第3話 コウスケの手

 羽化して数日、やっと体が乾き、外羽がイイ色になり、空気に体が馴染んだ頃、自分の体がようやく動くようになる。

 お腹がすく、サナギになってからずーっと何も食べてない。餌を探し始めた時、とても心地よい匂いがする。


 手だ!


 あの手はいつも幸せを運んでくるのだ。

 幼虫の時は土がしっとりふかふかに、自分の糞は無くなって、ご飯だらけの世界にしてくれた。



「コウスケ、羽化したばっかだから、触んなよ。昆虫ゼリーを置いたら眺めるだけ、OK?」父とのクワガタのデカ育成計画会議を経て承認された、成虫初のお食事ミッションが開始される。

「OK!」父のアドバイスに従い、僕は昆虫ゼリーを置いてデカを眺める。羽化したばかりの頼りない色ではなく、黒いよく図鑑で見たクワガタがそこにいた。

 サナギの時はへにゃへにゃした角も、今では黒く光を反射しメッチャかっこよくなっている。

「デカ、ゴハン置いとくからね。」


 図鑑や育成の為の本が3冊ほど並ぶ、わずか数か月で、付箋まみれ、本のへりには手垢がにじんでいる。先の作戦会議でもこれらが大きな助けになった。父のクワガタ話より100倍役に立つことが図鑑に載っているのだ。

 いつもお金がナイナイ言ってる父なのに、なぜだか本や図鑑はポンポン買ってくれる。不思議なもんだ。


 観察日記に手をのばし、デカの今までを振り返る。とても楽しい毎日だったが、土からウジ虫が湧き出てきた時が一番のピンチだった。狂乱したママが籠ごとデカを滅殺しようとしていたのは、トラウマもので、今も背中が気持ち悪い汗が出た。

 今になれば気持ちは分かる。ママは、虫が嫌いなのにクワガタを飼っていいよと言ってくれて優しい、けど我慢してることを僕は知っている。

「コウスケご飯よ。」

 ママの作る今日の晩御飯は、ざるそばで僕の大好物だ。冷蔵庫を開ると鶏肉を横目で見ながら麦茶を入れる。明日は親子丼で卵のおつかいの頼まれることが確定したのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る