5.女の裏切り

 パーリーの言葉通り、魔法能力値が0になって誰も倒せなくなったのならば……それは「最弱」になったことを意味する。


 その事実を受けて絶句したまま動けないでいる俺に、更なる追い打ちが来る。


 また新たにこの部屋に入ってきた女性からの非難の声を浴びせられたのだ。


「何をしてるんですかテイドー様! 私、あなたがこんなに弱いなんて知りませんでした! 本当にがっかりよ!」


 犬顔の女性チレーバだ。先程はにこやかな顔をしていたのを一転させ、今は怒りの形相で俺を睨みつけている。


「……ッ! 違う、聞けチレーバ! これは不正だ! パーリーでは使えないはずの変な呪いを俺にかけてきた! 明らかに、あの決闘で第三者の手が加わったんだ!」


 咄嗟に出た言葉でもあったが、少し考えればそうでしかない。【剣使いスラッシャー】のパーリーに、「呪い」など高度な魔法を扱えるはずは無いのだから。


「……く、くくっ。もう変な芝居はしなくていいよチレーバ。やはり君は美しい上に、とても頭がいいね」


 だが先程よりもさらに可笑しそうに笑いをこらえた声で、パーリーはそうチレーバに言った。


「……あら、うふふ。そうでしたか――愛しのパーリー様♡」


 すると途端に彼女も顰め面から可笑しそうな顔に変わり、パーリーの腕に自分の腕を絡ませる。


「な……! 何故お前がパーリーと仲良く……そうか、さっきのお守り! まさか、お前達最初からグルか!? 初めから、これを俺に渡すために……!」


 咄嗟に俺はさっきチレーバに付けられたお守りを見ると、既にそれは黒焦げになっていた。確かさっきの呪いは、こいつから発生していたように見えたのだ。


「ははっそうさ! それは持たせた対象の魔法能力値を永久に0にする呪いを発動する強力な呪具なのだとか。僕が父上に頼んで、知り合いの【呪術師ソーサラー】から譲ってもらってね! それを君の許嫁チレーバに違和感無く渡させたというわけさ」


「だってぇ、成功すればパーリー様が私と結婚してくれると仰るんですもの。テイドー、強いのだか知りませんけど真面目過ぎてつまらなかったわ。しかも、気味の悪い人間族とかあり得ません。私、本当はこんな下賤な輩と許嫁の関係にあるとか本当に辛かったんですのよ……ぐすっ」


「ああ、悪いのは全部テイドーさ、こんな美女に辛い思いをさせるだなんて。……ずっと素晴らしい演技でテイドーを欺いてくれてありがとうチレーバ。愛しているよ♡」


「私も愛しています。うふふ、これは『愛』の勝利ですね、パーリー様……♡」


 今までの許嫁としての振る舞いは、全部嘘だったのかチレーバ?


 俺を嫌う素振りを見せて来なかったのは、今日この計画を実行する為……パーリーの為だったと? 

 

 俺をそっちのけでイチャイチャし始めた二人に、怒りに震える手で引き抜いていた鉄の剣の切っ先を向けた。


「……くだらない。『愛』? そんなもんの為に、俺はここまでのことをされたのか? 殺す、お前ら絶対に許さない!」


「いや……怖い! あの人、負けたのに八つ当たりで私達を刺そうと……!」


「怯えなくて大丈夫だよ、チレーバ。僕が守ってあげるから。……おい、やめとけよテイドー。お前、純粋な剣の腕比べの方でも俺に勝てると思ってんのか?」


 パーリーはチレーバを庇う素振りをしつつ、俺に正論で脅しをかけてくる。


 魔法でダメージを与えられないのならば、それ以外の手段として剣を使うしかないが……パーリーの言う通り、残念ながら俺には剣の腕前はない。物理攻撃に必要な俺の攻撃能力値はとても低いからだ。


 それでも構えは解かなかった。


「くそが、何故だパーリー! 何故お前はこんなことをした!?」


 魔法を扱うクラスの者から事実上魔法の力を永久的に奪うなど、考えうる限りで最悪の貶めだ。よっぽどの恨みが無ければ普通ここまではしない。


 俺は怒りに震える声で問うと、返ってきた声もまた怒りを押し殺した低い声だった。


「何故だって? そんなことも分からないのかテイドー? 俺はな……ずっとお前が目障りだったんだよ。お前の方が俺よりも強い強いと噂されてきてさぁ! お前さえいなければ、俺は今頃もっとちやほやされていたはずなんだ!」


「……は、なんだそれ!? ただお前が俺のように努力もせず、何もしてこなかっただけだろ!? これは正当な評価だ、努力の結果だ!」


 逆恨みもいいところだ。俺の怒りはますます強くなる。

 目障りだったから、正々堂々戦うこともせずに卑怯で陰湿な手段で相手を排除すると? ふざけるのも大概にしろ。


「実力で勝てないと分かったからってこんなことをするとは……卑怯者! お前達は、ただの卑怯者だ!!」


 だが、この上なく怒る俺に対して今度は隣のチレーバが声を荒げる。


「はあ、卑怯ですって!? 馬鹿なことを言わないでよ、この人間顔のブサ男!」


「……は、ブサ男? お前達は俺の見た目が気に食わないのは知っている! だがそれと、お前達がただの卑怯者だということに何の関係があるんだ!?」


 人間族が犬人に嫌われている容姿をしていることは勿論分かっているが、当然そんな見た目の罵倒などで俺が怯むこともこの怒りが収まるはずも無い。

 

 だが、対するチレーバも全く怯むことなく耳障りな金切り声で言い返してきた。


「だからさぁ! あんたみたいな毛もないヒョロ男なんかに、犬人族最強は相応しくないって言ってんの! あんたが武勇を立てたところで、そのブサい見た目では余りにも映えないわ! それよりもかっこよくて優しくて強いパーリー様が活躍した方が、何千倍も絵になるでしょ!? この人が勇者パーティの仲間になった方が、犬人の評判だって大きく上がるに決まっているのよ! あんたなんて精々、こうしてパーリー様の踏み台になっている方がお似合いなんだわ!」


 ……このくそ女。こんな自分勝手な理由で、俺の才能と人生は奪われたというのか? もう返す言葉すらもない。剣を突きつけたまま、俺は震える声で言った。


「……この、アバズレのくそビッチ女が! お前達、絶対ぶっ殺してやる!」

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