after SS:その後の物語〜5月の章 一般基礎学科クラス〜
初めて雪代さんと顔を合わせてから、早いものでもうすぐ一ヶ月が経つ。
『人探し』で彼女が僕のパートナーだと知った日から結構な頻度で彼女と顔を合わせていたため、実のところもっと前から付き合いがあったようにも感じるがまだそれぐらいの日数しか経過していないのだと確認するたびになんだか不思議な気持ちになる。
人の縁とは誠に不思議なものである。
さて、そんな僕――西園寺優介だが、今日はとある教室で同じクラスの姫島姫子と魔法学科クラスのカルナ・メルティと共にお茶を飲みながらゆったりとくつろいでいた。
すぐ隣の給湯室でお湯を沸かし
「ふむ。それではあやつが自分で策を考えたのじゃな」
「あぁそうだ。そもそもボクとしちゃあ一位を狙う気なんて全然なかったからな。棚からなんとかってやつだ」
「ほう、それはなかなかに見どころがあるのぅ。それに比べてわしのパートナーなんか――」
そんな僕らの話題は最近実施された『オリエンテーション』の内容について。
お互いにどうだったー、パートナーは元気ですかー、そんな感じの会話をしていた。
「優介のパートナーも自らの力で結果を残したんじゃろ。いやはや優秀な後輩に恵まれて羨ましいのぉ」
はぁ、とこれ見よがしにため息を吐くメルティ。
と言ってもその表情が暗くなっているようには見えない。
ま、実際のところ大して気にしてなどいないのだろう。
「でも確かメルティのパートナー――和尚くん? も結構良い順位を残してなかったっけ。十位くらい?」
「まぁのぅ。だけどあれははっきり言って運が良かっただけじゃよ。策も何もなく行き当たりばったりじゃ」
それはそれですごい気がするけど。
「そんなの別にいいじゃんか。運がいいってのは強みだろ」
「――ま、それはたしかにそうじゃなんじゃがな」
運が良いっていうのはたしかに羨ましいね。
ある意味世界に愛されているって言えると思うよ。
そんな世間話をするかのようなやりとりをしつつ、ヒメとメルティは再びお茶に口をつけ、ずずっと音を立てて中身を飲み干す。
ついでに僕も習って湯呑に口をつける。
うん。
ずずっ。
ふと、僕はなんとなしに五月の魔法試験『オリエンテーション』を思い返してみる。
最終結果として一位二位を見事に射止めたのは西園寺良太とリーナ・ミリオンの二名。
僕のパートナーである雪代紗耶も善戦はしたものの、結果は五位と最優秀選手には一歩及ばない結果となった。それでも十分良い成績だとは思うけどね。
さて、そんな雪代さんの作戦だがビンゴカードを開く権利を仲間内で共有するというものだった。
彼女を含めた三名でそれぞれにチェックポイントのゲームに挑み、権利を獲得するとお互いのビンゴカードに照らし合わせて必要な数字を獲得する。
雪代さん自身認めていた『チーム』を意識した見事な策だったと言えるだろう。
だけど一方で、それは学年で一位を狙うにはやや不十分な策でもあったと思う。
もしも本当に勝ちにこだわるのであれば、あと一歩工夫すべきだった。
では実際に最優秀選手に選ばれた良太とミリオンさんの二名がどのような作戦で試験に臨んだのかと言えば、それはその他大勢を巻き込んだ『個人戦』である。
発案者は良太だったらしく、彼が唯一のパートナーに選んだのはミリオンさんだった。
補佐につく二年生の相性の良さもそうだが、能力の高いミリオンさんを相手にと判断するのは最良の手の一つだろう。
上手くやったなというのが正直な感想だ。
さてそんな二人の作戦だが、まずビンゴカードを二人で共有しそれぞれがチェックポイントでゲームに挑み、権利を獲得する。ここまでは雪代さんの作戦と大差ない。
では何が差を生み出したのかといえば、良太とミリオンさんは最初の三十分でチェックポイントを数箇所回った後で、それ以降の時間全てを他の参加者との連絡行為に費やすことにしたのだ。
例えば、誰かのビンゴカードには全く不要の権利が二つあるとして、一方でその誰かに有益な権利を一つ良太が有しているとする。
それを良太たちは交渉材料として連絡を取る選択をしたのだ。
話はこうだ。
『俺が持ってる番号と君が持ってる要らない番号二つを交換して欲しい』
その二つの権利というのが良太とミリオンさんのビンゴカードに適している必要などない。それ以上に重要なのは『駒』と『人脈』を着実に増やすという結果に尽きる。
『駒』が増えれば選択肢が生まれ、『人脈』が広がれば効率よく交渉が進む。
それを繰り返すことで、良太とミリオンさんはその場から一歩たりとも動かずとも着実にゴールへと向かうことが出来る。
参加者が一つのチェックポイントに到達しゲームに挑みには早く見積もっても五分以上は時間を要する。
だが一方で良太たちの場合はスマホ一台で誰かと連絡を取るだけで着実に成果が上がる。しかも参加者たちからは便利屋のように自分たちに有益な働きをする頼みの綱として感謝までされるに違いない。
それはそうだろう。連絡一つで不要な権利を有益なものに交換してくれるのだから。
そしてそれらは時間の経過とともにより大きなコミュニケーションを構築し、その中から良太とミリオンさんの求める『駒』を見つけ出すのにそれほど時間を要することはない。
ただまぁ――。
「それはもう『オリエンテーション』じゃないけどな」
「じゃのう」
ま、そういうことだ。
これには教師たちも苦笑いしていたと聞く。
そりゃあそうだ。校友会を兼ねてるイベントで動かない奴らが優勝してしまったのだから。
