44.頼ってよ
私の小さな影の中、高比良くんの顔色は見れば見るほど悪くなっていく。
「本当に大丈夫……? 救急車呼ぼうか……?」
こんな姿を見てしまっては、とてもじっとしていられない。
「心配しすぎだって、俺そんな酷い顔してる……?」
何食わぬ顔で空のマグボトルを私に返し、壁に手をついて立ち上がる。
「うん、してるよ」
「なんだよ傷つくなあ……一応顔だけが取り柄なんだけど……?」
何それ……適当に軽口を叩けばごまかせると思ってるの……?
マグボトルの蓋を閉めるのに、二回も手を滑らせたくせに。
壁に手を置いてなければ、真っ直ぐ立つこともできないくせに。
「まだご飯も食べてないんでしょ……? 私急いでコンビニでも薬局でも行ってくるから、少しベッドで横になって休んでて」
「いいって……! 本当に大丈夫だから……!」
「私がよくないの!」
家を飛び出そうとする私を、高比良くんは一歩も動くことなく言葉だけで引き止めた。
「なんか菊永さんって、お母さんみたいだね……」
どういう意味……?
余計なお世話だというニュアンスが込められているのは、とても悲しいがなんとなく理解できる。
ただそれを、よりにもよってなぜ『お母さん』という言葉に込めたのかが理解できないのだ。
高比良くんにとってその言葉は、他の人が使うものより大切な意味があるんじゃないの?
「だったらもっと頼ってよ……!」
混ざり合う複数の悲しみが視界の端を歪ませる。
「ごめん菊永さん……もう喋るのもしんどいかも……」
高比良くんは私との会話を放棄した。
喋るのがしんどいぐらいに辛くても、私には頼ってくれないんだ。
ここ数日間のあいだで私の中の高比良くん存在は急激に大きくなっていたけれど、高比良くんの中での私は未だ、クラスメイトの一人でしかないのかもしれない。
考えないようにしていた現実を目の前に、視界の歪みは広がっていく。
そのせいで、こちらに迫る高比良くんへの反応が一瞬遅れてしまった。
「きゃあ!? な、何!?」
「本当……ごめん……」
高比良くんは突然背後にあるドアを思い切り叩きつけ、体重のほとんどを私の両肩に乗せてきた。
び、びっくりした……いきなり抱きつかれたのかと思った……。
「だ、大丈夫だよ……私にまかせて……!」
私わかるよ。
高比良くんはすでに自力で立っていられないほどふらついていたけれど、私の方に倒れてきたのは偶然なんかじゃない。
最後の力で衝撃をドアに逃して、抱きつかれたのかと勘違いするほど優しく、意図的に体重を私に預けたんだ。
今高比良くんは文字通り、私の肩を貸りたんだ。
「床でいいから……」
「だめ、ちゃんとベッドで寝ないと治るものも治らないんだから!」
靴のかかとを蹴るように脱ぎ捨て、半身を背負うように高比良くんを運び出す。
「でも……」
「大丈夫だから! 私小学校の運動会でリレーの選抜選手だったんだよ!」
「それ今……あんま関係……」
「無理して喋らなくていいから!」
泣き顔を見られなくてよかった。
まだ強い女でいられる。
「ねえ……高比良くん……」
これからは私が高比良くんを支えていくんだ。
「ごめん、一旦ソファーでいい……?」
「え……?」
支えるってのはあれだから、精神的支柱って意味だから。
リビングの大きなソファーに二人仲良く倒れ込んだ。
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