3.課題は山のように
――俺ことインキャリオ家当主「テイドー・インキャリオ」は、長年共存してきたはずの犬人名家・ヨーキャリオ家に裏切られた。
用意周到な卑怯勝ちをされて犬人最強の座を奪われ、更には俺を亡き者にしようとまでしてきた。
企てた主犯格は三人。
俺の幼馴染にして次期当主パーリー・ヨーキャリオ。
俺の許嫁……とは名ばかりで、どうやらパーリーの婚約者となったらしいチレーバ・アービッズ。
そして現当主であるラオーチャ・ヨーキャリオ。
理由もそれぞれ欲望に忠実で、ずっと勝てない俺を妬んでいた、パーリーと結婚したかった、現当主である俺を亡き者にしてインキャリオ家を乗っ取りたかった、と。
思い出しただけでまたイライラしてきた。
双家共同で掲げてきた「勇者パーティの仲間に相応しき最強の獣人族を輩出する」という理念を放棄し、どいつもこいつもなんと自分勝手なのだろう。
見損なったぞヨーキャリオ家。代を重ねてそこまで腐敗していようとは。
やはり貴様らを皆殺しにして一族根絶やしにしなければ、俺の気は収まらない。
……だが他でもない奴らの裏切りにより、この殺戮も不可能ではなかったはずの俺の力は奪われてしまった。
犬人最強を決めるあの大事な試合で、どうやら俺は「永久的に魔法能力値が0になり、魔法威力も0になってしまう呪い」というものをかけられてしまったようだ。
何とかしてこれを解呪したいが、現状その方法は分からない。
さっき試したが、状態異常回復魔法に成り下がった「イノセンス・エクスプロージョン」を以てしてもこの呪いだけは解除出来なかった。
余程強力な呪いで、解除には何か特別な手順が必要となるのだろう。
そんな呪いを誰がヨーキャリオ家に売ったのか、も気になるところだな。
そいつも見つけ出して潰してやりたいし、そいつから直接呪いの解呪方法を聞くのが一番手っ取り早そうだ。
そういった情報を引きずり出すためにも、俺はヨーキャリオ家を必ず倒さなくてはならないのだ。
……だが、そう出来るだけの力が今の俺には無いという現実にまた行き当たる。最悪だな本当に。
魔法という【
精々さっきのように、素人に毛が生えた程度の剣技でそこらの低級モンスターといい勝負を繰り広げられたくらいだ。
ならば魔法ではなく剣の鍛錬するしかないという考えにも行き当たる。
しかしこのまま魔法を捨て、剣の腕を一から鍛える……というのも実はかなり長く過酷な道のりだ。
俺達が個々に持っている能力値というものは、体力、攻撃、防御、魔法、魔坊、技巧、俊敏という七つのカテゴリーがあり、当たり前だが敵を倒せば上がっていく。
このうち体力、防御、魔坊、技巧、俊敏のという四つの能力値は、基本的にただ敵を倒すだけで勝手に上がっていく。
俺達各々が生まれつき持つ「クラス」によって成長しやすい能力値が全然違ったり、倒す敵によっても上げてくれる能力値が違ってくるというのはあるが。
しかし「攻撃」と「魔法」という能力値に限ってはそうはならず、物理攻撃で倒せば攻撃能力だけが、魔法攻撃で倒せば魔法能力だけがそれぞれ上がっていくようになっている。
逆に言えば、いくら剣を使って戦っても魔法能力値は上がってくれないし、いくら魔法で戦っていても攻撃能力値は上がってくれない。
剣を振らなければ筋肉は付かないし、魔法を使わなければ魔法の力を強くできないということだ。
俺は今までずっと魔法を使って戦ってきたから、攻撃能力値の成長はほぼ無いにも等しいものだった。
だからこそ俺も今からこうして剣で戦っていれば攻撃能力値が伸びはするんだが……【
代わりに非常に伸ばしやすかった魔法能力値が今の有様だ。
能力値が伸びないから雑魚を相手するしかない。雑魚しか倒せないから能力値もなかなか上がらない。
そんな負の連鎖でちまちまとしか成長していけない攻撃能力で、今までの魔法能力の強さの代替が出来るまで何百年かかると言うのか。
「はぁ……魔法は終わっている、剣も弱すぎて駄目。八方塞がりだな。どうしたものかね」
このわりと最悪の状況に、俺は思わず一人でため息を付いてしまった。
……しかも、あまり悠長にもしていられない。
俺の目的はただヨーキャリオ家への復讐をする、というだけではない。事実上滅んでしまった「インキャリオ家」の再興も考えなくてはならない。
あのインキャリオ家を成り立たせていたのは当主であった俺だけの働きではなく、あの館に使えてくれていた使用人達の働きもあってこそだ。
しかし昨日の逃亡時、俺はインキャリオ家の館に残っていた使用人達に何も言える暇もなく姿を消してしまった。
突然のインキャリオ家の崩壊という窮地に立たされ、彼らは今どうしているのだろう? きっとヨーキャリオ家の者達が襲ってきたのだろうが、俺のように上手く逃げてくれただろうか?
いくら優秀だった彼らでも逃げ切れなかった可能性の方が高いが……さすがにまだ殺されまではしないだろう。
だが人質に取られ、捕虜のような生活を強いられているかもしれない。
逃げた俺が見つけられなければ、しびれを切らしたヨーキャリオ家は彼らを手に掛けるという最悪の事態も想定出来る。その前に俺は急いで奴らを倒せるだけの力を付けて救出に行かなければならない。
そして上手く逃げていてくれたにせよ、結局俺は早く行動を起こして彼らを見つけ出す必要がある。
そうしなければ、いずれはもう彼らがどこへ逃げたのかも分からなくなってしまうだろう。
とにかく救出なり合流なり、俺が急いで動かなければインキャリオ家は元に戻らないのだ。
しかし、こうして隠れるのを止めて動き出せば俺のリスクは各段に上がる。
そうする前にせめて力を付けたいんだが……だからそれが出来れば苦労はしないんだっていう話に戻る。
「……はぁ、時間が無い。だが闇雲にも動けない。とにかく今は、落ち着いて何か打開策を考えるしかないのか」
この晴れた森には相応しくない辛気臭い顔で、俺はまたため息を付くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます