第16話 でもセムラさんは心配ですよね。
馬車の中は変わらず暗い。
夜通し走っていて、次の国境ギリギリの街を越えればレーゼ領に入る。
馬車の中が暗いのは、雲平が見た国府台帝王達の事もあったが、カヌレとセムラの空気も重いものだった。
「カヌレ、考え直してください」
「姫様、私はレーゼを…シュートレン陛下、クラフティ殿下を信じています。お許しください。逆に私が正しかった時は和平に間に合います」
何度も行ってきた会話。
カヌレはレーゼを信じているので、陽動と言いながら自身が馬車を駆りレーゼに戻り、セムラの無事を伝えようとしていた。
これはシェイク達からも止められたが、最終的に陽動作戦として認められて、カヌレの馬車にはセムラが乗っているという事で、万一葬儀の場に戻られたら困る者達がいれば、首都に辿り着く前に刺客が差し向けられる事になる。
何事もなく戻れれば陽動であった事を告げて、別ルートのセムラ達を迎えに行くこととなる。
「だが、油断させて王城に招き入れて謀殺する可能性もある」
「…ならば私はゲートを作動させて逃げましょう」
セムラなりにカヌレを立てたのだが、馬車旅をしてレーゼが近づくと、セムラは不安に駆られてカヌレに再考を促していた。
馬車の空気が重苦しい原因の一つである雲平が、「そうです。カヌレさんは女性ですよ?刺客が来た時が危なすぎます」と口を挟むと、過去最高に睨まれて「レーゼの国を疑うのか?陛下と殿下を疑うのか?逆に雲平殿は今まさにレーゼが侵略されていて、陛下と殿下が籠絡されている可能性は考えないのか?」と言ったあとで、「そもそもいつも女性だなんだと言うが、その理由はなんだ?私は剣士だ!」と怒鳴る。
「それは立派な事ですが、性別は受け入れて現実を見てください。たまたまアチャンメとキャメラルが強いだけで、女の人には危険がいっぱいなんですよ!」
「まだ言うか!?私は剣士だ!!男共に遅れなど取らん!」
ここで会話のズレに気付いたセムラが、「あの…雲平さん?」と声をかける。
「セムラさん?」
「あの、あんこさんとも話していて気になったのですが、地球とシェルガイは根本的に違いますよ」
セムラの話では、シェルガイには地球にない不思議な力、魔法のようなものもその一環で、バット姉妹はその恩恵で剣なんかを重いと思えずに体の一部のように振るう事が出来る。
「私は魔法のようなものに優れていて、雲平さんの傷を塞いだのもその力です。地球では使えないので、シェルガイにお連れしたと言いましたよね?」
「あれ?あ…確かに」
怒気を収めたカヌレは「そう言う事だったのか、安心されよ。私も力が強化された剣士。強くなければジヤーへの単独任務も許されない」と言って剣を見せてくる。
「クモヒラ、あの剣はクモヒラに買ったヘブンチタニウムのショートソードの対極にあるヘルチタニウムの剣だ。重いんだゾ」
「アレが使えるならコイツは弱くないから安心しロー。にひひ。まあ私とアチャンメはカオスチタンだけどナー」
カヌレはその言葉に目を三角にして、「カオスチタン等地球の技術を用いて生み出した邪道!真の剣士はヘルチタニウムだ!」と声を張る。
「アチャンメ、カオスチタンはなんなの?」
「にひひ、良く聞いてくれたナ!クモヒラ!カオスチタンは、ヘルチタニウムとヘブンチタニウムを合成して生み出す究極の金属だ!」
「地獄谷の奥深くから産出されるヘルチタニウムと、天使山の上層から産出されるヘブンチタニウムは一長一短なんダ!」
アチャンメ達の話は長いと呆れ顔のカヌレが、「ヘブンチタニウムは天使の羽根を思わせる軽さが利点だが脆い。逆にヘルチタニウムは決して折れない硬度と言われるが重さはあり得ない重さだ。そのショートソードなら15本くらいでヘルチタニウムのショートソードの重さになる」と説明する。
「う…馬が可哀想ですね」
自身の剣を持ち、その重さを感じた雲平はカヌレの剣を見てそう言うと、カヌレは驚いた顔をして、セムラはニコニコと笑い、バット姉妹は「優しいナ!」「馬か!気がつかなかっタ!」と言って喜んだ。
そしてカオスチタンは、合成によりヘブンチタニウムにヘルチタニウムを重ね合わせて軽さに強靭さを持たせると言うと、アチャンメとキャメラルが自身の剣を見せてくる。
その剣は黒のような銀のような輝きを放っていた。
