第3話 結局追い出すんかよ!

この世界の名はクルーエル。

魔法があり、魔物の居る世界だ。


どうもそのクルーエルにおいて、最近では邪悪な魔物が活発化しているとの事。

そんなおり、この世界の女神たるエテネが一つの神託を教会に与えた。

異世界より聖女を召喚せよ、と。


その神託を教会は現状の世界を改善する為の物と受け止め、神託通り異世界より聖女の召喚をおこなった。


その結果この世界に召喚されたのが――


おっさんである俺、という訳だ。


「えーっと、俺は絶対聖女じゃないと思いますよ」


ここは教会の保有する大神殿。

その召喚の間と呼ばれる、教徒が神聖視する場所だ。

そこに召喚された俺は、年老いた神官長――ソールンに何故呼び出したかの流れを聞かされる。


で、今の一言だ。


「まあ、そうですな。それはまあ……一目見ればまあ……」


ソールンも神の神託を受けて呼び出したはずなのに、出て来たのがどう考えても聖女足りえないおっさんである事に、当惑を隠せない状態である。


「しかし呼び出された貴方が聖女でないと言うのなら、あなたはいったい何者だと言うのですか」


若い神官が俺にそう尋ねて来る。


いや、知らんがな。

どう考えてもミスだろ。

アンタらの。


とはもちろん、ダイレクトに口にはしない。

オブラートに包んで答えておく事にする。


よく分からん異世界で他人を煽る様な真似をしても、絶対ろくな事にならないからな。

そんな物は引きこもりの俺でもわかる事だ。


「何者と聞かれても……ただのおっさんとしか答えようがないんですけど。その召喚の儀式に、何か手違いがあったんでは?」


もしくは神託とやらが間違っているか、だ。

まあそれは口にしないけどな。

信者におたくの神様間違ってるよなんて指摘したら、不興を買うのは目に見えている。


「確かに……我らが女神、エテネ様の神託に間違いなどあろうはずもない。となれば、我らが何かやらかしたと考える方が自然か」


ソールンが俺の言葉に素直に納得を示した。

神の神託を疑わないのなら、それしかないのだからまあ当然ではある。

まさかただ呼び出されただけの俺のせいとはならないだろうし。


「まあ何にせよ、俺が聖女じゃないのは確定的なので。元居た場所に返して貰えますか?」


「む……」


俺の言葉にソールンの表情が陰った。

その顔を見て察する。

あ、これは帰す方法がないパターンだ、と。


「えーっと、ないんですか?」


「申し訳ない。我が教会に伝わっているのは異世界からの召喚の儀だけで、送還方法は持ち合わせていないのだ」


ですよねー。

あるんならそんな困った顔はしないわな。

まあ帰すのに大量のコストがかかるから、送還したくないだけって可能性もあるけど、たぶん聞いても答えてはくれないだろう。


仕方ない。

いや仕方なくはないんだが、正直ここで揉め事を起こすのは賢い判断ではないので大人しくしておく。

悪人っぽい相手ではないが、逆切れして『死ねぇ』とか言って襲い掛かられてもかなわんし。


因みに、家に代々伝わる武術を暇に飽かして習得しているので、目の前の青瓢箪あおびょうたん共なら返り討ちにする自信はあった。

ま、あくまでも個人的な自信ではあるが。


個人的なと付けたのは、実戦経験ゼロだからだ。

なにせ家から一歩も出ない引き籠りだったからね!


