6.復讐の決意

 ばたんと再び勢い良く控え室の扉が開き、この修羅場にまた新手が加わる。


 入ってきたのはパーリーをそのまま老けさせたような狼男――パーリーの父親で現ヨーキャリオ家当主である「ラオーチャ・ヨーキャリオ」だ。その周囲にはヨーキャリオ家使用人達の取り巻きまで侍らせている。


 奴らはまるで、入口を封鎖して俺を逃げられないようにしているようだった。


「ふむ……何事かねこれは。我が息子パーリーとチレーバ殿が、負けて憤怒しているインキャリオのせがれにと聞いていて駆けつけてみれば……おやおや。剣を構えているとは物騒ではないかなテイドー・インキャリオ?」


「父上!」


「お義父様!」


 彼の姿を見るなりパーリーとチレーバが嬉しそうな声を上げる。


 それはもう、ただの茶番だった。


「ああ、大変なんだ父上! テイドーの奴、今回の敗北に怒ってあろうことか自分の許嫁であるチレーバにまで手を出そうとしていた! それを俺が止めたんだが……テイドーは更に怒って、遂には俺達の命を奪おうとしてきている! おのれ、許せない。実力が無いからって、こんな卑劣なことを……!」


「いや、だったらもうこの男を殺しちゃいましょう! インキャリオ家はこれで終わりますが、こんな奴を輩出しているエセ名家なんてもう無くなってしまえばいいんですわ!」


 二人の言葉にラオーチャはゆっくり頷くと、俺を見てにやりとその口角を釣り上げた嫌な笑みを浮かべながら口を開いた。


「……くくっ。よろしい、テイドー・インキャリオを捕獲せよ! いや、もうここで殺しても良い! 捕まえてもどの道パーリーとチレーバが証人となり、こやつを殺人未遂の罪で犬人裁判にかけた後に処刑する! これでインキャリオ家は終わり、その遺産も全てヨーキャリオ家の物だ! パーリーもいずれは晴れて獣人族最強の座に着き、ヨーキャリオ家はますますの安泰と繁栄が約束されるであろう! くははははははっ!!」


 ……ラオーチャ、やはりこいつもグルだ。


 このクソジジイ、そんなにヨーキャリオ家だけの繁栄が欲しかったのか? その為ならば、先祖代々手を取り合って生きてきたインキャリオ家をこうも簡単に切り捨てるのか? 

 こんな男が、俺の「立派だった父上」と同世代だったとはとても思いたくない。


 恐らくそれは、ヨーキャリオ家総出ででっち上げたシナリオだ。


 俺に呪いをかけて負けさせ、大衆にはパーリーが俺に真っ当な実力で勝利したと思わせる。


 インキャリオの使用人達に貴族関係者を持て成すために全員コロシアムではなく館にいるよう頼んできたのも確かこいつらからだ。どうしてもこのコロシアムでの決闘で俺を孤立させる必要があったのだろう。


 そして俺をここで殺すことによって、呪いをかけたという事実そのものを隠蔽する。

 これでもう、誰もパーリーの最強を疑うことはない。


 ……誰が殺されてやるか。


 絶対に許さない。復讐してやる。


 幸いだったのは、これだけの屈辱と怒りを覚えても尚、自分の心の奥底は冷静だったことだ。


 パーリー、チレーバ、ラオーチャ。復讐しなければならない相手が余りにも多過ぎる。

 ここで闇雲に暴れても、今までの自分ならばともかく魔法能力値を0にされた俺に三人を殺すことは不可能だ。


 ならばいつか確実に復讐を果たすためにも、今俺がやれることは一つしかない。


「『エクスプロージョン』!」


 すぐに爆発魔法を発動し、部屋を煙で埋める。当然威力は無くなってしまっているものの、変なことにその煙と音だけは健在だ。これなら目隠しの煙幕くらいにならなってくれる。


「な……くそ、逃げる気か!? 追え、逃がすな!」


 この控え室が一階であって助かった。パーリーの焦った声やチレーバの悲鳴を聞きながら、俺は窓を破って外へと逃走。


 植え込みに降りると、咄嗟に視界の端で銀髪が揺れたのを捉える。


 そこには、俺をとても心配そうな目で見つめる先程のエルフ女性シーラがいた。


「テイドー、様……!」


 とてもではないが、彼女に構っている暇もない。

 俺はすぐにシーラから視線を外して、彼女を置き去りに外へ――このコロシアムとインキャリオ・ヨーキャリオの館の周囲に広がっているゲイン森林の中へと入っていく。


 そんな俺に、シーラは必死に声を張り上げていた。


「ごめんなさい! 貴方のその凶悪な呪いは、私の浄化の力を以てしても解呪が出来ません! ですが、あの場で何が起こったのかははっきりと分かっています! 少なくとも、どんなことがあろうとも私だけはテイドー様の味方です! ですので……どうか、そんなものに負けないで……っ!」


 背中越しに聞こえてきた言葉が頭に残る。

 彼女が何者かは知らない。だが「味方」だと言ってくれたことが、少しでも俺の救いにはなったのだろうか?


 だがその声も姿も、俺が煙幕として次々と自身の後方で起こす爆発魔法の轟音で掻き消えていく。もう彼女と会うことはないのだろう。


 切り替えた心には、再び怒りの炎が熱く燃えている。


 とにかく屈辱に耐えながらも今は逃げて、いつか必ずヨーキャリオ家に復讐する。そしてこの忌々しい呪いの解呪方法を聞き出す。


「くそったれ、先に仕掛けてきたのはお前達だヨーキャリオ家! パーリー、チレーバ、ラオーチャ! 全員殺して、必ずお前達の一家を滅ぼしてやる!!」


 そんな決意を胸に強く抱き、叫び、俺は苦渋の思いでインキャリオ家の館を手放して逃亡するのだった。




<序章・決闘と策謀、そして爆発――完>




 ■□■


「コジード執事長! テイドー様、もう勝利なさいましたかね!? 私、コロシアムを覗きに行ってもよろしいですか!?」


「落ち着くのだライザ。インキャリオの使用人たる者、常に堂々としておれ。まだお越しいただいた貴族関係者達客人のもてなしもこの館で行わねばならん」


「う……それでも、気になってしまいます! こんな時に私、給仕などとても……!」


「はあ……気持ちも分かるが安心せよ。インキャリオ家歴代最強たる我らが『ぼっちゃま』の勝利は揺るぎない。必ずや『犬人最強』の称号を手にし、我々のいるこの館へと戻ってきてくださるはずだ」


「それもそうなのですけど!! それでも気になるものは気にな……え?」


「む、どうしたのだ?」


「……いえ、今……コロシアムの方で爆発が。しかもあれって、中央の戦う広間じゃなくてその端っこの……テイドー様の控え室?」


「なんだと? ……ぼっちゃま?」

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