6.爆発させたい

 俺がひっそりと聞き耳を立てた犬人男女は、楽しそうな雰囲気で会話をしていた。


「あーあ、ゴブリンに逃げられちゃったね。あたし、あいつの雄叫びに驚いちゃって……ゴメンねオット君」


「そ、そんな気にすることないよリリカちゃん! 僕こそ、初めてのクエストで緊張しちゃったよ。ひ、ひぃ……ゴブリン、強くて怖かった、なんて恐ろしい奴なんだ……」


 ……ふむ。会話を聞く限り彼らは、さっきのゴブリンを倒そうとここまでやってきたらしいな。別に俺を探しているわけでは無さそうだ。


 クエストと言っていたし、どうやら彼らは冒険者なのだろう。

 それもゴブリン一体に相当びびってる様子だから、今まで戦ったことすらなかった成り立ての初心者か。それなのにたった二人でこの森へ来るとは、随分と思い切ったことをしたものだな。


 まあ、それならば俺の心配の方は杞憂だったようだな。

 戦う必要は無いようだが、だからと言って下手に姿を晒すのこともリスクはある。


 この近くにある俺の洞窟に近づかれても困るし、しばらく隠れたまま彼らを見張って会話を聞いてみるか。何か有用な情報が聞けるかもしれないしな。


「でも大丈夫だよリリカちゃん。どんなに危険な目に逢おうとも、君は僕が絶対に守るよ!」


「え、本当にオット君?」


「当たり前じゃないか。だって僕は、その……君の彼女なんだから」


「オット君……」


 ……ん? なんだこいつら、付き合っているのか。まあ、冒険者のカップルというのも珍しいものではないのだろうが……。


「このクエストだけじゃないよ、僕が一生君を大切にする。この愛は永遠のものなんだからさ」


「そ、そんなこと面と向かって言われると……恥ずかしいよ。……でも、嬉しいよオット君」


「いいじゃないか、ここには僕しか居ないよ。僕、頑張って冒険者で成り上がるから。お金もいっぱい貯めて、素敵なマイホームも買って、結婚しようリリカちゃん。そうしたら……こ、子供も欲しいね」


「も、もう……オット君のえっち♡」


「もちろん、今日も帰ってイチャイチャしよう! よーし、さっさとこのクエストを終わらせるぞー!」


「もぉ、オット君ったらやだぁー♡」


 ……やっぱ聞いて損したかもしれない。なんだこの聞いているだけで胸焼けする会話は。


「でもオット君、本当に二人だけでこんな森の奥に来て大丈夫だったの? さっきは『二人だけじゃ絶対危ない』って言って、同行してくれようとしてくれた人達をオット君がみんな突っぱねちゃってたけど」


「いいさいいさ、あいつらみんな不細工なおっさん達だっただろ? きっと可愛い君が目当てだったに決まっている。モテなさそうな奴は、何考えているか分かったもんじゃないよ」


「ううっ……確かにそれは怖いね。そっか、だからオット君は『僕のリリカちゃんに近づくな!』って言って彼らを追い返したんだね! やっぱりオット君と二人きりで良かった♡」


 ……は? おい待てそれは良くねえよ馬鹿。

 なんだこいつら、そんな理由でたったの二人でこんなところまで来たのか? 


 この森、確かに今のところは弱いモンスターしか見かけないが面積が大き過ぎる。絶対どこかに強いモンスターだって潜んでいるはずだ。


 今の俺も偉そうに言える立場ではないが、ゴブリンに苦戦するような奴らが断じて二人で来ていい場所じゃない。


 お前達の言うその不細工なおっさん達も、きっと下心なんて微塵も無かったはずだ。何も知らず身の丈に合わないクエストを受けてすぐに死にそうな馬鹿なお前達を見かねて、親切心で声をかけてくれたのだろう。


 それをなんだ、お前らの馬鹿な勘違いで冷たくあしらったってのか?


 ……まずい、呆れなんて感情には留まらずに無性に腹まで立ってきてしまった。


 馬鹿な勘違いとは言え人の好意や尊厳を簡単に踏みにじるような奴らは大嫌いだ。

 特に今は、あのヨーキャリオ家の三人の顔が脳裏にちらついてしまう。


「ああ、やっぱり君が可愛すぎて我慢できないよリリカちゃん! こ、ここでキスだけでもしよう!」


「ええー! も、もう……一回だけだよ……?」


 ……なんかこう、爆発魔法でビビらせてやろうかなあいつら。

 などという突拍子もない考えが、俺の頭をよぎる。


「あいつらが無性にむかつくから八つ当たりしたい」という個人的な感情もある。

 だが「あえてあいつらを怯えさせて、この森から逃がしてあげよう。これは善意だよ」とこの行為を無理矢理正当化している自分もいる。

 頭の上から俺の中の天使と悪魔が同時に囁きかけているような状態だ。


 くそ、どうする。欲望のままに爆発させるか、善意に従って爆発させるか。


 ……っていやいや待てよ、そもそもなんなんだこの二択の葛藤は。やらないという選択肢は無いのか。


 今の俺の爆発魔法は威力が無いにしても音と見た目だけは派手だ。

 確かに奴らをビビらせるには充分だろうが、そもそもまず迂闊に人前で目立つような真似は避けるべきだって言ってんだろうがこの馬鹿当主。爆発させんな。


「で、でも誰かがこっそりあたし達を見てたらどうしよう。恥ずかしいよ」


「いいんだいいんだ、むしろ見せつけてやれ。ちゅー」


「ち、ちゅー……」


 はあ……危なかった。疲れてるのか知らんが何考えてんだ俺、もうほっとけよあんな奴ら。さっさとゴブリンの死体を洞窟に持ち帰って解体している方がまだ健全だ。


 ようやく冷静になり、かざしていた手をキス寸前の彼らから下げて、静かに踵を返して元来た道を戻ろうと――



『――「リアート・リベリオン」』



 時が、止まった。


 いいや違う、ただこの刹那が俺にとって非常に長く感じられたのだろう。


「…………なん、だ……これ……?」


 さっきまでのふざけた思考とは一転、周囲を見渡した俺はただ戦慄する。


 足元に、木々に、森の至る所に。


 誰かが告げた魔法の詠唱と共に、全方位どこを見渡してもびっしりと刻まれている程の超巨大な魔法陣が展開しているではないか。

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