第2話 まあ、こんな下町のお墓に出る訳ないか。

祖父の墓に行くと、夕方の雰囲気も相まって、無神論者でもないが雲平は身構えてしまう。


逢魔時、魔に逢いやすい時間。

今の世の中、幽霊や酔っ払い、野良犬なんかより余程恐ろしい物がいる。


魔物だ。

この平和国家日本でも魔物はいる。


1999年。

ノストラダムスの大予言は当たる事は当たった。



学者達がアナザーゲートと名付けたそれが、突如米国と日本に現れた。


今もその映像は見られるが、ゲートからは人が現れた。

ファンタジー盛り沢山の、ハリウッドから来ましたか?何処の映画村から現れましたか?という出立で、日本は千葉の海岸沿いに、アメリカはテキサスのど真ん中に現れた。

どちらも観光客が8mmのホームビデオで撮影をしていた。


不思議だったのは言葉が通じた事。

現れた人間はシェルガイと呼ばれる世界から来たと言い、ある程度のコミュニケーションも交わすことが出来た。


急に現れた人達とは、争う事なく会話ができて人類は安堵した。

だが異文化交流には問題もあった。

現代社会に馴染めない、もはやそれは未開の地の原住民と変わらず、狩猟民族のように魔物を狩り、報酬を得て暮らすハンター達は文明を恐れたりした。


そしてアナザーゲートを通って来たのは、ハンター達だけではなく魔物も通って来た。


最初の人間が保護されて2週間後の事だった。

通って来たのは人サイズの魔物だったが、現れた数匹の人狼を、魔物ではなくバラエティ番組が用意した動物くらいだと勘違いをして、ヘラヘラと近寄ったリポーターは即座に鋭い爪で八つ裂きにされて死んだ。


それを倒したのは、シェルガイから来たハンター達と1人の大工だった。


喧嘩慣れした大工は、ブルドーザーで人狼を蹴散らして、杭打ち機で腹を貫き殺してしまいハンターの仲間入りをした。


これが良くなかった。

大工は勿論英雄視され、元々勉強が嫌いで喧嘩が原因で学校を辞めて、生活のために大工になっていた男は、自身が生きる世界はシェルガイだと言ってシェルガイ行きを望んだ。



だが、それは叶わなかった。



すぐにアナザーゲートは閉じてしまった。

聞けば、ハンター達は洞窟の奥地で見つけた祭壇に触れたらアナザーゲートが起動したという事だった。恐らく人狼が現れたという事は、祭壇の周りを守っていた後詰の仲間達がやられたか、隙をつかれたのだろうと言っていた。


閉じてしまったゲートはアメリカも同じだった。

アメリカの方は豚人間といった感じの魔物だった。

コチラはハンターと軍隊が制圧をしていた。



だがこれで確実に世界は変わってしまった。

人々は新たな人生を夢見てしまった。

バブル崩壊後の氷河期世代は、新天地を夢見てしまった。


フリーターが増え、仕事を優先せずに余暇を優先し、皆狂ったように格闘技を習い、身体を鍛えた。

いずれ来る迎えの日に備えての事だった。


次にアナザーゲートが開いたのは、2010年になっての事だった。


今度は日本の鬼怒川とカナダだった。


鬼怒川に出てきたハンターは最初のハンターの仲間で、ゲートを安定させたから迎えに来たと言われる。



話によれば、洞窟から持ち出した祭壇を安全な場所に持ち込んで、再度儀式を行ったという事で復元と起動に10年をかけていた。


ここで国交が結ばれてしまった。


シェルガイに行きたいと氷河期世代が殺到をする。

まずは国として出向き、食や生活をしてみて地球の人間が対応できるかを見た。

その結果、問題はなかった事で、手続きさえ踏めばシェルガイに行けるようになったが、そこは現実の幻想世界で多くの人間が命を落とした。



更に新たな問題が生まれた。


アナザーゲートは不安定で、一度溜め込んだ力を放出するとゲートは閉じてしまい、再度使用可能になるまでは時間を要してしまい、その間は国交が閉じてしまう事。

再度開くと、余波で別地点にもゲートが開かれる事。

もう一つは、突如開いた小さなゲートから幻想世界の化物達、シェルガイのハンター達に言わせれば、魔物がこちらの世界に現れてしまう事。逆に神隠しでこちらの人々が、シェルガイに行ってしまう事だった。


祭壇を使わずに生まれるゲートは、発生場所も理由もわからずに数分で閉じてしまう。

なので対処が難しい。


できる事は、ゲートや魔物を見つけたら焦らずに警察に通報をする事だった。

対処的な方法なので年間かなりの数の被害が出る。


「まあ、こんな下町のお墓に出る訳ないか」

雲平は墓石に水をかけて金平糖を置いて手を合わせる。


墓には祖父しか入っていない。

将来、祖母と自分も入る。


そして雲平が望めば、父の金太郎と母の瓜子うりこも名だけ墓石に刻まれる。


名前だけ刻まれる。

それは生死不明だから。


雲平の両親は、幼い雲平を残してシェルガイへと旅立った。

氷河期と呼ばれる就職難を乗り越えられなかった父は、ある種の被害者だと思う。


テレビから流れてくる映像は、明るくキラキラした情報を垂れ流したが、現実は残酷でキラキラした食事も観光地も無縁だった。


一部の富裕層の為のテレビと世界。

その中でも劣悪な環境だったが、キチンと職に就く事が出来て、キチンと結婚もし子も授かる。

家に関しては雲平の祖父が亡くなった時の遺産で建てられた。


だが雲平の父には物足りなかった。

キラキラした世界への憧れは、シェルガイの存在で狂おしい程に膨れ上がり、暴走し、再度アナザーゲートが開かれた時、当時10歳の雲平をかのこに任せて旅立っていった。


母の瓜子も金太郎の妻としてシェルガイについて行ってしまった。


雲平は父母が行ったこの行為自体は、間違いではないと思う事にした。

父母の不在は国の援助でなんとかなった。

家族がシェルガイに行っている間は、国から補助金が出てかのこも雲平も困窮せずに済んでいる。


そもそも大量の人材が流れていってしまった事で、ある種のまとまりが出来上がった。


求人倍率は安定し、ブラック企業は自然淘汰される。売り手市場で、雲平が選り好みしなければ、真っ当な企業に就職する事ができる事が約束されている。

学校も余計な数が減り、人と人の間に適切な距離が生まれた。


それは世界中一緒で、狭い地球、資源の底が見える地球よりも、広くて夢のあるシェルガイを目指す者達のお陰で、地球の消耗は最低限に抑えられた。


逆にシェルガイから地球を目指す人々は殆ど居なかった。

文明には感動されたが、感動したのみで終わる。

それは天然水ですら不味いと言わしめる事で、水と空気の不味さはシェルガイの人間には致命的だった。

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