無煩悩④
翌朝男は起床して、いつも通りに朝食を食べようとすると、その朝食がないことに気づき、男は改めて思い出した。
自分は昨日グミを探していた。そう思ってすぐに家中を探し始めた男だったが、探している途中で昨日の捜索の末にグミが見つからなかったことを思い出して、男はまた考えた。
男が玄関の扉を開けて外に出たのは、男が起床をしてから約3時間後のことだった。
この上なく貧相な外見をした男は20年ぶりに外に出て、玄関付近を見渡す。
そこにはグミも、それを入れた箱らしき物もない。
そこで、今度は家の周囲を捜索する。家の周りを一周しながら探したが、見つからない。
いくら探しても見つかるはずがない。もし外にあったとしても、男の探した場所にあるということ自体、理屈的におかしいのだが、それを考えられないほどに男の思考力は低下していた。
一周した後、男は玄関の横につけられたポストを開けた。
埃を山ほど被ったそのポストを開けると、その中に半分に折られた一枚の小さな紙が入っていた。
男はその紙を手に取り、その紙を開いて見てみる。そこにはいくつかの文章が書かれていた。
それは間違いなく手紙だった。だが、思考力の落ちた男はそれを手紙であると認識できなかった。
ただその紙に書かれていたものが文字であり、文章であることだけは分かり、男はその文章を読むために部屋に戻った。
布団の上で例のごとく座り、手に持った手紙を広げ、男は手紙の文章を読んだ。
以下はその手紙の内容である。
私は罪を犯しました。
私が犯した罪は重く、決して許されることではありません。
一生懸けても贖うことはできません。
私は死ぬことで、それを贖うことができるのでしょうか。
それとも、それ以外に贖う方法があるのでしょうか。
どうか私に教えてもらえないでしょうか。
下記に記された場所で私はお待ちしています。
最後に書いた人が待つ場所が記載され、以上が手紙の全文である。書いた人の名前も手紙を送る相手も記載されていなかった。
男は初見でその文章の意味が分からなかった。
それは、その手紙を書いた人の意図などが分からないのではなく、それ以前のことが分からなかったのである。
読むことはできても、理解することはできなかった。今男がしていることは普段のように新聞を読むことと相違ない。あくまでインプットをしただけなのである。
しかし、今までインプットしてきた分だけ男の頭の中には大量の情報が蓄積されている。
したがって、男は図書館で調べたいことが載っていそうな本を探すように、使えそうな情報を取り上げて手紙の文と照合させていった。
必要のない情報ならば元に戻して、もう一度情報を摘まみ上げる。そうやって男はアウトプットをしていった。
外国語の文を翻訳するように男は日本語のその文の意味を汲み取っていった。
昨日と同様ウォーキング等を忘れ去り、わずか数行の文章を男は幾度となく読み返した。
空腹まで忘れて作業に没頭していた男は、ふとした瞬間に空腹を思い出し、玄関に向かうと、その時時刻は正午を過ぎており、グミを入れた箱が届いていたので、男は一気に十粒のグミを口に放り込み、コップ三杯の水道水を飲んでから作業を再開した。
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