1章・世界改編と【リア充】の出現、そして爆発

1.森の洞窟

 ■□■


 ヨーキャリオ家の策謀に嵌められた俺の逃亡から、一日が経過した。俺は今、広大なゲイン森林の奥深くでさっき見つけた洞穴に身を潜めている。


 このゲイン森林内にはモンスターだっているので危険はある。まずはさっさとこの森から出るべきだという考えも頭に浮かんだものの、西に進めば犬人達の港町ワストに出てしまう。


 恐らくヨーキャリオ家は今も俺を捜索し、なんなら「殺し屋」でも雇って刺客として放っている可能性もある。今はアリスブルム王国の獣人達の前に迂闊に姿を晒すべきではない。


 逆にずっと東へ進み、更に山岳地帯を進めば――人間族の国「メクトル」の領土へと入るわけだが……人間族の情報が俺には無さ過ぎるのでこちらも迂闊には飛び込めない。

 俺も一応人間ではあるが、育ちはずっとこの獣人族の国アリスブルムだ。


 そうなると、今は逆にこの森が安全ということになる。


 一括りに「ゲイン森林」という名称では呼ばれているものの、この森林域の全面積はアリスブルム王国の四分の一にもなる広大さを誇る。


 あのコロシアムと俺達の館があった場所から追手をまいてからも、ずっと北へ真っ直ぐと逃げてきたのでもう随分と離れたはずだ。

 こうなると、追手の何人係りで捜索してこようが見つけることは困難だろう。しばらくはこの洞窟に身を潜めていてもいいかもしれない。


 よってひとまず逃亡は成功したようだが、これからのことを考えると手放しでは喜べなかった。


「……ああくそ、寒いな」


 俺は洞窟の中で、雨の降っている外が見える入口を眺めながらそう呟いた。


 さっきまで足跡などの証拠が洗い流される雨の中をあえて進んだという自分の判断は間違っていないだろう。

 しかしおかげで身体はずぶ濡れで冷え切っている。こんな状況で風邪を引き、寝込むのもまずい。


 俺は逃亡で疲れている身体を緩慢な動作で動かし、焚火をするために洞窟内のあちこちに転がっている木くずを集め始める。


 元は何かのモンスターの洞窟だったのだろうが、今は何も住んでいなさそうなので助かっている。

 しかし、中にあるものはこんな小さな木くずくらいしかない。


 ……さて、今の俺が抱えている問題に直面するべく早速試してみようか。


 集め終えた木くずを洞窟の中央に山盛りで置いて、そこに向けて手をかざす。


「『ファイア』」


 俺は最も基礎的な火の単理魔法を唱えると、かざした手の先から炎が出た。それを木くずの山に近づけるものの……。


「……やはり、火がつかないな」


 ため息をつく。俺の火はゆらゆらと燃えているようには見えるものの、全然木くずを燃やしてもくれない。これが「魔法威力0」ということなのだろう。


 というか魔法能力値は0になっているのに、魔法の見た目だけは以前と変わらず現れているというのも変な話だな。そもそもこの火すらも全く出なさそうなものだが……呪いで変に抑えられているせいで、こんな不思議な現象が起こっているのだろうか?


 ともあれこれはとんだ見掛け倒しだ。こんなものでは、パーリーを燃やすどころかそこらの雑魚モンスターすらも殺せない。復讐など夢のまた夢だ。


「……?」


 しかし、一つだけ不思議なことに気が付く。


 出している火が、ほんのりとだが暖かいのだ。


 魔法威力が0になれば、当然火魔法の威力にも直結する「熱」も全く無くなるものだと思っていた。

 実際今出しているこれは火としての機能はまるで無いものの……ならばこのほんのりとだけ暖かい熱は、魔法能力値が0になっている俺のどこから出ているものなんだ?


「……分からんな。考えても仕方がないか」


 ともかく木くずを燃やせないのなら何の意味もない。無駄に魔力を消耗するのも嫌なので火魔法を消し、他に焚火をつける方法はないかと考える。

 

 そんなものは無さそうに思えたが……。


「……む?」


 洞窟の壁に違和感。俺は剣を抜いてその壁の一部を削り取ると、転げ落ちてきた鉱物に見覚えがあった。


「これは……『フレアタイト』か?」


 それは炎を宿す魔法の鉱物で、よく見ると壁にはその黒光りする鉱物がまだまだたくさん埋まっている。


 確かこれは木材など燃えるものに擦ればすぐに火を起こせるという優れものだったはずだ。使ったことはなかったが、以前書物でこの鉱物について読んでいたのを覚えている。


 なので早速集めた木くずに打ち付けると、案の定すぐに木くずは燃えて温かい焚火になってくれた。


「ほう、こいつはありがたいな」


 これで火の問題はあっさり解決。


 温かさに安心した途端、今度はお腹も減ってくる。


 逃げる途中で拝借してきた木の実を数個を焚火で焼いて食べるが、もうそれっきりだし全然足りない。


 昨日までは名家の当主として何不自由無い暮らしをしていたのに、情けの無いことに一転して逃亡サバイバル生活だ。没落貴族でもなかなかここまで急には落ちぶれないだろう。


 そんな劇的な環境変化に俺の身体は思っていた以上に疲弊していたのだろう。しばらく暖を取っていると、次に猛烈な眠気を訴えてくる。空腹もまだ覚えているのに忙しいものだ。


 外は雨も降っているし、また食料調達は寝て、雨が止んでからにしよう。


 そう考えた俺は、睡眠欲に身を任せるままに意識を落とすのだった。


 ■□■


 次の日、逃亡生活二日目だ。


 雨も上がり、洞窟の外は濡れてはいたものの綺麗に晴れた。


 朝日に顔を顰めながら、俺は洞窟の入口から顔だけを出して外を見て周囲を見渡す。

 そこにあったのは雫の光を跳ね返す美麗な森の光景であり、見た俺の気も少しだけ晴らしてくれる。


 ……こんな時だからこそ、気だけは強く持たねば。


 復讐の糸口を探すためにも、とにかく今日という日を生き残る手段を考えなくてはならない。まずは昨日から続く空腹を満たすとしよう。


 俺は早速洞窟から出て、周囲に何かしらの気配らしきものも無いことを確認してから食料調達の為に外に出る。


 森の只中なだけはあり、植物は生い茂り木々にもたくさんの木の実がなっていた。


「チーラ、ナム、リッカ……いや違う。似てるが毒有りのマーザの実じゃないか。危ないな」


 魔法だけではなく、今まで館の書物から色んな知識を得ていたことが役立っている。まさか当時はサバイバル生活をするために得ようなどとは考えたことも無かったが。

 

 そうやって木の実を集めていた時に、突如「そいつ」は草陰から現れた。


「……ぐるるっ!」

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