まあ何にせよ。

聖女を異世界から召喚出来てしまう様な組織と敵対するのは賢い選択ではない。

ここは可哀想な被害者として、できうる限りの譲歩を引き出せるよう努力するとしよう。


「そんな!困ります!」


「むう……申し訳ないのだが……」


「じゃ、じゃあ俺はどうなるんですか!」


悲壮な顔を作り、俺はずずいとソールンに詰め寄る。

我ながら完璧な演技だ。

相手も凄く申し訳なさそうな表情をしてるし、このまま押せばそこそこいい待遇が受けられる筈。


ああ、そうそう。

俺が凄く落ち着いてる様に感じるかもしれないが、そんな事はない。

内心焦ってはいるぞ。


何せ自分に特別な力とか、さっきから全く感じられないしな。

チートが無さそうな以上、ある程度上手く交渉できなければお先真っ暗まであり得るのだ。

当然必死ではあった。


なら何故落ち着いた感じなのかと言うと、登校拒否のトラウマを克服する為、昔家に坊さんを呼んで精神主要をした賜物だったりする。

それ以来、どんな状況でも俺はある程度落ち着いて思考できる様になっていた。


じゃあ社会復帰しろよ?


まあそれはそれ。

これはこれだ。


「心苦しいのだが、君にはこの世界で生活して貰うしかない」


「そんな……俺、自分で言うのもなんですけど良い所の出なんです。そんな俺に、右も左も分からない異世界で生きていけだなんて無茶ですよ。この年になるまで、元居た世界でだって働いたことだってないってのに……」


「ま、まあ君を召喚してしまったのは此方のミスだ。元居た世界と同じとはいかないが、可能な限り便宜は働かせて貰う。だからそう落ち込まんでくれ」


ソールンから、生活の便宜を引っ張り出す事に成功する。

ちょろいぜ。

と言いたい所だが、他の奴らの視線は冷ややかだ。


やっぱあれかな、いい年して働いた事もないってのが引っかかってんのかな?

日本でもその辺りは厳しい反応が返ってくるし。

そういうのはやっぱ世界共通か。


まあこの際周りの反応はおいとこう。

重要なのは、責任者にどう思われるかだらな。

有象無象は気にするだけ無駄だ。


「ほ、本当ですか……」


「うむ、君の衣食住は此方で保障させて貰う。安心したまえ」


これで取り敢えず、暫くの生活は安心。

そう思っていたのだが――


「すまん。これが教会の決定なんじゃ。どうか許してくれ」


数時間後。

お金だけ持たされて、俺は教会の大神殿から追い出されてしまう。


ソールン曰く。

どこの誰とも分からない異世界人を教会で保護する事は出来ないと、協議の結果、上層部がそう判断を下してしまったらしい。

勝手に呼び出しておいて、本当に身勝手な話である。


「分かりました。でも、もし困った時は頼ってもいいですか?」


『ざっけんな!』とか、そう言う罵声はかけない。

激高して悪い印象を持たせる意味はないからだ。

ここは可哀想な立場として、同情している相手から頼みごとを聞いてもらう権利を引き出させて貰う。


「無論だ。いつでも頼ってくれていい」


ソールンからの言質ゲット。


まあ所詮口約束だから、たいした期待は出来ないけど。

さっきした生活の保障も速攻で反故にされたしな。

けどそれでも、いつか何かの役に立つかもしれないので、何にも無いよりかはましだろう。


こういうのは積み重ねが重要だ。

数うちゃ当たるの精神である。


「ありがとうございます」


俺は頭を下げ、大神殿から離れた。


この世界の常識については、ある程度纏められている本――本来は聖女用に用意された物――を受け取っている。

持たされた金額も、ソールンが頑張ってくれたのかしらないが結構な額の様で、これだけあれば数年生活するには困らないそうだ。


満足できる状態ではないが、ラノベみたいに魔物の居る山に捨てられるかよりはましだろうと割り切っておく。


「取りあえず、寝泊まりする宿を見つけるか」


因みに言葉が通じている事からも分る通り、俺はこの世界の言語が理解できていた。

文字も読める。

まあでなきゃ、常識の本を貰っても意味ないしな。


なんでか?


どうやら召喚魔法に、そのあたりの仕掛けがあったそうだ。

呼び出した聖女が、言葉も喋れない状態だと困るからとの事。


「やれやれ、本当にとんでもない事になっちまったぜ……」


俺は夕日を眺めそう呟く。

さて、さっさと宿を探すとしよう。

野宿とかマジ勘弁だし。

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