追随

追随①

今日も女は他人の家の戸を叩く。

 そこの住人と対面すると、女は勤めていた会社が倒産し、親からも見放されて何も支えがないと事情を説明しながら悲壮感を漂わせる。

 そうすると、優しい人は家に上げてくれて、一晩風呂と寝床を貸してくれ、その日の夜と次の日の朝に食べ物を恵んでくれる。

 女は一晩宿を借りると、次の町へと徒歩で移動して、次なる新たな家の戸を叩く。そして、そこの住人が優しい人ならば、また泊めてもらえる。

 この国は本当に優しい国民が多く、家を2、3件回れば、民泊のような対偶で見知らぬ自分という人間をもてなしてくれる、そんな住人達の家に巡り会うことができる。

 それでも週に一度くらいのペースで悉く宿泊を断られ、近くの公園で野宿することを余儀なくされることもあった。だが、そういったケースは大抵都市部で宿泊先を探している場合であるため、野宿できそうな場所はいくらでもあり、週に一度程度なら公園の水で空腹を凌ぐことはできた。

 つくづく、この国は貧困な人間が餓死することのない幸せな国であることを女はこの生活の中で実感する。

 そして、今日も女は次なる宿泊先を求めて町を移動する。

 女はこんな生活を約10年続けている。

 つまり、女は10年間、人の良心につけ込んで無償で人の飯を食らい、人の風呂に入り、人の寝床で寝ているのである。

 初めはリュックサックに服を数着入れていただけだったが、今となっては、泊めてくれた人からの譲渡によってリュックは新しくなり、服も10着以上にまで増えた。

 宿泊を頼み込むとき、勤めていた会社が倒産したという事情を語っている女だが、虚言を吐いているわけではない。

 確かに女の勤めていた会社は女が24歳の時に倒産し、女は職を失った。倒産後の会社からのサポートも受けられず、親も父親だけで、父親は学者として世界中を飛び回ってばかりで滅多に自宅に帰ってくることはなく、娘である女は放任状態だった。

 女本人には連絡の一つもしないため、娘の支援はおろか、娘の働く会社が倒産したことすら父親は知らない。女もそんな父親に助けを求めたくもなかったので、父親に連絡もせず家を飛び出したのである。

 よって、親に見放されたというのもあながち間違ってはいない。

 誰からも助けられなかった女には、何もかもを失いリセットされた人生の今後の選択権が与えられた。

 まだ当時24歳だった女にはまだ数多の選択肢があったはずである。

 新しい職を探すだけでも星の数ほどある。婚活をして専業主婦になることもできたはずである。

 それにもかかわらず、女は放浪することを決めたのである。

 同じ状況下に置かれた人間が最も選択しないであろう選択を女は自ら進んでしたのである。

 奇想天外な人生選択をした女だったが、女にとってその生活は案外楽しいものだった。

 女が訪問する家々の住人達には無論、十人十色の人種がある。

 初対面の得体の知れない女をすんなり受け入れて、まるで友人であるかのように振る舞う人もいれば、怯えながら受け入れる人もいる。

 女を家に泊めておきながら、常に女への当たりが強く、厳しい態度ばかりを取り続ける人もいれば、女から事情を聞いた途端に躊躇することなく警察を呼ぼうとする人もいた。

 女はそんな色々な人間達を見ることができるという面白さをこの生活の中で見つけた。

 それに加え、女にはただただ迷惑でしかない人間を家に引き入れる人間の温かみに心地よさも覚えた。

 自分のようなどうしようもない人間が窮地に立たされ、助けを呼んだとき、手を差し伸べてくれる人間が多くいることを女は感じ取ることができた。

 そんな安心感が女の心を満たし、10年間、金が全くない状態でも生き続けてこられた支えになっていたのかもしれない。

 だが、女は何の目的もなしに全国を歩き回っているわけではない。

 女が放浪するのには訳があった。

 それは、一人の人間を探すためである。

 女は人を探すための旅の途上にいる。

 その人物が女にとってどんな人物なのかは女の過去を振り返る必要がある。

 よって、これから女の過去の話をすることにしよう。

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