第6話:優介と紗耶と銀の指輪

「さてそれでは早速……この指輪についてだけど、雪代さんはこれがどういったものだって認識してるかな?」


 そう雪代さんに問いかけた後、僕は指に嵌めた銀の指輪を外して机の上にそっと置く。

 その光景を眺めた後、雪代さんもまた自身の指輪を机の上に置く。指輪をそっと人差し指でなぞりつつ僕と視線を交わし口を開く。


「私が知っていることは大きく二つです。まず私たち学園生はこの指輪を介すことで魔法を行使出来るようになるということ。またその魔法は個人の資質によって行使出来る回数や質が異なるということ。これが私がこの魔法の指輪に関して認識している特徴です」

「うん、ありがとう。分かりやすかったよ」


 どうやら授業内容は一年前から変わっていないようだ。

 およそ当時の僕の認識と乖離がないようで安心した。であれば説明はそれほど難しくないと思う。


「それじゃあ少し補足をして行くんだけど……その前に、雪代さんって例えばゲームの用語、『MPマジックポイント』みたいシステムって分かるかな。ゲームのキャラクターが魔法を使うときにポイントを消費する、みたいな」

「そうですね。あまり詳しくは知りませんが概念みたいなものは分かるかと」


 それは良かった。この辺りの説明はゲームの話なんかに例えると分かりやすいんだよね。

 その言葉を聞いた後、僕は席を立ち上がり黒板の前へと移動する。

 そのまま置かれたチョークを手に取り黒板に絵と文字を記入し始める。

 まずは人と少し離れた場所に指輪、その間に魔力の流れを示す矢印マーク。そして指輪の横には魔力弾を示す丸を描く。そして次に説明のための記述を絵の下に記す。


『潜在魔力総量:五百万/一生涯 ※魔力総量は減少のみ

 自然魔力消費量:二百/一日

 銀の指輪:魔力許容量:百/一日 ※魔力許容量は上限を超えない

 魔力弾:五十/一発 ※個人によって差がある』


 ――うん、だいたいこんな感じかな。


 手に持ったチョークを下ろし雪代さんの方へと視線を向ける。

 頭の良い彼女のことだ。今記入した情報だけでおよその会話内容を察しているかもしれない。

 ともあれ、せっかくの機械なのだから一つ一つ説明していこう。


「今から説明を始めるけど、分かりにくい部分があったらその都度聞いてもらえると助かるよ」

「はい、分かりました。よろしくお願いいたします」

「ありがとう。それじゃあまず魔力の基本的な部分についておさらいから――」


 ――さてそれでは説明を始めよう。

 

 まず大前提として、『全ての人間は魔力を有している』という誰でも一度は耳にしたことのあるとても有名な一言について。

 この一言は魔法に関して現在解明されている事象の中でも最も浸透していると言っても差し支えない。

 魔力などといった空想上の夢物語が、実は自分の身体に本当に宿っているなどと、そんな話を聞けば二度と忘れることはできないだろう。それだけ印象的な言葉なのである。

 

 しかし、では実際に全ての人間が魔法を使えるのかと言えば、残念ながらそんなことはない。

 魔力を扱うことの出来る人間はほんの一握りのみ。割合にして一万人にひとり。

 素質や素養、あるいは遺伝的な何か。残念ながら未だにそのメカニズムは解明されていない。

 ただその一方で、魔法の研究は着々と成果を上げている。


 例えば人間が有する魔力――潜在魔力総量について。

 人間が生まれ持った潜在的な魔力――『潜在魔力』についてだが、消費されることがあっても魔力総量が増えたり、消費した分を回復することはないことが判明している。

 例えば僕は黒板にこんな文字を書いている。


『潜在魔力総量:五百万/一生涯 ※魔力総量は減少のみ

 自然魔力消費量:二百/一日』

 

 この内容を用いて説明すると、Aさんは生まれ持った魔力を五百万ポイント分所有しており、また何の魔法を行使せずとも一日あたり魔力を二百ポイント消失していく。

 やがておよそ六十歳を過ぎた頃には潜在魔力総量がゼロになり、魔法使いとしての寿命を終えるという計算になる。

 ここでポイントとなるのは使の部分だ。

 そう、魔法を行使すればその寿命はどんどん縮んでいく。

 別に人体に影響があるわけでもなく生命としての寿命が短くなることはないのだが、魔法を行使できなくなる――つまり『魔法使い』としての寿命は、魔法を行使するたびに着実に短くなっていく。


『魔力弾:五十/一発 ※個人によって差がある』


 これはあくまで一例だけど、要はそういうことだ。

 おおよその人間は四十歳を過ぎる頃には体内から魔力が消失すると言われているが、原因はこれである。

 魔法使いという存在は、決して永遠ではないということだ。

 