「まぁ勝ちにこだわりたいって気持ちは分かるよ」
「ま、それもそうだ。ただそういうところが優介の弟って感じがするよな」
「はいはい。さいですか」
ニヤリと笑うヒメの言葉をさらりと受け流す。
なんでかって、実のところ僕も試験前に同じような作戦を頭に思い描いていたからだ。
ほんと、よく似てるよ。
「ともあれ、一年生の特徴もなんとなく見えたし、ボクとしちゃあこの一ヶ月は割と有意義に過ごせたよ。あとはここからの伸び代に期待だな。――残り二ヶ月ちょい、どれだけここから化けるかだ」
「そうだね」
ただ冷たい言い方にはなるけれど、良太を含め僕は良くも悪くも一年生に
正確には当てにしていないというべきか。来たる八月までに一人でも能力を開花出来れば御の字で、例え誰も
元より彼らは計算外にいるのだから。
「そうだ。そういえば例のアレ、あとどれくらいで完成するんだ?」
ヒメは大袈裟に手を打ちながらメルティへと質問を投げかける。
「ん? あぁ、安心せい。しっかりと覚えとるぞ。ただ幾分素材が貴重でな、出来て二つか三つといったところじゃて」
一方で話を振られたメルティは持ち上げていた湯呑みにお茶を注ぎながらチラリと視線を流す。
「うーん、最低限三つ欲しい。なんとかしてくれ」
「わかっとるわい。全く人使いの粗いやつめ」
どう見てもものを頼む態度ではないヒメに対し、メルティはため息を吐きながらポケットを漁る。
そのまま何かを握った手を取り出し、机の上にコトリと音を立てて物を置く。
「一応これが試作品じゃ。ただもう少し改良せなんだ使い物にはならん」
そう言いながらメルティはそれを指差す。
そこにはビー玉くらいの大きさをした透き通った赤色の玉が置かれていた。
「おぉ、これが例のマジックアイテムか」
「さようじゃ。効率よく魔力を補填出来る金の指輪とは別の働きを担うアイテムじゃ。――こいつはまず初めに優介、お主が試すべきじゃな」
その言葉を聞くと同時に、僕は手を伸ばし赤い玉を摘んで目の高さまで持ち上げる。
窓の方へとかざすと、赤色を通して陽の光が透けて見える。
――なるほど。これはすごい。
「ま、もうちと待て。出来たらいの一番に連絡を入れるからのぅ」
「うん。分かった」
赤い玉をメルティへと手渡した僕は、ふと時計を見るともうすぐ五月度最後の魔法合同授業が終わりを迎えることに気がつく。
なんやかんやと一時間近く喋っていたらしい。
「メルティはそろそろ戻らなくていいの? パートナーが待ってるんじゃない?」
「ふむそうじゃな。今日は上級生に任せとったんじゃが、最後くらい顔でも見に行くとするかの」
「ん、じゃあまた連絡頼むわ。なんか困り事があったら遠慮なく言ってくれな」
「……相談したとてお主は動かんじゃろて。それならはなから優介に頼むわい」
「さいですかーい」
そんな軽いやり取りを繰り広げながら、メルティは教室の扉へと手をかける。
「それじゃあの。
「うん。伝えとくよ」
その返事に機嫌を良くした様子で、メルティはそのまま廊下の向こう側へと消えていく。
さて残った僕とヒメはといえば、そろそろ時間になるので後片付けを始めることにする。
「もしもーし。そろそろ時間だけど起きられるかな?」
「……………………あ、うぁ」
僕は手前、ヒメは奥に倒れている女子生徒の肩を揺らしながら声をかける。
うつ伏せに倒れながら呻き声をつぶやく彼女に対し、試しにどうかと人差し指で頭を突っついてみる。
「……き…………が……ね……」
こりゃあだめだ。思った以上に動けそうな気配がない。
「ヒメ、そっちはどう?」
「うーん。この前よりちょいマシくらいだけど立つのは無理そうだな」
「分かった。じゃあいつもの通り教室まで運ぼうか」
状況を把握した後、僕は彼女の脇に手を差し入れ背中に背負う。
持ち上げた時の感覚から、全身が程よく脱力している様子を感じ取る。
「うん。良い感じかな。成果は出てそうな気がするよ」
「よっと。ったく、ボクは非力な女子なんだからそろそろ自分で歩けるようになってくれよな」
ヒメも同様に女子生徒を背中に担いだことを確認し、部屋を出た僕たちは一年A組の教室まで歩き始める。
「で、そっちはどんな感じよ」
「悪くない。意外と八月までにものになったりしてね。そっちはどう?」
「同じくだな。ま、なんたって――――だからな。素質だけみりゃ伸び代は一番だ」
繰り返すが、僕は一年生に過度な期待など抱いてはいない。
当てにしていないし、彼らに奇跡を願ってもいない。
だけどそれは何もしないという意味ではない。
もしもの可能性があるのなら、僕はその希望をみすみす手放すこともしない。
「……こ、の…………き、ち……め、が……ね……」
耳元で微かにか細い声が聞こえる。
うん。そうやって話せるようになってきてるのは成長してる証拠だね。
「さて、僕たちも本格的に動かなきゃだね」
「なーに言ってんだ。とっくにやってるっつーの」
窓の外を見れば晴れ晴れとした空に陽が高く上がっている。
日に日に暖かくなるこの季節に、僕はかつてを思い返す。
「あー、楽しみだ」
運命の八月まで、残り二ヶ月と少し。
******
《数刻後》
――ん……う、ん
――すぅ……すぅ
――……ZZZ……ZZZ
「……藤林さん。どうにも数名寝不足の生徒がいるようですが」
「えー、それ私に言いますか」
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