追随⑤
女がある町で何気なく見た通行人に女は強い衝撃を受けた。
通過して数秒後にその衝撃を受け、女は咄嗟に立ち止まり、その男性の方を振り返る。
これまで周りの目など気にすることなく通行人の顔を覗き続けた女だったが、10年以上この作業を続けているため、いつもの癖で一度スルーしてしまった。
それでもやはり女は見逃さなかった。
それは一日たりとも忘れることのなかった顔だったからである。毎晩のように思い描いていた顔だったからである。
確かにそうだった。そうに違いない。
女はスーツを身に纏ったその男性の背中を追いかけ、何の躊躇いもなく声をかけた。
男性が振り返ると、女はまず自分の名を名乗ってからAの名前を出して、男性がそのA本人であるかという問いを突拍子もなく投げかける。
男性からすれば、いきなりじろじろと顔を見られスルーされた数秒後に、今度は少し追いかけられて質問をぶつけられるものだから、変人に絡まれたと言うほかない。
一方で女は振り返った男性の顔を見て、やはりAであると確信した。十何年も会ってはいないが、逆にその前には十何年も時を共に過ごし、会えなくなってもずっとその顔を思い浮かべていたのだから、その目に狂いがあるはずがなかった。
絶対的な確信はあるが、それとは裏腹に、返事を待つ女の胸の鼓動は高鳴る一方だった。
そして、質問を受けた男性は少し考えるような素振りを見せることしばし、ついにその回答を下す。
男性は自分がAであることを肯定した。
その答えを聞いた女は深く安堵のため息をつく。
この安堵の要因はその男性がAであったことだけではない。
返答する男性の雰囲気があの時のAとは異なって、表情や口調に活力がみなぎっているように感じたからである。
Aは未だにあの問題を解決できないまま、気が消沈しているものだとばかり思いこんでいた。
だから、女にはそれが予想外だった。
Aの現状を案じていた女だったが、全て杞憂に終わった。どうやら十数年の月日を経て、Aの中で問題は解決へと収束し、元のAに戻ったのだと女は思った。
いや、元のAと言うにも、微妙に昔よりも元気が有り余りすぎている気もしないでもない。背丈も少し縮んでいるようにも思える。
一瞬疑心暗鬼になる女だったが、それらも長い年月によって変化をしていても多少の変化は何ら不自然ではないと考え、すぐにその疑念を解いた。
Aに伝えるべきことを伝え、Aを救ってあげたいという当初の目的は無くなってしまったが、Aと再会を果たすことができたことこそが女にとって至高の境地であり、むしろ、既にAが苦しめられた悩みから解放されているのならば、それは本望でもあった。
今日はちょうどAと別れ、疎遠になったあの日と全く同じ日だった。
歓喜する女に呼応するように喜びを露わにするAはとりあえず場所を変えてゆっくり話そうと提案する。
その提案に首を縦に振った女をAは先導し、近所の居酒屋へと連れ出した。今日の女の夕食はAの奢りによる外食のようである。
職場帰りの集団や大学生などで夕暮れ時から賑わいを見せるその居酒屋で、女はまず自分の現状についてAに話をした。
大学を出た後の職場が倒産したことも、その後Aを探すために旅に出たことも、何一つ嘘偽りなく語った。
女の壮絶な人生を聞いたAの反応はやはりどこか昔に比べて少し過剰で、その振る舞いに明るさがあった。
しかし、今考えてみると、昔は一方的にAが溜め込んでいた不平不満を女にぶつけていただけだったように思える。つまり、女からAに悩みや苦しみを打ち明けたことは、これが初めてのことだったのかもしれない。
大げさな相打ちに大きな声、喜怒哀楽表情表現豊かなリアクションに女ははじめ戸惑った。
だが、それが女には新鮮であり、自分の身の上話に親身になって聞いてくれているAに、新しく見つけたAの一面に喜びを密かに噛みしめた。
多少の変化やイメージのずれはあるものの、一緒にいて感じる居心地の良さは変わることはなかった。
やはり、Aと再会できて良かったと女は心の底から思った。
それが酒の席となると、気分がより高揚し、それはまさに至福の時間だった。
Aは不動産業者に就職しており、社内でも相当高い地位に就いているようだった。その才能に相応しい順風満帆な人生を送るAに女は再び安堵し、自分のことのように祝福した。
あまりの楽しさに女は酒を飲み過ぎてしまい、そのまま泥酔してしまった。
朧気な記憶の中、女はAに連れられるがままにAの自宅に入った。
朧気どころか、泥酔しきってからの女の記憶は全くなかった。
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