第8話:魔法対抗戦『オリエンテーション』 〜紗耶は課題に挑む〜

 試験開始の合図とともに、私はすぐ目の前の扉を開く。

 『第二学年生 一般基礎学科』と標識が掲げられたその教室に入室し、中を覗くと女性教師が椅子に座りながら来客を待っている様子が見られる。

 西園寺先輩のクラスの担任教師で、私たちのクラスの魔法基礎学の担当教師で、私――雪代紗耶にとって少々ゆかりのある女性。

 凜とした雰囲気に目を惹くほどの美顔。そして全校生徒から一目置かれる人気教師。

 言わずもがな。マシロ先生だ。


「ようこそ。――最初はあなたたちですか。こちらへどうぞ」


 マシロ先生は普段通りに淡々とした表情で、私たちに自分の元まで来るようにと手のひらで勧める。

 その言葉に従い足を進め、私たちはマシロ先生と机を挟んだ形で向き合った。


「どうぞお掛けください」

「はい」


 言われるままにすぐそばに置かれた椅子へと腰をかける。

 机の上を見れば小さな砂時計が一つ。これは問題の時間制限を管理する道具でしょうか。


「それでは私から課題を出します。ルールは簡単。じゃんけんで私に勝利して下さい」


 そう言うとマシロ先生は右手を握りながら身体の前に掲げる。


「制限時間は三分。その間何度挑戦していただいても構いません」

「えっと……ただじゃんけんをして勝てば良いのでしょうか」

「はい。その通りです」


 ……これはさすがに何かあるでしょう。

 試しに西園寺先輩に視線を向けてみれば、あからさまな様子で視線を逸らされます。

 なるほど。タネありですか。ともあれ、これはやってみないとどうにもならないでしょう。


「質問はありません。よろしくお願いいたします」

「分かりました。では――始めましょう」


 マシロ先生はくるりと砂時計をひっくり返す。

 間を置かずして砂が落ち始めたことを確認すると、私たちは同時に腕を上下に振る。


「さーいしょはぐー。じゃーんけーんぽん」

 

 私がチョキ。マシロ先生はグー。

 想定通り、私の負けです。


「もう一度お願いします。さーいしょはぐー――」


 次は私がパーでマシロ先生がチョキ。負け。

 その次も私がパーでマシロ先生がチョキ。負け

 さらにその次は私がグーでマシロ先生がパー。また負け。


「……なるほど。勝てませんね」


 マシロ先生は一切表情を変えずにただただじゃんけんを繰り返すのみ。

 それはまるであらかじめ決められた通りの動きをしているとさえ思えるほどに、迷いも淀みもその一切が見られない。

 

 分かっている。ここまで一方的に負かされる以上疑うべきものはある。魔法だ。

 じゃんけんが強くなる魔法?

 いやそんな単純でよく分からない定義の魔法であるわけはない。おそらくじゃんけんはあくまで副次的な結果でしょう。

 であればとそのタネを明かすため、私は後ろを振り返りながら候補を上げることにする。


「運勢を上げる魔法。時間を止める魔法」

「…………」

「反射神経を高める魔法。未来を予知する魔法」

「…………」

「思考を誘導する魔法。心を読み魔法」

「…………ねぇ、なんで僕を見ながら単語を口にするの?」

「いえ。マシロ先生より表情に出そうな気がするので」

「さいですか」


 その後も何度か候補を口に出しながら試してみたものの、残念ながら先輩も表情を変えることはなかった。

 この人、意外とこう言うところがしっかりしてるんですよね。

 ちらりと砂時計に視線を移せば、残り時間はあと半分といったところ。

 仕方ない。ここから先は実践あるのみです。


 ただその前に、一度前提部分である条件を見直してみることにする。

 

 まず、この勝負は私に勝ち目があるはずという点について。これが試験である以上勝ち筋という名前のタネが必ずあるはずです。

 次に数回挑戦したじゃんけんで全て負けているという結果について。勝ちでもあいこでもなく負けのみ。確率にして三分の一にも関わらず連続しているという事実。ただじゃんけんが強いなどという理由では考えられません。これは魔法を使っていると考えて間違い無いでしょう。

 そして最後に何回でも挑んでいいというルールについて。これは捉え方がいくつかあります。タネを見極めるため、あるいはタネが分かったとしても必ずしも勝てるわけではないという可能性。

 

 そう考えてみた時、私の中で候補をある程度絞ることが出来た上で、一つの魔法が脳裏をよぎる。

 条件に適しており、かつその中でいちばん可能性が高い魔法はこれでしょうか?

