第17話 私は最後まで陛下や殿下を信じたいのです。

馬車は国境側の街で止まり、セムラ、雲平、バット姉妹は馬車を降りる。

馬車には前もって買っておいたマネキンに、ジヤーで貰ったセムラの服を着せて、まるでカヌレがセムラを連れているような格好にした。


「それでは、私は明日の朝に堂々と国境を抜けてレーゼの城を目指します」

「わかりました。必ず魔獣服を持って五体満足で戻るのですよ」


雲平達は何が何でも後5日でレーゼの城を目指す必要があるので、野宿や夜通しの移動を強いられていて、カヌレがここで夜を明かす事はある種の撹乱になっていた。

カヌレは前もってシェイクに頼み、レーゼの兵に向けてセムラがゲートを潜ってジヤーの城に出現した事を告げてもらっている。

恐らく後2日もすれば、王城にいるシュートレンの耳にも入ることだろう。


最初はゲートの出口がジヤーだった事も隠そうかという話になっていたが、これに関しては、カヌレが明かさないという事は、レーゼを疑ったことに他ならず、また禍根を残すと言う部分から明かす事になっていた。


カヌレは眠れぬ夜を明かす。

それは自身の身の話ではなく、別行動になったセムラの無事と、レーゼで起きている事を考えてのことだった。


実際、地球行きには志願できなかった。

それは魔法のない世界に行けば、それこそ雲平の心配そのままで、剣も満足に振るえなくなる。

その点、バニエやグラニューは魔法を失っても男性の腕力が剣を振る。


バニエ卿。

あまり付き合いはないが、実直で真面目な男と評判で、セムラが話したような足止めも勝手に行うような事はしない。

足止めをするように、誰かから言われたのは一目瞭然だった。

そしてグラニューにしても、姫殿下に剣を抜き、傷をつけても構わないと言われて、そのまま剣を向けるなんて普通では考えられない。


今、レーゼで何かが起きている事は確かだった。


だが自身の立場でそれを口にすることは憚れる。

だから唯一口にできたのは、この陽動作戦だけだった。


セムラの旅路は不安だが、一度だけならセムラが姫と名乗り出れば何とかなるだろう。

戦争間近で兵達が前線に出る以上、山賊なんかは大人しくしている。

そしてバット姉妹は職務に忠実で信頼に値する。


「雲平殿はよくわからんが、あの男は変な歪さを持っている。それが姫様の助けになればいいな」

カヌレは国境の方を見てそう呟いてしまう。


たった数日だが不思議な男だと思った。

シェルガイで人生を棒に振った地球人の姿に、落ち込み憔悴したかと思えば、冷徹に切り捨てるように判断をした。

そして魔法の効かない地球でゴブリンを相手にする戦闘力。


元々地球に行ったレーゼの冒険者達は、魔法を使わない戦士達だったからワーウルフと戦うことが出来ていた。


「そう言えば、何も知らなかったが、地球人はその事も知らないのかも知れないな」


いろいろな事を考えていれば夜はすぐに明ける。

最後の方はセムラ達と地球に行き、魔獣の服を着てレーゼに帰り、レーゼに住む家族に自慢することまで考えて、こんな時なのに笑ってしまっていた。


「夜が明けたな。行くとしよう」


身支度を整えたカヌレは街の領主に、「馬は返せないと思う。すまない」と詫びる。


「騎士殿?それでは…」

「言わないでください。私は最後まで陛下や殿下を信じたいのです」


作戦を聞き、別行動を取る事を知っていた領主は、カヌレの覚悟に「わかりました。ご武運を」と言って見送る。


「すまない。戦争回避に力は注ぐが万一がある。レーゼは市民を襲う真似はしないと思うが、万一がある」

「はい。ありがとうございます」


国境の街だけあって領主の男はレーゼもジヤーも知っているので、変な見方はしない。