 さて、それでは話の本題に入っていくわけだが。

 では今の話と魔法の指輪がどのように関係してくるのかと聞かれれば、それはとても密接な関係なのだと回答することが出来る。

 なぜか? それは魔法の指輪とは一種の延命装置だからである。


 僕の知る限り最も魔法道具マジックアイテムに詳しい人は、魔法の指輪のことをバッテリーであると言っていた。

 それがどういうことかと言えば、魔法の指輪とはいわゆる『器』であり、そしてその器には『自然魔法消費量』として消失するはずの魔力が吸収される仕組みとなっている。

 魔力を蓄積する魔法道具、それが魔法の指輪だ。


『自然魔力消費量:二百/一日

 銀の指輪:魔力許容量:百/一日 ※魔力許容量は上限を超えない

 魔力弾:五十/一発 ※個人によって差がある』


 学園生は魔法の指輪を介すことで魔法を行使出来ることは先ほど説明済みだ。

 だけど、厳密には少し違う。学園生は、魔法の指輪に蓄積された魔力を以て魔法を行使することが可能なのだ。


 例えば先ほど記述した内容を例に出すと、Bさんは一日あたり魔力を二百ポイント消失してしまうところ、そのうち百ポイントの魔力は魔法の指輪に吸収される。

 そしてBさんが魔力弾を行使するのに魔力を五十ポイントを必要とするのだが、魔法の指輪に吸収された百ポイント分の魔力が、魔法の行使時に体内の魔力の肩代わりとして消費されるって寸法だ。

 魔法の指輪とは、魔力を上手いこと運用することで魔法使いとしての寿命を大きく伸ばすことが期待される魔法道具マジックアイテムの一つなのである。


 ただし、魔法の指輪は決して万能な魔法道具とはなり得なかった。

 ――それはなぜか?

 

「どうだろう、雪代さんは分かるかな?」

「魔法の指輪が、万能足り得ない理由……ですか」


 僕の問いかけに、彼女は顎に手を当ててじっくりと考え始める。

 その間に僕はといえば飲みかけのコーヒーで喉を潤し、教室から校庭を眺める。

 大勢の生徒がペアになって授業をしているようだ。去年もこんな光景をよく見ていたような気がする。

 そういえばあの頃、僕は先輩たちとどんな話をしていただろうか。


「――分かりました」


 背後から聞こえる雪代さんの声に、僕は意識を戻し振り向いてから答えを促す。


「魔法の指輪を扱える人が限られているから、でしょうか」


 うん。いいね、いい線をいってるよ。

 

「近いけど惜しい。正解は『魔法の指輪』は人を選ぶ、だよ」


 そう。魔法の指輪は人を選ぶ。

 人によっては魔法の指輪は意思を持っているなんていうこともあるが、それは言い得て妙だと思う。

 適正、とは少し違う。

 魔法の指輪は、その性質を自分が選んだ特定の誰かにしか効果を表さない。

 例えば雪代さんが僕の指輪を指に嵌めたとしても一切の魔法を行使することはできない。なぜならばその指輪は所有者に僕――西園寺優介を選んだからだ。

 当然その逆もまた然り。僕は雪代さんの指輪を介した魔法を行使することは出来ない。


 それはつまりどういうことか。

 答えは簡単だ。選ばれた人間しか指輪の恩恵を受けられない。つまり魔法使いの中でもさらに特別な一部の人間にしか延命処置を与えることは出来ないというわけだ。

 これが魔法の指輪が万能な魔法道具として認められない理由である。


 またもう一つ。

 魔法の指輪は装着してもすぐに効果を発揮できないという特徴がある。

 僕たち二年生の場合、去年一年間を共に過ごしてきたこともあり魔法の指輪がわけだが、一方で雪代さんたち一年生はまだ魔法の指輪との付き合いが浅い。

 ゆくゆくは意識せずとも指輪を介して魔法を行使出来るはずだが、今はまだ指輪に蓄積された魔力を扱うことが出来ずにいる。

 少しずつ、少しずつ。雪代さんの魔力に馴染んだ魔法の指輪が目覚めるように手伝いをするのが僕の当面の仕事である。

 次のステップに進むのはその後からだ。まずは最初の一歩を踏み出すために、今は彼女に力を貸す。


「以上が魔法の指輪に関する基本的な部分の説明だよ。どう、分かったかな?」

「そうですね。ありがとうございました」


 僕の言葉に雪代さんは頷きながら返事を返す。

 少しでも彼女の理解に貢献出来たのであればと胸を撫で下ろす。


「ですが、まだまだ聞きたいことがあります。例えば――」


 ――キーンコーンカーンコーン


 雪代さんの言葉を遮るようにチャイムが鳴る。

 タイミングが悪く、午後の授業はこれにてお終いらしい。


「どうする? 僕はもう少し続けてもいいけど?」

「……いえ、そろそろ先輩のクラスメイトも戻ってくることでしょう。また別の機会にお伺いします」


 そう言いながら、彼女はある一点に視線を向ける。

 なるほど。雪代さんが聞きたがった話はか。

 僕は右手を持ち上げて、金色に光るそれを彼女の前に差し出す。


「これについてはそうだな……じゃあ雪代さんが銀の指輪を扱えるようになったら話をしようか。それまでのお楽しみってことでどうかな」


 小さく笑みを浮かべながら僕は雪代さんに提案を持ちかける。

 彼女は目を瞑り少しした後、僕と視線を合わせながら頷く。


「分かりました。私もそれで構いません。それに、まずは来週に控えた試験について考えなくてはなりませんし」


 五月の魔法対抗戦――『オリエンテーション』


「そうだね。どう? 楽しみ?」

「えぇ、とても。先輩も力をしっかりと借してくださいね」

「それはもちろんだよ」

 

 僕の言葉に雪代さんは薄く微笑む。

 雪代さんにとって初めての魔法対抗戦が開催されるまで、時期はもうすぐそこまで迫っていた。

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