第5話:優介は紗耶と合同授業を受ける

 快晴続く五月半ばのある日のこと。

 いつも通りに友人たちと昼休みを過ごした後、僕は一人校舎の廊下を歩いていた。

 本日は今年度初となる一二年生合同の魔法授業開催日。午後の授業時間全てを割り当てられるそのイベントに際し、僕はパートナーの元へと足を運んでいる最中である。

 

 さてそのイベント――合同授業に関してだが本日の授業方針はすでに伝達されている。

 非常にシンプルかつ誰にでも分かりやすい内容となっている。いわく「おまかせ」とのことだ。

 

 ――ではそのおまかせとはなんぞや。


 とあるクラスメイトが尋ねたその問いに、表情ひとつ変えることなく担任教師はこう答えた。自分たちで好きに決めてください、と。

 

 なるほど。では去年がどうだったのかと上級生の紫苑さんに聞いてみたところ、やはり同じような課題を提示されていたそうだ。

 確かに思い返してみれば、合同授業は教師が何か教えるというよりも二年生や三年生と時間を過ごすことが多かった気がする。

 その時々で内容こそ異なってはいたものの、それぞれの課題を三名で解決していくような主体性と協調性を求められる授業だった。

 今年も例に漏れずそのような授業方針を執っていくということなのだろう。

 

 また基本的にこの合同授業はその性質から実技形式の授業がメインとなる。

 割と貴重というか、先輩の生の声――経験や体験に基づいた授業を受けられることが魅力的な時間だったことをよく覚えている。

 そういう意味では、去年の自分たちを重ねるときっと一年生は今日という日が楽しみで仕方なかったのかもしれない。特にこの時期って本当に魔法学は座学ばっかりだからね。


 とはいえ残念ながら現段階で一年生のみんなが魔法を使う事は出来ない。

 正確にはまだ扱えないというべきだが、その中で彼ら彼女らにどういった授業を教えてあげるのかというのが僕たち二年生の主な課題となる。

 大半の人の目標が七月中に魔法弾を扱えるようにすると定めているようだが、さてどうしたものかと悩み始める今日この頃。


「というわけで、どうしよっか?」

「はぁ、それを私に訊かれましても」


 情けない僕の一言に呆れたような表情で返事を返す女子生徒が一人。

 雪代紗耶さん。つい先日に決まった僕のパートナーで、おとなしそうに見えてちゃんと自分の意見は主張する芯の強い女の子。

 彼女と同じクラスの良太いわく、一人でいることが多いが決して協調性は最低限はありクラス行事の際には周りを俯瞰し鋭い意見を述べるどちらかといえば参謀に適性のあるタイプだとのこと。

 うん。なんとなくのイメージにぴったりです。


「先輩。なにか失礼なことを考えていませんか?」

「いやまさか」


 ついでに勘が鋭いご様子で。

 ともあれ、今日の合同授業はそんな雪代さんと僕の二人だけで行う予定である。

 普段であれば三年生の紫苑さんと三名で授業に取り組むことになるのだが、本日三年生は別の用事があるため不在。

 では僕と雪代さんの二人で何をすべきかと考えてみたところ、ある一つの結論に辿り着く。

 

「じゃあ今日はお互いのことを知る時間ということでどうかな?」


 まずは雪代さんと親しくなる事から始めよう。

 

「そうですか。分かりました」


 即答。


「……あれ? なんか他に言われるかと思ってたんだけど。『今日って結構時間ありますよね』とか」

「まぁそれは思いましたが。ただ先輩がそう決めたのであればそれに従おうと思っただけです。何かご不満でも?」

「いえございません」


 なんだろう。この子すごいしっかりしてるなぁ。

 年上相手でも受け答えができるし、そんなところに魅力を感じられる子だと思う。

 であれば、やはりまずは彼女のことをよく知っておきたい。

 

「それじゃあ、場所を移して僕のクラスにでも行こうか。飲み物でも買ってゆっくり腰を落ち着ける場所でお話ししようか」



 ******



「そこの椅子に座っていいから。――僕はここでっと」

「はい。それでは失礼します」


 道すがら自販機で飲み物を購入し、僕と雪代さんは一般基礎学科クラスの教室へと足をはこぶ。

 誰かいるかなーと教室を覗き込めば、どうやら僕たち以外に教室を使おうと考えている人はいなかったらしい。


「他にどなたかいるかと思いましたが……意外です」

「ほとんどが外に出てるんじゃないかな。多分僕たちみたいに校舎内にいる方が珍しいと思うよ」

 

 一部を除き一般的に校舎内は魔法使用禁止区域として指定されている。

 魔法を見せるならグラウンドや体育館など校舎から出なくてはならないため校舎に残っている生徒は一割もいないのではないだろうか。

 どちらにせよ静かで落ち着く。ラッキーだね。


「そういえば、先輩ってコーヒーとか飲むんですね」

「うん? あぁ、これ? うちは父さんがコーヒー好きでね。その影響か家でよく飲むんだよね。あんまり似合ってないかな?」


 僕は机の上に置いてある缶コーヒーを手に持つ。

 触れる指に感じる冷たさが心地よい。


「悩ましい質問です。先輩って子供っぽかったり大人っぽかったり、雰囲気がその時々で変わりますので。そうですね、大人っぽい時の先輩には似合ってます」


 なるほど、大人っぽい時にはね。

 