 

「先生いきますよ。さーいしょーはぐー。じゃんけーんぽん」


 私はグー。先生はパー。負け。

 私はチョキ。先生はグー。また負け。

 私はグー。先生は――グー。あいこ。


 ――なるほど。どうやら推測が当たったみたいですね。


「考えを読み取る魔法ですか」


 後ろを振り向けば、先輩が肩をすくめる姿が目に映る。

 よし。

 再びマシロ先生へと視線を向けて、右手を握り前に出す。


「さぁ先生。もう一度勝負です」

「分かりました。最初はぐー――」


 先ほどと同じように頭の中ではじゃんけんと全く関係のないことを考えてみる。

 最初の一回目は何も考えないようにしてみたところで負けた。

 次は違う手をわざと脳裏に浮かべたみて、これも負けた。

 三度目はじゃんけんのことを頭から排し、一切関係のない雑念を想像してみた結果あいこになった。

 詰まるところが一番効果があるのだと仮定します。

 残り時間は三十秒程度。攻略法が分かった以上こちらのものです。

 最初の問題、なんとしても合格させていただきますよ。



 ******



「なんというか、本当にじゃんけんが弱い人って本当にいるんだなーって思いました」


 負けました。えぇ、悔しいですが負けを認めましょう。

 残り三十秒。十数回繰り返して一度も勝つことが出来ませんでした。

 

「最後の最後、おそらくは勝利を目前にして欲が表に出てしまったのでしょう。わずかに覗いた思考を読み取るとは……さすがは魔法学園の教師といったところでしょうか」


 カラクリを見破ったとて、ただ勝たせてもらえるわけではないという事をよく教えられました。

 状況を分析する能力、時間僅かに克服するための対応力。そしてそれらをコントロールするために己を律する心。

 当然と言えば当然ですが私にはまだまだ学ぶべきことが多いのだと言外に伝えられた気がします。

 そうですよね。それでこそ魔法学園の試験なのでしょう。


「あ、うん。というかマシロ先生本気で驚いてたけどね。あれなんでこの子勝てないの? って顔してたもん。なんだったらじゃんけんの最中に僕と目を合わせながら首を傾げてたし。終わった後もちょっと気まずそうにしてたよね。もしかして見てなかったかな? ……うん。これ聞いてないよね」


 あー、あー、なんだか雑音が聞こえる気がしますが聞こえません。

 だって別に私ジャンケンが弱いわけじゃありませんから。

 じゃんけんが弱いとかいう理由で貴重なチャンスを一つ潰したりとかしてませんから。


「さ、次に行きますよ。気持ちの切り替えが大事なんです」

「最近なんとなく分かってきてたけど、雪代さんって結構マイペースな性格してるよね」

 

 

 ******



「ようこそチェックポイントへ! ……げ、【鬼畜眼鏡】じゃん……」


 明るい挨拶から一転し、係の先輩は私の背後に立つ人物の顔を見るなり顔を引き攣らせる。

 人気者ですね。西園寺先輩。


「ところで先輩。鬼畜眼鏡ってなんですか?」

「さぁ? 僕に聞かれても。――どうなんです? 先輩」

「……あー、うん」


 ニコリと笑いつつ首を傾げる西園寺先輩の言葉に、先輩はいやーと言葉にならない声で焦ったように顔を逸らす。

 ――鬼畜眼鏡……うん。似合ってる。今度西園寺先輩をそう呼んでみることにしましょう。


「……あー、ほら。二人ともチェックポイントに来たんだからさっさと問題を進めようぜ。な?」


 あくせくと近くに置かれていた箱を取り出しくじを引くようにと先輩に勧められる。

 なんだかペースを握られているようですが仕方ありません。おそらくこのチェックポイントでは引いたくじによって問題が決まるのでしょう。


「それでは……これにします。――ちなみにくじを引くのは私だけでしょうか」

「あぁ。あくまで一年生向けの問題ってことだからな。――っとそれじゃあお題を提示するぜ」


 私が引いたくじを先輩に渡すと、彼は紙を広げて書かれていたお題を読み上げる。


「えーっとお題だが、『もしも自分が先輩に二つ名を付けるとしたらなんて名前を付けるか』だとよ」

「鬼畜眼鏡」

「ぶっふ……そ、そくとうぅ……」


 いけない。つい心のままに答えてしまいました。

 雪代紗耶。これは反省です。


「……ち、ちなみにど、どういうところが『鬼畜眼鏡』だって思った、んだ……くっく……」


 何がツボに入ったのか大爆笑の先輩。

 そんな彼の言葉に、私は頭の中で情報を整理し、簡潔に思っている事を伝える。


「え、だってこの人ヤバイですよね。絶対ドSなんですよ」

「ぶわっはっは!!」

 

 大爆笑。

 大変愉快そうで何よりです。


「お、おい西園寺! お前後輩に真顔で……や、やばい人だって……! ――ぶわっはっは!」


 ひたすらに笑いながら机をバンバンと叩きうずくまる先輩。

 一方で西園寺先輩の方へと視線を動かせば、先ほどと変わらずにこりとした表情で微動だにしていなかった。

 ……え、こわ。


「そういえば、これって結局問題はクリアしたことになるのでしょうか」

「……はぁはぁ……お、おぅ。大丈夫だぜ。俺が納得すればOKって問題だから十分だ。ほら、二ポイント分持っていきな」


 少し落ち着いた様子で、先輩は私がビンゴカードに触れると枠の外側に二種類の数字が浮かび上がる。

 17と52の数字。これで先ほどマシロ先生からもらった数字と合わせて計四つの数字が浮かび上がっている。


「いやー笑わせてもらったぜ! もう一個くらいポイントをあげたいくらいだがルールはルールだ。さ、早く次に行きな!」

「はい。どうもありがとうございます」


 親切な先輩にお礼を伝え、私は一向に動く気配のない西園寺先輩の肩を叩く。

 

