。
そしてもしも勝ち残り、勇者にすらも認められれば、晴れてまんまと「勇者パーティの仲間」となれるわけだ。
……そうなる前に、俺が奴を殺さなくては。
思考が逸れかけた。
此度もまたそのような流れで結成された「勇者パーティ」が魔王討伐に向かう予定だったのだろうが……どうやら今回はその結成前に魔王の方から先手を撃たれたようだ。なかなかのイレギュラーだ。
俺の記憶が正しければ、もうどこかで誕生しているはずの新しき【
「種族」の最強を決める戦いも始まったばかりであるし、この結成はもう少し先になるだろう。
その間に魔王に好き勝手されるのは正直やばいな。
しかし、その新しき魔王とやらの先手の行動が謎だ。
なぜ直接攻め込まず、このような「洗脳」をかけたのか?
この洗脳は、これからも続ける気なのか?
森に一人で引きこもっている俺には何も分からない。また欲しい情報が増えてしまった。
ヨーキャリオ家に貶められた俺にはもう「世界を救う権利」なんてものも無い。
今はとにかく堅実に自分の身を守ることだけを考えると……まだこの森での生活は続けるべきか。
これからも身を隠しつつ、先程の二人組のようにたまにこの森へ迷い込んでくる小さな情報をかき集め、そして俺自身が強くなる術も見つけ出していくしかないな。
こうして改めて今後の方針を固めると同時に、俺は拠点の洞窟の入口に辿り着いた。
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