ありのままに見ていた。


カヌレは馬を二頭貰い、マネキンを乗せた馬車に「姫様、向かいましょう」と言って堂々と国境を越えて進む。


ジヤーでは宿の心配は無かったが、レーゼでは宿の手配はしていないので、わざと街を避けて街道で野宿をする。


2日目、ジヤーを出て6日目の早朝。

迂回道を選ばずに、危険な山越えを行うカヌレ、狙うなら今しかないと言える崖道を走るカヌレの前に兵士達が現れる。

この崖道でセムラはゴブリンに襲われてゲートを潜った。


兵士の数は20人。

どう見ても護衛には見えない。

殺気こそ放たれないが、明らかに迎えに来た人員には見えない。


「カヌレ殿!」

「迎えか?姫はお疲れで眠られておられる。今のうちに先に進みたい」


怪しみながらも、カヌレは最低限のコミュニケーションを取る。

そのまま王城に行ければ、戦争回避を行いながら陽動作戦を明かして迎えを出せばいいし、違うのであれば倒してセムラに合流すれば良い。


「本当に姫様が?」

「ジヤーの兵士は辿り着かなかったのか?」


「いえ、ですが…」

「ですが?」


カヌレが訝しむと、「残念です」と言って兵士達は抜刀をした。


「何の真似だ?」

「姫様をレーゼに向かわせてはならない。それがご命令です」


「バニエ達と同じか…」

カヌレは馬車を降りて、馬に「逃げ伸びろ」と声をかけて逃すと剣を抜いた。


「逃す!?」

「あの馬が戻れば姫様は生き延びれる!」


カヌレは一瞬で距離を詰めると1人の兵士を斬り殺した。


「我が剣は斬る剣ではない!痛いぞ」

確かに兵士の切断面はぐちゃぐちゃになっている。


これで逃げてくれればと思ったが、兵達は引くことなくカヌレに迫り、中には逃げた馬車に魔法を放つ者もいた。


数は問題ではなかった。

カヌレは魔法弾すら撃ち返し、放った兵に当てる荒技まで披露した。


だが場所が悪い。

本気で踏み込み、本気で剣を奮えば崖から滑落する危険すらあった。


本来ならばさっさと敵を蹴散らしてセムラの後を追うべきだった。

だが滑落の危険を考えて、スローペースになっていたカヌレは背後からの衝撃、激痛に顔を歪めた。


背後の敵は優先的に倒し、背後を取られないように気をつけた。

それなのに喰らった背後の一撃。


驚きと共に振り返ると、そこにはマントに身を包んだ紳士風の男が居た。


カヌレは男に見覚えがあった。


「チュイール卿!まさか…」

「何を驚く?我らが主君の命令に従って、レーゼの為に敵を討つ」


マントの男、チュイールは再度カヌレにボウガンを放つが、攻撃を見切ったカヌレは矢を落とす。


「流石は剛剣使い。だが同時ならどう動く?兵達よ!一斉に切りかかれ!」

前後左右からの攻撃をどう防ぐか、どうやって同士討ちを狙うか、そう考えたカヌレの視界は歪んだ。


「暗殺は決闘や試合ではない。まだ若い」

その声を聞きながら、カヌレは矢に塗られた毒に気付き、最後の力で手当たり次第に兵を斬り殺し、崖から滑落をした。


「姫様……。魔獣服のご返却は叶わぬようです。申し訳ない…。しかし必ずアチャンメとキャメラル、雲平殿が姫様を御守りする事でしょう」


ここでカヌレは、失念していた一つの事に気付く。


「…雲平殿は何の力に目覚められた?そもそも彼は地球人がシェルガイに来ると、シェルガイ人同様に力に目覚める事を知らないのではないか?言い忘れたな…」


崖肌に身体が当たるたびに激痛が走る。


「まだ生きている。この剣を墓標にする為にも離すことは出来ないな」


カヌレは最後にそんな事を考えていた。

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