追随⑧
Aとの同棲を始めてから1週間が経った頃。
女は例のごとく、Aのいないベッドの上で目を覚ます。
食器を洗い、シャワーを浴びて、洗濯。洗濯物をベランダに干して、買い物に出かける。未だにタワーマンションという大型建造物はつい女の体を緊張させる。
帰宅後、昼食を取ってからの掃除を済ませると、テレビでニュース番組を見る。他のチャンネルの番組を見てみたが、やはり最初に見たチャンネルの番組が女的には一番面白かった。
その番組を見終えると、すぐに調理に取りかかり、調理後、風呂を沸かす。
一連のAを出迎える準備が整うと、ソファに座ってテレビでバラエティー番組を見る。
バラエティー番組は10年間芸能界のことに関する知識のない女にはよく分からないタレント同士のやり取りも多々あるものの、全体的な内容としてはぶっつけ本番の生放送よりも面白おかしくわかりやすく編集された事前収録のバラエティー番組の方がニュース番組よりも面白いと感じた。
思う存分笑い尽くした後に決まってAが帰宅してくる。
だが、その日は定刻にAが帰ってこなかった。
この時点ではまだ女は不思議に思わなかった。仕事をしている以上、帰宅時間も日によってまちまちであることは当たり前のことだと女は考えたからである。
女は引き続きテレビ視聴を続行してAを待つことにした。
番組の内容は夜が更けるにつれてディープな内容となり、中には内容も何もないおふざけをし続ける馬鹿馬鹿しい番組もあった。
女にはそれもそれで面白く感じられ、女は深夜帯のテレビ番組の魅力にどっぷりと浸かってしまった。
あまりにも夢中になって見ていたので、ふと時計を見ると、Aがいつも帰宅する時間から3時間以上経過していた。
ここで女は、まだAが帰ってきていないことに気がついた。
テレビに夢中になっていた時は、その事態の深刻さをさほど感じていなかった女だったが、3時間以上経過した今となって、一気に不安が押し寄せてきた。
いや、朝帰りというものも大人の、特に男の世界ではよくあることだと聞く。したがって、この段階で狼狽えるのは早合点に過ぎない。
いつかAは帰ってくる。
そう確信して女はその場でAを待ち続けようと試み、やがて睡魔に負けて眠りに落ちた。
ふと目が覚めると、時刻はいつも起きる時間よりもかなり早い時間帯であることを女は確認する。
起きてすぐ女が思ったことはAが帰ってきているのかという問題だった。
家中くまなく探してもAの姿はなかった。今ここにAはいない。
次に女が確認したのはAの書き置きである。
今Aがここにいなくても、女が寝ている間に帰宅して、書き置きを残してすぐに再び外出していったという可能性があるからである。
女はいつものテーブルの前に立つ。そのテーブルの上にAの書き置きはなかった。
その事実を受けた女は次に昨日Aが残した書き置きをゴミ箱から掘り起こして見る。
そこに今日の帰りは遅くなるなどの忠告は何も書かれていなかった。ただいつもと同じく仕事に出かけるという内容しか書かれていなかった。
女は携帯電話を持っていないため、Aとの通信手段を持たない。つまり、Aと女をつなぐ通信手段はこの書き置きを除いて他にないのである。
女が獲得しうるAの情報はこの書き置きにしか残されていない。
しかし、それにすらAの現況を伝える情報が載っていないのなら、Aに関する情報は皆無であるということになる。
そんな現実に女はもちろん不安に駆られなかったわけではない。
だが、女はいたって冷静に対処した。
まず、朝食として昨日自分が作った女の分の料理を食した。
その後、シャワーを浴びようと浴室に入ると、まだ湯が張ったままだったため、女はその湯船に浸かった。宿泊先でもできるだけシャワーだけで済ませていた女にとって湯船は約1年ぶりだった。
風呂から出ると、洗濯を始める。この日は女の分だけの洗濯物しかなかった。
洗濯物をベランダに干すと、買い物に出かけた。
買い物から帰ると、昼食として昨日自分が作ったAの分の料理を食した。
その後、家を掃除して、テレビを見て、その番組が終わると、夕食の準備を始める。もちろんAの分も作った。
作り終えると、風呂を沸かして、あとはテレビを見ながら待機するのみである。
夜のバラエティー番組は日によって番組が様々なため、面白さに差はあれど、面白いことに変わりはなかった。
そして、深夜になるにつれてその面白さにも深みが増していく感じがした。
この日もある程度テレビ鑑賞を終えた女が思うことは一つ。
結局今日もAは帰ってこなかった。
心配と不安がより重くのしかかる女だが、Aと連絡を取る手段はない。
いや、そもそも女自身Aの身を案じる立場にあるのかという疑問が浮上する。
何も同棲をするなどとは一言も契約を交わしていないため、Aのことを勝手に捜索する筋合いは女にはない。
今の女には待つこと以外に許されることはないのである。
Aを信じ、Aの帰宅を待ちわびることしかできないのである。
それを再確認した女はそのままソファの上で静かに眠りについた。
それが果てしない循環の日々の始まりだったことをこの日の女は知る由もない。
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