第9話:魔法対抗戦『オリエンテーション』 〜紗耶と中間報告〜
試験開始三十分が経過した頃、僕――西園寺優介は雪代さんのお供として家庭科室を訪れていた。
そこは僕にとってはとても馴染みの深い教室で、一年生の頃から幾度となく足を運んだ思い出の場所。
そんな家庭科室が今回の試験ではチェックポイントの一つとして指定されており、ついでに言えば担当者もまた僕がよく知る人物であったことには素直に驚かされた。まぁ想定外……と言うよりも想像通り過ぎて逆に、といった感じではあるが。
星宮紫苑さん。僕のパートナーである彼女は、いつも通りそこにいた。
「それで試験の調子はどう? まだ合格者は出てないみたいだけど」
「順調ですよ。事前に作戦を練っていた甲斐もあって合格だけなら問題なさそうです」
紫苑さんの問いかけに僕は混じり気のない本音を返す。
つい先ほど、校舎全体に向けて中間報告のアナウンスが流れた。いわくいずれかの列を三マス空けた生徒は三名いるとのことだ。
そういえば去年の今頃はどうだっただろう。あんまり覚えてないな。
さてそんな報告を耳にした僕だけど、そこからおよその状況は理解できたつもりだった。
まずこの試験は獲得した『マスを空ける権利』を他人へ譲渡できるルールがあることから時間が経つにつれて状況は加速的に進展することが予想される。
おそらく十数分後には半数近くの生徒が一定のボーダーラインを超えているに違いない。
だが、一方でこの情報は当てにならないものであると僕と雪代さんは知っていた。
「あれ、このビンゴカード中央の一マス以外一つも穴が空いてないよ」
そう、雪代さんのビンゴカードは最初に空けることが出来る一マスを除き、そのほか一切のマスを開放してはいなかった。
そしてこれこそが
「マスは一気に開けた方が良いんですよ。何も全部のマスを開ける事が目的ではないので」
そこまで言うと、どうやら紫苑さんも意図を理解したらしくなるほどと頷き始める。
そう。『権利』の所持上限が設けられていない以上、ビンゴカードのマスをいつ空けるかは参加者の一存で決めることが出来ると言う点を正しく理解できるかでこの試験の難易度は大きく変わる。
例えばマスを空けることが出来るからと手当たり次第にビンゴカードを埋め始める人と、必要最低限のマスを開くべく手持ち全てを交渉材料に取っておく人がいる場合、まず間違いなく先に上がるのは後者の人間だ。
特に今回の試験の勝利条件は『どこでも五マス以上の一列を整列させれば良い』である。
たとえ自分のビンゴカードに該当している権利すらも交渉材料として役立てた方がただ闇雲に穴を開けるよりずっと早い。
結果として五マスが揃うまで、全ての『権利』を手元にそろえたままにしておく事が最良手の一つとなるという寸法である。
「ま、あとは運次第ですよ。どれだけ手元に都合の良いコマが揃うかですね」
「そうなんだ。でも大丈夫そうで安心したよ。このまま頑張ってね」
そう言葉を口にしながら、紫苑さんはそっと僕の手に自分の手のひらを重ねる。
珍しく人前で大胆な行動をとる彼女の姿につい可愛らしさを感じてしまい、そのまま柔らかな微笑を浮かべる彼女に、僕もつい小さく笑みを返してしまう。
――……こほん
「あ、そういえば今朝ひなたさんから連絡が届いてましたね。優介くんも同じでしょうか」
少し恥ずかしかったのか、話を変えるように紫苑さんは話題を切り出す。
そう言えばひなたさんからメールが届いていたのを忘れてた。今朝は忙しくてつい後回しにしてしまったことを思い出した。
――……ん……んんっ……
「あとね、最近美味しいイタリアンのお店を見つけてね――」
おぉ、いいですね。
ぜひ一緒にお供させていただければと。
――……ん! あ、あー……こほん……
「それとね。今度私と――」
うんうん。それは良いですね。
******
あー……不愉快です。
なーんで先輩方のいちゃいちゃしているところを見せられなければいけないのか、私には微塵も理解が出来ません。
そしてそれは当然、
そう。この家庭科室には件のバカップルのほか十名近くの生徒が同席している状況なのです。
にも関わらず人目を憚らないこの会話。いっそ学園側に苦情でも入れてやりましょうかね。
さてそんな怒りの感情に溢れる私が何をしているのかと言えば、家庭科室という場所に相応しい課題――お料理です。お題は『三分クッキング』。
担当の星宮先輩からは、どんな品でも良いから三分で一品作って美味しければ合格というルールだけ提示され、あとは食材の場所だけ伝えられてそのまま放置。
なお他の参加者たちも同様に放り出された様子でしたが、これも試験だと割り切ったようで次々と調理に取り掛かっていました。
一応レシピも用意されており、正直少し料理をしたことがあればレシピ通りに作るだけで合格出来そうな簡単な試験だと感じていました。
……そう。このバカップルの会話を聞かされるまでは。
いちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃ。
あたりを見回すと、一年生は若干気まずそうな表情で手を動かし、二年生に至っては何を言っても無駄なのだと悟った顔でその場に立ち尽くしているではありませんか。
え、何を諦めてる顔をしているのですか。まさかこの二人はこれが通常運転なわけはないですよね。
……は?
