17.恋は盲目
カラカラと音を鳴らしながら自転車を押して歩く優太くんの後ろで、暖かな空が駅前のコンビニ裏に沈んでいく。
「ここまででいいよ、ありがとね」
結奈は電車、優太くんは自転車での通学のため、二人は駅前の階段下で解散することにした。
「帰ったらまた連絡するわ」
「うん……あ、ちょっと待って!」
旋回させた自転車にまたがろうとする優太くんを、思いつきで呼び止める。
「ん、どした?」
「その……ちゅー、してほしいかも……」
「ちゅー!?」
夏休み中のデートから付き合い初めて三週間、二人はまだキスをしていない。
「あ、ああ……わかった……」
優太くんはもたつきながら自転車のスタンドを下ろすと、何度も何度も執拗に首を振って周囲の様子を確認した。
彼は今から高速道路でも横断するつもりなのだろうか。
「大丈夫だから!」
私が声をかけるとようやく覚悟を決めたのか、優太くんはゆっくりと近づいてきて私の両肩に手を置いた。
「あ、口じゃなくてほっぺにしてね」
「え……ああほっぺか……そうか……」
少し残念そうにしながらも、優太くんは文句を言わずに私の頬に顔を近づける。
「そっちじゃない、反対」
「反対……?」
近づく顔を手で受け止め、すぐさま右の頬を向けた。
「いいから、ほら」
「わかったよ……」
本日二回目の柔らかな感触。
どっかの誰かさんとは違って、とてもぎこちないものだったが、結奈はそこに愛を感じていた。
「うん、ありがと……また明日ね……!」
「お、おう……気をつけて帰れよ……」
じゃあ、行ってくるね。
駅に入るエスカレーターから、優太くんの姿が見えなくなるまで手を振った。
そろそろ連絡するか……。
券売機近くの柱に体を寄せ、スマホでSNSを確認してみると、ちょうど高比良くんからメッセージが届いた。
『右向いて』
すごいタイミングだな……えーっと、右……?
あまり深く考えずにメッセージの指示通り右を向く。
「きゃあ!?」
右を向くと、目と鼻の先に高比良くんがいた。
「ごめん、待った?」
待ったもなにも、まだ呼んでいない。
「あのねえ! 言わせてもらうけど!」
「まあまあ落ち着いて、人目もあるしどっか近くのファミレスでゆっくり話そうよ」
誰のせいだと思ってるの……。
言われた通りにするのは少し癪だが、大ごとにしたくないのは結奈も同じため、ここはおとなしく高比良くんについて行くことにした。
「しかし残念だねー、あと三秒右向くのが遅かったら、またキスしてあげたのに」
「はああああ!? なに言ってんの! そんなことしてたら駅前の交番に突き出してたから!」
今の一言で確信した。やはり高比良くんは私のことを馬鹿にしている。
「え、俺にキスされるの嫌?」
「嫌に決まってるでしょ! 彼氏いるんだよ!」
「へえ、恋は盲目って本当なんだね」
誰が盲目ですって!? 悪いけど全部はっきり見えてるから、その無駄にかっこいい顔もそれに隠れた薄汚れた心もね!
「高比良くんを好きな子のほうが、よっぽど盲目だと思うけど!」
「まあ、それはたしかに……岡野さん意外と鋭いこと言うね、バカなのに」
なんでいきなりキスしてきた変質者に、バカ呼ばわりされないといけないの!?
私がこれでもかと睨みつけると、その視線に気づいた高比良くんが首を傾げて見つめ返してきた。
「そんな可愛い顔しちゃって、どうかした?」
「なっ……!」
馬鹿にされていると頭では理解しているのに、どうしても本能が高比良くんをかっこいいと思ってしまう。
くそっ……イケメンじゃなかったら、とっくにぶん殴ってるのに……!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます