暁④

 再び時は現在に戻る。

 これから語られる話は、そんな底辺の生活を送る男の出会いの物語である。

 男はアルバイトを終えて、例によって高台への道を歩いていた。

 その途中で通過する公園内で、男はベンチに座る一人の女性を見かけた。

 そのベンチは公園の奥部で一つ寂しく佇むベンチだった。

 その女性は、女性にしても長すぎるほどの長髪をした若い女性で、防寒着を着て冬の朝に物静かに座っていた。

 そんな女性を見た男は、若い女性にしては珍しい光景であるなどと考えるよりも前にまず、美しいと思ってしまった。

 どんな不可解さよりも先に、その女性に見惚れていたのである。

 だからといって、これからその女性に挨拶をしに行くほどの度胸が男にはない。

 なぜなら、男は異性との接点が皆無に近いほどないからである。

 特に高校時代は友人を一人も作らなかったくらいである。

 今では、年に一度会って飲みに行く程度の仲の良い中学時代からの友人がいるだけの人間関係である。高校時代の失敗が様々な側面から男に悪影響を及ぼしているのである。

 しかし、男は友達が少ないというだけであって、社交性がないわけではない。

 前述したとおり、男はアルバイト先では名物店員として親しまれている。

 男と一緒に深夜帯に働いている人は大抵が近くの大学に通学する苦学生なのだが、一時期、その学生から男に関する情報が校内に拡散し、そのコンビニの深夜帯のアルバイト希望者が後を絶たなかったこともあったくらいである。

 深夜帯に働く従業員は学生だけなく、たまに売れない芸人の人や売れない役者の人も働いていたこともあった。一度、男と同じく売れない作家をしている人と一緒に働いた経験もあり、その時はその人が男よりも一足先に売れてアルバイトを卒業していったという苦い思い出もある。

 だが、それもこれも男は小説のネタへと繋げていった。

 色んな人から色んな話が聞けて、且つ深夜に巻き起こる思わぬハプニングがこのアルバイトにはあるため、小説家の男にとっては利点でもあるのである。

 それでも、何度も言うようだが、男の小説が売れたことはない。

 男はアルバイトの店員達に自分が売れない小説家であることを自ら情報開示している。そのため、それを聞いた他の店員は男の作品を読んでみたいと意気込むのだが、残念ながら、どの書店に売っているほど男の小説は売れていない。男の住んでいる場所のような地方の書店にはどこを回ったところで見つからないのである。

 よって、男の小説が売れることはないのである。

 アルバイトをする学生達に愛されている男ではあるが、男自身は学生達と話していて、今は笑顔で会話をしてくれているが、心の奥底では自分のことを見下しているのだろうか、とつい疑心暗鬼になってしまう。

 男は決して人間のクズなどと呼ばれる筋合いはどこにもない。

 自分の道を自分の力で切り開き、自力で生き抜いている。人としてはむしろ格好のいい生き様である。

 友達は少ないが、社会人としてうまく世渡りができていれば、充分に社交性があると言えるだろう。

 それでも、学生達は男のような人間になりたいかと問われれば、何と答えるだろうか。

 それはもはや分かりきったことである。

 疑心暗鬼になるまでもない。他人が男のような人間に憧れるはずがない。これは確信である。

 なぜなら、男はどう足掻こうとも、負け組なのだから。底辺の人間なのだから。

 自分のような人間は人と不必要に関わるべきではない。

 醜い人間はただ関わるだけでも相手を不愉快にさせてしまう。

 男は足早に高台へと向かった。

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