第8話 呪い
「えーっと……君はこんな所で何をしてるのかな?」
「!?」
俺が声をかけると、その子は驚いた様にバッと顔を上げる。
どうやら近づいて来た事にすら気づいてなかった様だ。
「あ、あの……」
小汚い恰好をしているので見た目からだとちょっとわかり辛いが、声から考えるにこの子は女の子だろうと思われる。
「あー、別に怪しい物じゃないんだ。俺は――エテネ教会の方から来た人間でね。君の事が気になって声をかけたんだ」
俺は自分が不審者でない事をアピールする為、エテネ教会の名を出した。
教会の『方』から来たというは嘘じゃないからな。
冗談抜きでこの世界における出発点だし、召喚されたから関係者と言っても過言ではないのだ。
「わ、私は……その……」
俺の言葉に、彼女は困った様な顔で俯いてしまう。
声をかけたのは余計なお世話だったろうか?
とは言え、声を掛けずに放っておくと言う選択肢はなかったのだから仕方がない。
「その子、随分弱ってる様に見えるけど……」
犬(?)は少女の手の中でピクリとも動かない。
単に寝てるだけの可能性もあるが、犬自体がボロボロの見た目をしているので弱っているようにしか見えなかった。
そこを指摘すると、彼女の肩が一瞬びくりと動く。
どうやら図星の様だ。
「お腹空いてない?もしよかったら食べ物を買ってきてあげるよ。その子の分もね」
怪我がある様には見えないので、単純に栄養失調か何かなのかもしれない。
そう考えた俺は、食べ物を買って来る事にした。
「あの!」
その場を離れようとした俺を少女が呼び止める。
「ん?何かリクエストでもあるのかい?」
「違います。そうじゃないんです。私は……私は……呪われてて……だから、私に関わったらあなたが……」
「呪い……」
何を馬鹿なと、此処が地球だったら笑い飛ばしていた事だろう。
だが今居る場所は異世界。
それも別の世界の人間を、当たり前のように呼び出す魔法のある世界だ。
呪いなんて物が存在していてもおかしくはない。
「――っ!?」
少女が右手で自身の襟首を引っ張って、肩を俺に見せた。
そこには赤黒い大量のミミズがのたうった様な文様が浮かんでおり、しかもそれはうねうねと動いていた。
その不気味さに、俺は思わず息を飲む。
「それにこの子も」
女の子が子犬の頭を優しく撫ぜると、子犬が頭を上げて目を開く。
それを見て再び俺は驚く。
本来左右についていて然るべきあろう目が、犬の顔の中心に一つだけしかついていなかったからだ。
「呪いで目が一つになってるのか」
「サイクロドッグは……元々目が一つだけです」
あ、違った。
地球の常識だと犬は目が二つあるから、この世界でもてっきりそうなのかと思い込んでしまってた。
というか、そもそも異世界だから見た目は似てても別の生き物なんだよな。
ゴキの時しかり。
その辺り、しっかりアップデートして行かないとな。
「呪いは……」
少女が子犬を引っ繰り返すと、その腹部には彼女と同じミミズの様な動くあざがあった。
見た目が全く一緒なので、たぶん彼女と同じ呪いなのだろうと思う。
「私達の呪いは……周囲の人を不幸にする物なんです……教会でも解除は無理だって……だから……」
周囲を不幸にする上に、解除不能な呪いか。
それで教会に保護される事無く、こうやって空き地で一人――正確には一人と一匹でいるって訳か。
いやそれでも保護してやれよって気はするが、俺の事を当たり前の様に追い出す場所だからな。
それを期待するだけ無駄というもの。
「……よし!ご飯を買って来るよ!」
「へ?」
俺の言葉に、少女が目をパチクリさせる。
きっと引きつった顔で離れていく反応でも、想像していたんだろうな。
呪いによる周囲の不幸を、ただの迷信と切り捨てた訳じゃない。
魔法のある世界で、教会も放棄した位だから、実際に呪いの効果はあるんだろうと思う。
……だけど放っておけない。
俺は自分が善人だとは全く思わない。
所詮、親のすねをかじって生きて来た様な人間だからな。
だけどこれだけは知ってる。
苦しい時に、誰かが手を差し伸べてくれる事の喜びを。
結果的に引きこもり続行だったとはいえ、俺がこうして人前で普通に振る舞えるのはそんな風に俺に接してくれた人達のお陰だ。
あ、その人達の中にはちゃんと両親も入っているぞ。
ほぼ無干渉だったとはいえ俺を養ってくれていたし、何より、両親の構築してくれた環境あったからこそ、俺を支え傷を辛抱強く癒してくれた使用人の皆や、医者の先生と出会えた訳だからな。
まあ何が言いたいかと言うと、悲しそうな少女と弱り切ってる犬を放ってはおけないと言う事だ。
少々の不幸なら我慢するさ。
……まあ多分、死ぬ様な事はないだろうしな。
もし彼女達の受けている呪いが側にいる人間をバッタバッタ死なせる程酷い物なら、彼女はそもそもこの街からだって追い出されているはず。
空き地とは言え、この場にいられるのがそこまでの物でない証拠だ。
「なにが良い?リクエストは聞くよ。ああ後、その子が好きな物も教えてくれると有難い」
「え……でも……」
「いいからいいから。遠慮しないで言ってごらん」
「は……はい……ありがとう……ございます」
少女の顔が崩れ、両目からぽろぽろ涙がこぼれ落ちた。
俺はその頭を優しく撫でてやる。
うん、べっとべとだな……
たぶん相当長い事シャワーも浴びてなかったんだろう。
少女の髪は偉い事になっていた。
というか、最初っからずっと思っていたんだが、体臭もかなりキツイ。
まあ路上生活してたんだからしょうがないよな……
俺は少女が落ち着くのを待ってから欲しい物を聞き、そして食料や水を買いに向かう。
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