「……こほん。西園寺先輩、ちょっと来ていただけますか?」
「え、うん。どうしたの?」
私の呼ぶ声に応じてのそのそと歩きながら近づいてくる。
心なしかあたりから一斉に息をつく参加者がちらほらと散見される。
目が死んでいた二年生に至ってはよくやったと言わんばかりの笑みを浮かべていました。
「先輩。今からこの時計を見てて、一分ほど経過したら教えて下さい」
「うん。分かったけど、これって僕が必要なの? 別に雪代さんが見てても――」
「集中できないのでちょっと静かにして頂けませんか?」
「あ、はい」
「雪代さん。調子はどうかな?」
「いえ。それより気が散るので星宮先輩はあちらで待っていて下さい」
「あ、はい」
そうして言われるがままに椅子に座りながらじっと時計を見つめる先輩を横目に、私はさっさと調理を済ませる。
あぁもう。今日はなんだか変なことに振り回されてばっかりです。
******
「いよいよ終わりも見えてきたね」
「えぇ、そうですね」
ついに私が集めた『権利』の数はおよそ二十を超えました。
やや遅れてはいるようですが協力体制を組んでいる伊南さん、それから神谷くんも順調に成果を上げている様子。
まだ決定打としては欠けるものの、三人で共有している結果を見るに私のビンゴシートでは四マスの並びが二箇所出来ています。
未だ合格者が出ていないこの状況、あるいは運が良ければ上位入賞を狙うことも出来るかでしょう。
とはいえ、事がそう上手く運び続けるわけもないですが……。
「……いやー、並んでるねー」
「えぇ。本当に……」
ここに来てチェックポイントに長蛇の列が発生し始めました。
原因はおそらく、校舎外からの人の流入でしょう。
今回の舞台となっている校舎、校庭、体育館のうち、試験開始時に最も混雑していたのは体育館でした。
その狭い空間にはいくつものチェックポイントが点在しており、体育館だけでも二十〜三十ポイントは狙える計算になっている。そんなボーナスステージにも思える体育館を狙って大勢の生徒が押し掛けたのだと聞きました。
ただし、もしも一度に問題を受けられる人数が一人など限定されているとすれば、いくらチェックポイントの密集地帯とは言え非効率な悪手へと変わり果てます。
実際に体育館に赴いた神谷くんが非常に手間取ったことを連絡してきた辺り私の読みは正しかったのでしょう。そしておそらくそのことに気がついた参加者たちが校舎へ流れ始めてきているのが現在の話。
あるいは今であれば逆に体育館が狙い目になっている可能性も否めません。
先ほどまでは待ち時間を考えずに次々と受けられていた試験も、こうなっては十数分のタイムロスは避けられませんし……さてどうしたものでしょうか。
「そうだね……まぁここまで来たらどちらでも変わらないと思うよ。このまま校舎の残りを回るだけでも目的は達成出来そうな気もするし」
試しに相談してみたところ、西園寺先輩らしい返答が帰ってきました。
たしかに先輩の言う通りこの終盤においてもはや微々たる悩みなのかとも感じます。
冷静に考えて、それよりも確実に課題をクリアすることで一つでも多くのポイントを獲得することに集中すべきかもしれません。
いずれにせよ、試験クリアまでそう時間を要することはないのですから。
さて、そんなことを話し合っているうちに、ついに私たちの番が回ってきました。
あわよくばここで終わりにしたい。そんな願望を胸のうちに留めて一歩を踏み出そうとした時、そのアナウンスが耳に届きます。
『ただいまオリエンテーション最初の合格者が出ました。一年A組、西園寺良太さん。試験開始から四十七分三十五秒。続けてもう一名。一年A組、リーナ・ミリオンさん。四十七分三十七秒。繰り返します――』
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