第2話 おっさんですけど何か?

「……んあ?」


日課の訓練を終え、少し休憩していた時の事だ。

急に俺の座っている地面の辺りが光り出した。


「ふぁっ!?」


驚いて見ると、地面に俺を中心とした魔法陣の様な物が浮かび上がっていた。


「なんだこりゃ!?」


慌てて立ち上がり、俺は咄嗟に場所を移動した。

だがその光――魔法陣は、追いかける様にぴったりと俺の足元に移動して来る。

まるで影の様に足元にまとわりつく魔法陣から必死に走って逃げようとするが、全く振り切れそうもない。


「うっ!」


やがてそれはひときわ大きく輝き、視界を真っ白に染め上げた。

その余りの眩しさに俺は目を瞑る。


「何だってんだ、こりゃ」


光が収まって来た様なので目を開けると、俺の周囲を蒸気のもやの様な物が包み込んでいた。

俺は咄嗟にタオルで口元を覆う。

有害な物質の可能性もあるからだ。


……体に異常は感じないな。


取り敢えず体に異常は無さそうだし、苦しさなんかも感じない。

どうやら健康に害のある物ではなさそうだ。


……いや、まだそう判断するのは早いか。


後々影響の出る物かも知れない。

検査のために医者に来て貰うよう手配するのもそうだが、さっさとこの靄から出た方が――


「おお、聖女様のご降臨だ!」


その時、急に年老いた老人のしわがれた声が聞こえてきた。

その声色には、何か良い事があったかの様な歓喜の感情が込められているように感じる。


……誰だ?


屋敷うちにいる老人は執事長だけだが、それとは明らかに声が違う。

彼の声はもっと力強い物だ。

俺は聞いた事のない、謎の人物の声に眉をひそめた。


「靄が……」


不思議な事だが、声が聞こえたと同時に瞬く間に周囲の靄が胡散していった。

そして俺の目には――


「どこだここ?」


――見知らぬ光景が映る。


屋敷の庭にいたはずなのに、俺は何故か見知らぬ建物内にいた。

そして自分のいる場所から一段下がった場所には、神官服の様なローブを身に着けた一団がいて此方を見ている。


何処だ此処?

それに誰だこの人達は?


意味不明な展開としか言いようが無い。

今の状況。

パッと脳裏に浮かんだのは――


異世界召喚。


漫画やラノベなんかでよくある展開で、ある意味引き籠りの夢とも言える状態ではあるが……


ぶっちゃけ、俺の家は金持ちでくっそ快適に暮らせている。

そう、来世に期待しなきゃならない程絶望的な状況ではないのだ。

なので、異世界に連れて来られても喜ぶ所か困ると言うのが本音だった。


まあチート次第では全くな無しとは言わないが、死んでも生き返ります的な痛い系とかなら完全にノーサンキューである。

冗談抜きでおうちに返してください状態だ。


しかし……聖女様?


さっきの老人の声は『おお、聖女様のご降臨だ!』と言っていた。

しかし俺は40代のおっさんだ。

当然聖女などであろうはずがない。


ひょっとして俺の後ろに人が居るのかと思って思わず振り返るが、背後には誰も見当たらなかった。

女神像っぽいのと祭壇ののみだ。


……まさか性転換TSか?


そんな考えが頭に浮かび、俺は咄嗟に股間に手をやる。

だがそこにはビッグマグナムがちゃんと備わっていた。

どうやら性別が変わっていたりはしていない様だ。


取り敢えず俺は――


「おっさんですけど何か?」


と返しておいた。

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