第10話 聖水

「わんわんわんわん!」


飯を食って元気が出て来たのか、ポチンがティティの横に座る俺に飛びついて来て顔を舐めて来る。


う、超絶くせぇ!

やばいぐらい臭い!


その臭いはティティの比ではなかった。

カメムシでもここまで臭くないぞ。

何をどうしたらこんなに臭くなれんだよ。


「ちょ、ちょっと離れてくれ」


このままだと鼻がもげてしまいそうだったので、俺は両手でポチンを引きはがした。

ティティもそうだが、こいつも洗ってやらんとならんな。

でないと臭くて敵わん。


その時、ふとひらめく。

俺には強力な洗浄液――そう、おしっこがある事を。


「ちょっとそこでお座りな」


素直にポチンが尻尾フリフリお座りしてので――ティティがしつけてたのかな?――俺は腰の袋からおしっこの入った瓶を取り出す。


「じゃじゃーん」


その瞬間、それまで大人しかったゴキミが俺の周りを高速で旋回しだした。


急にどうしたんだこいつ?


何を興奮してるのかは知らんが、取り敢えず無視する。

ちょっと鬱陶しいけど。


「それは?」


「これはかけると汚れが一瞬でとれる凄い洗浄液さ。見てな」


蓋を開け、液体を座っているポチンへと振りかける。


「わぁ……」


液体を浴びたポチンの体が光る。

そして汚れでドロドロベトベトだった毛並みが瞬く間にサラサラに変わり、ふわっとした感じに生まれ変わった。


やったぜ!

効果は抜群だ!


「わおわお!」


ポチンを抱き上げて臭いを嗅いでみた。


うん、臭くない。

汚れだけじゃなく、臭いも完璧に消えてる。

小汚い便器を一瞬で洗浄したパワーは伊達ではないな。


「あ、あの……おじさん、出来たら私も……」


ティティがもじもじしながら俺を見る。

どうやら自分の汚れも落として貰いたい様だ。


「えーっと……」


だがそれは流石に戸惑われる。

何故ならこの洗浄液は俺のおしっこだからだ。

犬にひっかぶせるぐらいならどうって事はないが、ティティに振りかけるとなると話は変わって来る。


40超えたおっさんが。

10歳のいたいけな少女に。

おしっこを振りかける。


日本でなら重大事案待ったなし。

変態プレイ極まれりである。


「あ、ごめんなさい……私、厚かましかったよね……」


「いやいや、そんな事はないよ」


謝るティティの姿に俺の良心が痛む。

良心からブレーキをかけた結果、良心が痛むとはこれ如何に。

いやまあトンチはいいか。


「ティティを綺麗にするに、ちょっと量が足りないかなと思っただけだから」


どうせティティはこれの原料が何か知らないのだ。

ならば彼女を落ち込ませるぐらいなら、その事は俺の胸にしまっておけばいい。


そう、これは只の洗浄液だ!


「まあでも、かけるだけかけてみようか」


俺は洗浄液をティティに振りかけた。

量的には半分も残っていなかったので、頭や肩に振りかけたら無くなってしまったが、何故だか彼女の全身が光り輝く。

どうやら俺のおしっこは、塗布部分だけではなくその周囲にも作用する様だ。


「わぁぁ……凄い……服が綺麗になった」


「ん?」


ティティの姿から汚れが落ち、キラキラ少女に生まれ変わった。

その姿に俺は首を捻る。


綺麗になった。

そこまではいい。

そう言う目的で振りかけた訳だからな。


問題は、ほつれ破れてボロボロだった服がまるで新品みたいになった事だ。


洗浄液じゃ服は修繕されなよな?

ひょっとして俺のおしっこって、ただの洗浄液じゃない?

謎だ。


いやまあ、おしっこに洗浄効果がある事自体謎なので、今更と言えば今更だけど。


「あれ?」


ティティが不思議そうな顔になる。


「感覚が……」


何か違和感でもあるのだろうか?

彼女は自分の首元に手をやり、袖を引っ張って右肩を露出する。


すると――


「あ……」


――そこにある筈の呪いの痕跡が、全く見当たらなかった。


「痣がないって事は……ひょっとして呪いが消えたとか?」


実はあれは只の汚れだったとか?

いやそうは見えなかったんだけど?

どういうこっちゃ?


「おじさんが……なおしてくれたの?」


彼女が驚きに大きく目を見開きながら、こっちを見た。


本当に呪いが消えたなら。

そして状況的に考えるなら。


まあ俺のおしっこが消したって事になるんだろうけど……


うーん、分からん。

解呪能力も含まれてたって事か?


それじゃまるで聖水……


って待てよ。

俺は呼び出されたんだよな。

教会に。

聖女として。


手違いだとばかり思っていたけど、実は聖女召喚が成功した傷んだとしたら?


……つまり、おっさんの俺が聖女だったって事か。


え?

でもおっさんだよ?


聖なる女と書いて聖女。

俺は完全に男で、なんなら股間のあれはアナコンダ。

どう考えても聖女とはならない。


いやでもそうでなきゃ俺のおしっこにそんな効果が宿る訳ないし……ううむ、分からん。


「おじさん……ありがとう!」


ティティが感極まって抱き着いて来た。


正直意味不明な状態ではあるが。

何にせよ。

ティティの呪いが直ったってんならまあ良しとしよう。

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