2.死闘:そこらの雑魚モンスター!
突然唸り声が聞こえてきた方を見ると、そこにはモンスターがいた。
そいつは二足歩行をした犬のような姿で、持っている剣をこちらに向けながら喉を鳴らして威嚇している。
「……ちっ。出やがったか」
一瞬犬人とも見間違えそうになるが、こいつは「コボルト」という一般的な雑魚モンスターで人を見境なく襲ってくる。
昨日も逃げている途中で何体かこういったモンスターに遭遇したものの、そのまま逃げる俺には追いつけず戦闘にはならなかった。
俺のそこそこ高い「俊敏」の能力数値に、雑魚モンスターが喰らいつけるはずもない。
……だが、今日はむしろこの遭遇を待っていたのかもしれない。奴の肉を食料に出来るじゃないか。
「いいだろう、かかって来いよ雑魚モンスター。せめておいしく食べてやる」
「グバァ!!」
襲いかかってくるコボルトに向けて、俺は魔法を……ではなく、抜いた鉄剣を振り下ろした。
キィン! と、お互いの剣がぶつかる音が周囲に響く。その後も繰り返し、両者の武器がぶつかる。
ヨーキャリオ家から少しだけでも剣術を教わる機会があって良かった。
俺の魔法能力値が0になってしまったとしても攻撃能力値まで0にはなっていなかったので、こうした物理攻撃ならばダメージを与えられるはずだ。
……それでも、俺の攻撃能力値の方など素人に毛が生えた程度なのだが。
そこからくりだされるへっぽこ剣撃は、実際にこうして低級のモンスター一体といい勝負をするレベルだ。
だが、一応俺の武器は剣だけではない。腐っても【
剣同士の打ち合いの中、隙を見て俺はコボルトにその魔法を使っていた。
「『ビスター』!」
「……グルッ!?」
魔法にかかった直後、コボルトはビクンと身体を震わせてから動けなくなる。よし、成功だ。
これは麻痺状態を相手に付与する魔法「ビスター」だ。どうやら魔法威力が0になっても、ダメージ以外の効果はちゃんとかかってくれるらしい。
これで動きを止めた。そのまま、俺は――
「――『イノセンス・エクスプロージョン』!!」
……普段の癖で、その魔法まで使ってしまった。
これは俺がずっと愛用していた「状態異常特効ダメージ」を与えられる爆発だ。
今まではさっきのように「ビスター」で麻痺状態をかけてからこの魔法をかける動きが主だった。
状態異常者に特効で大ダメージを与える代わりに、その状態異常を強制解除してしまうというデメリットはあったものの、基本的にこれが一発直撃すれば相手はやられる。
デメリットも全然気にならない優秀な爆発魔法だったのだが……現状話は別だ。
「くっ、やっちまった……!」
音と爆風だけは派手な爆発を見て、俺は動揺の声をあげる。当然魔法威力は0。状態異常特効ダメージもあったものではない。
だが、しっかりと「デメリット」だけは発生する。
「グゥ? ……ウルルルルッ!」
煙の中から、俺の「イノセンス・エクスプロージョン」のせいで麻痺状態が治ってしまったコボルトが怪我一つなく現れた。
ぽかんとしていたのも一瞬、すぐににやりと笑ったコボルトは素早く後退し、何やら落ちていた木の実をすり潰して自分の剣にべったりと付ける。
一見意味の無い行動に見えるが、俺には分かる。今すり潰したそれは……俺がさっき捨てた毒の木の実だ!
再びコボルトが俺へと接近。振り上げてきた剣をまた防ごうと俺も剣を構えるものの、当たり所が悪くて相手の剣は俺の剣をすり抜け、俺の脇腹を浅く裂いた。
「ちっ……これは、まずいな……」
ほぼかすり傷でダメージ自体は大した事ない。だが、今俺の傷口に奴が剣に付けた木の実の毒を塗られてしまった。知能も無い低級のモンスターが、随分と小癪な手を使ってくれる。
途端に、身体の感覚が無くなって意識が朦朧としてくる。毒が効いている証拠だ。
このままでは、俺は動けなくなりこのコボルトに殺されてしまう。
「……いや、待てよ」
だが、俺はすぐに対象手段を思いついた。
すぐに自分に向けて手をかざし、あろうことか魔法を使う。
「『イノセンス・エクスプロージョン』!」
「グルッ!?」
爆風で視界が一瞬遮られ、その向こう側でコボルトの困惑の呻き声が聞こえた。毒で頭がおかしくなり自滅でもしたのかと思ったのだろう。
しかしこの爆発魔法から受けたダメージは0で俺にもなんの害もない。だが、先程のコボルトと同じように「デメリット」は発動する。
俺の重かった身体が、急に軽くなった。
「はあ!!」
状態異常強制解除効果により、毒が綺麗さっぱり消えた身体を素早く動かして煙を突き破り、コボルトへ接近。
……まさか自分に爆発魔法を当てる日が来ようとはな。
しかも高威力であった爆発魔法が、ただの「状態異常回復魔法」のような扱いに成り下がったわけだ。【
しかし、おかげで命拾いをした。
俺を毒にしてもう素早くは動けないと思っていたであろうコボルトは、意味の分からなそうに呆然としていた。
その無防備な脳天に、俺は剣を突き立てる。
コボルトはビクンと一度痙攣し、そのまま剣を引き抜くと血を吹き出しながら後方へ倒れ、そのまま動かなくなってしまった。
■□■
剣でコボルトの死体を解体し、食べられる肉の部位だけを洞窟に持ち帰る。早速昨日見つけた鉱物「フレアタイト」で焚火を起こすと、それで肉を焼き始めた。
焼いた肉は……硬さや臭みはあったものの、まあ食えなくもなかった。味付けもしていないので正直あまり美味しくはない。
だが貴重な肉なので食べないという選択肢も無く、空腹なのもあってか結構食べることは出来た。
とは言え大型犬くらいはあるコボルトの肉を一度に全て食べきることも出来ず半分くらい食べたところで断念。
頂いた命だ、このまま捨ててしまうのも忍びないし、またいつモンスターの肉を取って来られるかも分からない。残りは上手く燻製にでもして保存しておこう。
とにかくこれで腹ごしらえは出来た。
食後に俺は近くにあった渓流で肉を解体する際に手や剣にべったりと付いた血を洗い流す。
「……さて。分かってはいたが、現状はとにかく最悪だな」
そうしている間に俺は、ようやくまともに回るようになった頭で現在自分が置かれてしまった状況を整理していた。
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