「でもなー、まあカオスチタンは悪い金属なんだよナー」
「悪い金属?」
「ヘブンチタニウムにヘルチタニウムを合わせた時に、脆くて重いだけのカスチタニウムが生まれる」
「アレはクズチタニウムだろ?」
アチャンメとキャメラルは「クズ」だの「カス」だの「ダメ」だの「ゴミ」だのと言い合って居たが、カヌレに言わせると地球人がシェルガイに来るようになり、合成魔法に目覚めた人間の試行錯誤により、ヘルチタニウムとヘブンチタニウムを合わせる事でカオスチタンが生み出せたが、代わりにどちらの悪い点も受け継いだ残念なチタニウムが生まれてしまう。
「まあ気のせいかも知れないが、カオスチタンが生み出された頃から水や空気が澱んで来た気がしてな」
「だからカオスチタニウムなんですか?」
「まあ、それもあるが私の剣は力任せの剛剣。この2人のような速さを活かす剣ではないから、カオスチタニウムの方が向いているのだ」
「すごいですね」
雲平は素直にカヌレの腕を見る。
下手をすればあんこと変わらない細さなのに、自分が持つヘブンチタニウムの剣より重い剣を振るうと言う。
雲平の視線に気付いたカヌレは「だから私は平気だ」と言った。
雲平は頷いた後で「まあ確かに。でもセムラさんは心配ですよね」と言う。
「雲平殿?」
「セムラさん、何か一つカヌレさんに貸してあげて、返してもらう約束をしてください」
セムラはキョトンとした顔をしたが「カヌレさんは約束を違える人ではないはずです。だから再会の約束をすれば安心して送り出せますよね?」と雲平が続けると、すぐに意味を理解して「はい!」と言った。
セムラは「ん〜、お母様の遺品の髪飾りはお城ですし」と言いながら、何を渡すか考えて困るたびにカヌレは青くなって、「姫様!?そのような過分な物は!」と言うが、セムラは「ありました!とっておきの宝物です!神獣服は渡せませんが魔獣服ならば!」と言うと、豹のオバちゃんトレーナーを取り出してカヌレに持たせる。
雲平は「おいおい、喜ぶか?」と思ったが、カヌレはオバちゃんトレーナーを手に取って、「こ…これを私にですか!?この力強い魔獣の加護が宿る服を……必ずお届けに上がります!」と言う。
「喜ぶんだ」と呆れる雲平はかのこを思い出して、「うふふ。雲ちゃん、やっぱり私は間違ってないわ」と聞こえてきた気がした。
そしてこれでは馬車の中は終わらない。
「うぉぉぉぉぉっ!!」
「ふぉぉぉっ!何だそれ!格好いい!姫様!私も欲しい!」
アチャンメとキャメラルがオバちゃんトレーナーを欲しがってしまう。
「ふふふ。雲平さんのお婆様がくださったのですよ。もう一着あるのですがみますか?」
「すっげぇぇぇっ!」
「いいな姫様!」
「お前達、心すると良い。姫様の神々しさが際立つ一着だ」
「もう、カヌレってば…。私なんてこの聖衣の前では霞みますよ」
照れながらセムラはオバちゃんトレーナー第二弾の孔雀を取り出すと馬車は揺れた。
「うぉぉぉぉぉっ!!シュザークだ!」
「神獣シュザーク!?」
盛り上がるアチャンメとキャメラル。
商店街の軒先に放っておかれたような孔雀服が聖衣と呼ばれ、アチャンメは「さ…触っていいカな?」と甘えるように言い、キャメラルは「ちょっと、ちょっとだけでいいからサ!」と言う。
セムラは優しく微笑んで、「ええ、シュザーク様に旅の無事を祈りましょうね」と言うとアチャンメとキャメラルも手を合わせてから、「失礼します」「触ります」と言って触り、「姫様!姫様は袖を通したのカ!?」「すごいゾ!」と喜ぶ。
うん。一着数千円もしないオバちゃん御用達のトレーナーと、セーターがこんなに盛り上がるなんて思わなかった。雲平はそう思っていた。
「クモヒラ!私も地球に行ったら欲しい!」
「他の神獣様の服はあるのか?」
「雲平殿…その際は私も欲しい」
「…えっと…。あるかわかりませんが、是非遊びに来てください」
「やった!流石クモヒラ!」
「お兄ちゃんありがとう!」
「姫様!カヌレは無事に帰還いたします!」
「ええ、皆で行きましょうね」
正直、この約束だけでカヌレは戻ってくるような勢いで雲平は呆れてしまっていた。
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