第4話 あれ?おしっこの様子が……

実家は金持ちだった。

だから住んでいる家は屋敷と言われる様な豪邸で、使用人が何人も働いていた。


そのため、室内はいつもチリ一つ落ちていないぐらい綺麗に清掃されていた訳だが……


「きったない宿だな」


木造建てのボロイ安宿の二階。

それが今晩俺が止まる宿泊施設だった。


「ま、金の無駄遣いは厳禁だからしょうがない」


地球での生活で金に困った事はない。

だがここは異世界で、教会からお詫びに貰った金は一生を暮らせて行けるほどの額ではなかった。


必然的に俺は節約を迫られる事となる。

だから安宿。


まあ潔癖症って訳じゃないので、そこまで気にはしないが。

庭で運動後寝転がったり、そこにいる虫を捕まえてぶん投げる遊びとか普通にしてたしな。


「とはいえ、お前と同衾どうきんするきはねぇぞ」


簡易な木造のベッド。

その上に敷かれた薄汚れた布団。

そこに一匹の黒い虫がいた。


地球では黒い悪魔やGの愛称なんかが付く、憎いあん畜生。

そう、ゴキブリだ。


「異世界の生物だけど、どう見てもゴキブリにしか見えんな。収斂進化しゅうれんしんかって奴かね」


収斂進化とは、種が違っても環境に合わせて生物の行きつく先は似たり寄ったりになるとかそんな感じのアレだ。

ネットで見ただけなので間違ってるかもしれんが。


「まあこの世界の人間がそのまんま人間な訳だから、ゴキさん瓜二つの生き物がいてもおかしくはないか」


俺はそろりそろりとゴキブリに近づく。

奴らは振動に敏感だ。

面倒な追いかけっこをする気はないので、一撃で決める。


「はっ!」


我ながら完璧な一撃。

俺はゴキブリを掌で包む様に見事にキャッチする。


え?

殺さないのかって?

布団の上で殺したらバッチいじゃん。


それに無意味な殺生は個人的に好きじゃない。

ゴキブリに優しくするつもりは更々ないが、無慈悲に始末する気もなかった。


「にしても無抵抗だな。ひょっとして死んでるのか?」


掴んで持ち上げる。

腹側を見ると足が少し動いているので、死んではいない様だ。


「弱ってんのかな?」


まあだからって、この部屋でゆっくりしていっていいよとはならない。

俺は上下にスライドするタイプの木窓を開け、ゴキブリを壁にくっ付けてやる。

弱ってるからぶん投げるのはなしだ。


いや仮に弱っててもぶん投げはしないけど。


窓の外は往来となっている。

既に日は沈み、街灯がついてはいるがまだ人影はあった。


想像してみて欲しい。

暗い夜道を歩いていると、急に上空からゴキブリが滑空して来る姿を。

俺はびっくりする程度だが、嫌いな人にとってはトラウマレベルの恐怖となる事だろう。


俺がGをぶん投げたら、そうなる可能性は無限大。

だからそんな真似はしない。


ふふ……俺は引き籠りだったが、ちゃんと周りに配慮できるタイプなのだ。


「何かもよおして来たな」


木窓はしっかりと締めておく。

開けっぱなしだと、せっかく外に追い出したゴキブリが戻ってきてしまうからだ。


安宿なので、当然トイレは部屋に設置されていない。

俺は部屋を出て一階に降り、そこにある共同用のトイレへと入った。


「くっさ……」


トイレは陶器っぽい器に穴が開いただけの物が置かれている状態。

匂いがきつく、黄ばんでいて汚れまくっている。

たぶんぽっとん式。

下で糞尿が溜まるあれな。


「まあ中世っぽい雰囲気だし、そりゃそうだわな」


俺はズボンのチャックを下げ、股間のイチモツを取り出す。

一言でいうなら大蛇だ。


誇張しすぎ?


そんな事はない。

俺はこのデカすぎるイチモツのせいで中学時代に周囲から揶揄われ、それが我慢できずに登校拒否になったぐらいだからな。

マジで糞デカい。


今ならくっだらない理由と感じるし、なんなら人に誇りたいぐらいである。

だが当時の思春期だった繊細な俺にとって、それは耐えがたい苦痛だったのだから仕方がない。


因みに未使用。

正に宝の持ち腐れである。


「このデカ珍で聖女として召喚された訳だからな。笑うわ」


ソールンたちのミスなんだろうが、酷いミスもあったものである。


「ふぅ……ん?なんだこりゃ?」


小便をする。

体内にため込んだ汚水を解放する爽快感は最高だ。

いやまあそんな事はどうでもいい。

俺はある事に気付いて眉を顰めた。


便所にも灯がついていて――電機は無さそうな世界なので、なにかの魔法かマジックアイテムの類だと思われる――真っ暗という訳ではなかったが、室内はかなり薄暗い状態だ。

そんな中、輝く光が俺の股間から足元に向かって煌めいていた。


その光源は俺の小便だ。


「なんで光ってるんだ?」


意味が分からず首を捻る。

パッと思いついたのが、異世界に呼ばれた事によって得たチートだ。

おしっこが光るチート。


「何ちゅうショボいチートだ。それならない方がまだ……ん?」


ふと気づく。

小便の当たった場所の便器の汚れが、綺麗に消えている事に。


「ラノベなんかでよくある、クリーン魔法的な効果があるのか。それに便所のくっさい匂いも薄れてるな。まあ……キラキラ光るだけよりはましか」


瓶に詰めたら掃除用品として売る事が出来るかも。

そんな事を漠然と考える。

いやまあ、需要があるかどうかは知らんけど。


石鹸ぐらいあるだろうし、魔法で清掃する手段があるかもしれないからな。

そう言ったものがあった場合、小便なんか絶対買わないだろうし。


「売れたらラッキー程度に考えておこう。まずはこの世界の事を知る所からだ」


借りた部屋には灯があるので、戻ったら聖女のために用意されていた本でも見るとしよう。

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