「さ、行きますよ」

「あ、うん。ところでさっきの回答だけど」

「そんなことより早く次に行きましょう。さ、一刻も早く」


 こんなにも忙しいというのに何を悠長な事を言っているのでしょうか。

 まったく困った先輩ですね。

 あー忙しい忙しい。



 ******



「あら! 優介くんじゃない! え、お姉さんのところに来てくれたのー?」


 次もまた三年生の先輩が係を務めるチェックポイントを訪れたわけですが、どうにもこの先輩は西園寺先輩のことが大層お気に入りの様子です。

 西園寺先輩。三年生の女性からも好かれてるみたいですね。


「こんにちは。宮先輩。残念ですが今日は彼女の付き添いです」

「もぉ分かってるってば。――で? 君が優介くんのパートナーちゃんね。よろしく」


 ほぉら。笑顔のはずなのに妙な威圧感。

 ただここはあくまでチェックポイント。ささっと事を終わらせて次に向かうが吉と見ました。


「はい。よろしくお願いいたします。それで先輩、ここではどんな問題を受ければよろしいでしょうか」

「あ、うん。ちょっと待ってねーっと」


 私の言葉に先輩は自分の仕事を思い出したのか何かを取り出そうとし、しかしすぐに動きを止める。

 少しの後、後ろに振り向きながらスマートフォンを操作し始めたかと思えば、うんうんと一人頷き始める。不審者かな?


「……西園寺先輩。なんか怪しくないです?」

「さぁ・まぁでもこの先輩はいつもこんな感じだよ」


 こんな感じ……とは。

 なんだか関係のないところが気になり始めてしまったわけですが、そんなやりとりをしているうちに何かが決まったのか先輩はばっとこちらを振り向きます。

 

「よしっ! それでは問題です! とその前に――ごめんね優介くん! この問題はこの子だけで受けてもらう必要があるから廊下で待っててくれるかな?」


 両手を合わせてごめんねと謝る先輩の姿に、いいですよと笑顔を浮かべたまま西園寺先輩は部屋を後にする。

 まぁ西園寺先輩がいたところで何かしてくれるわけでもないで、別に問題はないですね。えぇ本当に。

 

「さて後輩ちゃん。それではお題です! そ、その、正直優介くんってどんな感じ? 二人っきりの時って、どんな雰囲気になるの?」

「…………は?」

 

 は?


「……あの、これは一体どんな問題なのでしょうか」

「え!? あ、うーんと――そ、そう。パートナーの事をちゃんと見てるかって絆を試す問題だよ! 後輩ちゃんはしっかりと優介くんと良い関係性を築けてるのかな? どうかな!?」


 関係性を築く――なるほどそういうことですか。


「分かりました。どれなら納得です」

「おぉ……まじか。――う、うん、それじゃあ後輩ちゃんから見た優介くんの印象を教えてもらおうカナ?」


 西園寺先輩の印象。

 なんでしょう。私から見た彼に対する印象……。

 記憶の中にいる先輩の姿を脳裏に浮かべつつ、私は言葉を選ぶようにして先輩からの質問に回答する。


「……優しい人、です。面倒見が良くて私と親しくなろうと色々と考えてくれる良い先輩だと、そう思います」

「お、おぉ! うん。なるほどね! あとほか! ほかにもないかな!?」


 優しい人。

 うん。それは間違いない。あの先輩はおよそいつでも私に優しい。

 ただそれ以上に感じることもある。感情……あるいは本質。それはある意味で、この問題の回答に相応しい内容だとは思うものの、一方で私の心がそれを口にすることを拒否しようとする。

 独占欲など間違いなくそんな気持ちではない……のだと思うのだけど、自分でもよくは分からない。


「……さてなんでしょうね。この気持ちは」

「え? なんて?」

「いえ、なんでもありません。そうですね……あとは結構なS気を感じますね。私のことを弄りたくて仕方ないって雰囲気をたまに感じます。身の危険ですね」

「んなっ! や、やっぱり優介くんってそんな感じなんだ……」

「あの……もうよろしいでしょうか? 時間もそこそこ経ちましたよね」


 これ以上は割に合わないと判断し、私は先輩に声をかける。

 止めなければキリがなさそうですしもう良いでしょう。

 その言葉に興奮した様子の先輩はうんうんと頷きながらポイントを二つ分私にくれる。


「……と、とりあえず会長に報告しなくっちゃ……」


 挨拶をしようにも、どうやらすでに私のことは意識の外らしく先輩はスマートフォンに齧り付く。

 一応の礼だけ独り言のように伝えてから私は部屋を後にする。


「終わった? 問題はどうだったの」

「はい。先輩から身の危険を感じる旨を伝えておきました」

「なるほど。詳しく聞こうじゃないか」


 だから忙しいと言っているではありませんか。

 さぁ、先輩。まだまだオリエンテーションはこれからですよ。

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