第15話 安心?無理ですよ。

外に出ると、ヘブンチタニウム製の剣を「プレゼントだ!持ってくレ!」、「さあ早ク!」と言うアチャンメとキャメラル。

雲平は初めて持った剣の重みに驚いてしまうと、アチャンメが「嬉しくないかクモヒラ?」と悲しげな顔をする。


雲平は慌てて「違うんだ。さっきの男」と言うと、キャメラルが「ああ、奴隷のことカ?」と返してくる。


「安心しろ、アレはアイツが悪い」

「レーゼは知らないが、ジヤーの国では地球人には最初に換金して金も渡すし、注意書きも読ませてる」


雲平が聞くと、日本の医療品なんかは魔法を使わないであそこまで効果が出るのは凄いと言う事で、飛ぶように売れる。

地球の現金はそんなに価値がなく、地球の宝石や医療品を持ってシェルガイに来ると、それを換金して平民の暮らしなら3年、旅人の暮らしなら1年くらいは暮らせるような金を渡してから、悪徳な金貸しなんかに注意をする旨を書いた紙を読ませて、同意書にサインまでさせてから野に放つ。


「それでもあの人は奴隷になった?」

「バカなんだよ。なんでか地球人は変な万能感とか、自分はシェルガイに詳しいとか思っているのか、身の丈に合わない旅をして路銀をなくして奴隷になったり、魔物と戦うとか言って、いきなり上物の剣を買って負けてきて破産したりする」

「後はなんかよく知らないけど、手当たり次第シェルガイの人間を襲おうとして返り討ちに合ったり、娼婦や男娼に手を出して元締めに捕まって、奴隷になる奴もいるな」


雲平は聞いていて頭が痛くなってくる。

そういえば、飛鳥山公園でもシェルガイ美女に会うとか言ってゲートに飛び込もうとしていた連中を見てきた。


「だがアイツはマシだ」

「安心しろクモヒラ!」


国府台帝王のように目鼻立ちが整っていて、手足も揃っていて健康そうな奴隷は、マントの紳士のような人間に買い取って貰えるので、まだ生き永らえる事が出来る。

だが平凡な目鼻立ちだったり、魔物との戦いや剣を持ったあらくれとのいざこざで、手足を欠損したような奴隷は誰からも買われない。

良くてひと山幾らの娼館送り、悪くて悪趣味な金持ちのペットかペットの餌、後は魔法使いの実験体や薬品の素材に回される。


雲平は聞いていてクラクラしてくる。

なんで父母はこんな世界に夢を抱いた?

なんで子と親を捨てて旅立った?

なんで帰ってこない?


「大丈夫カ?」

「クモヒラはそんな事にならない。アチャンメと私がついてるからナ!」


雲平は青い顔をしながら2人に、「ありがとう。頼もしいよ」と礼を言ってセムラの元に戻る。


セムラの元に戻る時も、行きはおのぼりさんで気付かなかっただけで、大通りから逸れた裏路地では袋叩きに遭っている地球人や、暴漢に襲われている女なんかも居たし、中には雲平に近寄ってきて「あら日本人。私もよ。お兄さん、どう?」と日本人の匂いのしない女が自分を買わないかと売り込んできて、アチャンメとキャメラルが「失せろ!ゴルァ!」「クモヒラがお前なんか買うか!カス女!」と威嚇してくれていた。



戻りが遅かった事にセムラは心配をし、カヌレは怒り顔で「時間勝負なのだ。観光気分はやめて貰おうか?」と言ったが、雲平の顔は真っ青でそれ以上はなくすぐに馬車は出発をした。


馬車の中で何があったかを聞いたカヌレは、「…済まない。同郷人がそうなっていたら落ち着かないな」と謝る。

雲平が「いえ」と返すと、セムラは「雲平さん、ご両親がシェルガイに来ている以上ご心配でしょう?」と言う。


これに反応をしたアチャンメとキャメラルが、「クモヒラのお父さんとお母さん?」、「シェルガイに居るのか?」と聞くと、雲平は首を横に振って「わからない。旅立ちを見送ったけど、もう7年も連絡がないんだ」と言った。


「大丈夫ダ!クモヒラのお父さん達なら元気してるゾ!」

「ありがとうアチャンメ」


「そうだ!姫様も和平が済んだら、御礼にクモヒラのお父さん達を探してやるとイイ!」

「それは素敵ですね。ありがとうキャメラル」


アチャンメとキャメラルのお陰で少しは和やかな空気になる。

カヌレが場を和ませようとして、「だが奴隷は致し方ないとして、娼婦であれば身請け代を払って、王城を頼れば地球への帰還は可能だ。だから安心するといい」と雲平に言う。


雲平は先程の日本人の匂いのしない女性の顔を思い出していた。

ボサボサを隠すように油を塗りたくった髪。

顔の疲れを感じさせない為の濃いめの化粧。


彼女は何を願ってシェルガイに来て、何があって娼婦になったのか。

そして国府台帝王の顔を思い出し、主人に蹴られても必死になって自分の事を伝えようとした姿、帰りたいと願う心。


考えていくたびに心が冷たく冷え切ってくる。


「安心?無理ですよ」


そう言った雲平の声は冷たく暗かった。


「雲平さん?」

「彼女は日本へは帰りませんよ。何もかも失って、身体を売って食い繋ぐ日々を過ごして日本に帰るなんて、プライドが許しませんよ。日本で待つ彼女の両親、日本を選んだ彼女の友人達、その全員にあの顔を見せるのは死ぬ事より辛いはずです」


「なら?」

「まだチャンスはある。これが終わりじゃない。次が本当の勝負だと言って、勝てるその日まで立ち止まりません」


「そうか。確かにジヤーは知らないが、レーゼから地球に帰った人間は殆どいないな。雲平殿の言う通り、現実を認められないのかも知れないな」

この後は誰も何も言えずにいた。

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