第四夜 紫陽花の姫
霊園に続く緩やかな坂道の途中に、
短い梅雨が終わり、夏の日差しがぐんぐんと強まる頃になると、着替えを済ませた姫たちは今年の衣装の染まり具合を話しながら緑色の眠りにつくのです。
「ここ数年は、赤い色のドレスが流行っているわね」
「みんなお似合いだったわ」
「霊園の管理人さんが赤い紫陽花がお好きで、土に卵の殻を混ぜてくれたからね」
そんな中、ぽつりと離れたところに立つ小さな姫はご機嫌ななめです。
「わたしはみんなと同じ色なんていやよ。もっと上品で、他のみんなとは違う色のドレスで目立ちたいのに」
ふてくされた姫の目が、坂道を登ってくる二人の人間に向きました。
薄青色のきれいなワンピースを着た若い女と、白いシャツ姿が眩しい男の二人連れ。きっとお墓参りなのでしょう。日傘の中に収まって仲良く歩く姿を姫はうらやましそうに眺めました。
「いいなあ、わたしもあんなきれいなドレスが着たい」
やがて秋が訪れ、木から葉が落ち地面には霜が降りはじめます。そんな夜更けに、姫は誰かが坂道を登ってくるのに気づきました。
「ねえあなた、こんな時間に何しに来たの? ここに来て座ったらどう?」
その言葉が届いたように、坂道を歩いていた男はふらふらと道を外れて姫の近くに寄ると、葉の落ちた枝の側に座りこみました。
それは夏にちらりと見かけた、白いシャツの似合う男でした。
背負っていたリュックを地面に下ろすと、男は細く白い息を吐きながら言いました。
「ああ、僕はなんてことを。どうしたら、どうしたら……」
頭を抱えながら、男は震える声でそう呟きます。その様子を見た紫陽花の姫は、ふと小さく笑うと男の耳元で囁きました。
「嫌なことなんて、忘れちゃいなよ」
「ぜんぶ埋めてなかったことにしちゃおう」
「あなたも、そう思ってここまで来たんでしょ?」
「ここにしよう、ね、そうしちゃおう?」
彼女が何度も何度も男の耳元で囁くと、やがて男はシャベルを取り出して姫の根本に穴を掘りはじめました。そこに抱えていたものを埋めると、足早に坂道を下って行きました。
「また持ってきてもいいからね」
紫陽花の姫は男の背中を見送ると、星々が瞬く夜空を嬉しそうに仰ぎました。
「これで来年は、私だけ薄青色のドレスが着られるかもしれないね」
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