「じゃあ子供っぽい時には?」

「背伸びしてるのかなぁって」

「さいですか」


 僕と雪代さんは軽口を叩きながら、お互いに飲み物を持ち上げて口をつける。

 コーヒーの苦味が口の中に漂い、昼過ぎに襲いくる眠気が少し和らぐのを感じる。

 

「……ふぅ」


 今日手に取ったのは甘みが一切ないブラックコーヒー。父さんが好む味だ。

 父さんいわく微糖のように甘いコーヒーも悪くはないが、コーヒー本来の味を楽しめるブラックコーヒーこそが最も味わい深く眠気が取れるらしい。

 最後の一言にほぼ集約されているような気もするけど、その実僕もブラックコーヒーこそが一番口に合うと感じている。

 ついでに眠気対策にも同意見と感じるあたり、やっぱり親子だなぁと実感する。

 そんな風に少し落ち着いた頃、ふと雪代さんの持つ飲み物へと視線を映す。

 

「雪代さんのそれは紅茶?」


 なんかそれも雪代さんっぽい気がする。

 自宅とかで優雅に飲んでるイメージが。


「紅茶ってあんまり種類が分からないんだよね。やっぱり詳しいの?」

「いえ私も良く知りません。紅茶をそんなに飲むわけではないので」


 そうなの? と聞くと彼女はそうなんですと返事を返す。


「自動販売機を見て飲みたいものがなかったので。とりあえずなんかそれっぽいものを選んでみました」


 ケロッとした表情で彼女は再び紅茶に口をつける。

 苦手というわけではなさそうだけど、どうせなら好みの飲み物を選ばせてあげたかったかも。

 

「食堂とか結構自販機あるよ。時間はまだあるし今からまた買いに行こうか?」

「いえ、いいんです。なんていうかこういう適当に選ぶ行為……って言うんでしょうか。そういうのにちょっとした楽しみを見出しているというか。変ですかね?」


 へぇ。うん、分かる。

 首を傾けながら意見を求める彼女に、僕はいいやと返事を返す。


「実は僕もそう言うの好きなんだよね」

「それはそれは。気が合うじゃありませんか」

「だね」


 そんな適当なやり取りが妙なツボに入り、吹き出すまでもなくお互いに小さく笑う。

 もしかしたら思いの外、僕と雪代さんは気が合うのかもしれない。

 さてそろそろいい機会だろう。


「それじゃああらためて。二年生の西園寺優介です。所属は一般基礎学科クラス。一応クラス代表を務めてて、勉強はそこそこ出来るから困ったら相談してもらっていいと思います。得意科目は体育で苦手科目が魔法応用学科の授業、って言ってもこれはまだ一年生は授業がないよね。とりあえずそんな感じです。これからよろしくね」


 言い終えると、雪代さんはパチパチと拍手をしてくれた。

 唐突に始める自己紹介にも、彼女は驚く事なく頷いてくれた。

 

「では次は私の番ですね。一年生の雪代紗耶です。漢字で書くとこう……『紗耶』って書きます。名前の文字だけ見て『さな』と呼ばれますが『さや』です。先輩も間違えずに覚えてください。所属は一年A組、クラスの副代表を任されています。勉強は得意で今のところ苦手科目はありません。よろしくお願い致します」


 自己紹介が終わりお辞儀をする雪代さんに、僕は同じような拍手を送る。

 二人しかいない教室で手のひらを打ち合わせる音が響く。


「やっぱり勉強得意なんだね。なんかぽいっていうか」

「そういう先輩も見た目はそれっぽいですよ。特に眼鏡とか」

「え……もしかしてこれのこと?」


 くいっ。くいっ。

 

「あぁいいですね。なんだか一気にダメっぽくなりました」

「それはひどい」


 期待に応えてサービスしたのにこの言われようである。

 ただまぁ、徐々に雪代さんの表情が柔らかくなりつつある。

 緊張かあるいは別の要因か。ともあれ今日は彼女の人となりを知りつつ距離を縮めることが目的だ。

 親しみのある先輩と思ってもらえるのであれば幸いである。


「それじゃあ次は……うん。それじゃあ趣味とかどうかな。僕はジョギングとか読書とかゲームとか。インドア、アウトドアは問わずに興味のあるものは……って感じかな」


 ここら辺は結構誰かの影響を受けたものが多い。

 特に父さんや姉さん、良太など家族の影響は大いにある

 そんな僕の回答に対して、雪代さんは顎に手を当てながら頷く。

 

「そうですね。私もジョギングしたり読書を嗜んだりします。げーむ、はあまり関わりがありませんが他には絵を描いたりすることでしょうか」

「お、雪代さんは絵を描くんだね」


 僕の言葉に、雪代さんははいと頷く。


「とは言っても本格的な趣味ではありません。ただ……そうですね。見たものを思い出せるように絵という形に残すと言いますか。なんとなく分かりますか?」


 それは僕にとってもよく理解できる話だった。

 なぜならば僕も似たような理由で筆を取っていた時期があるからだ。

 

「うん、分かる。僕も少し前にそんなことをしてたよ。印象に残った記憶を自分の手で記録するって目的で絵を描いてた」


 あれは一年位前だったか。親しくなった先輩の影響でしばらくの間絵を描くことにハマっていた時期がある。

 風景や人物画、他にも自分の頭の中にあるイメージをスケッチするような本当に趣味の一環だったけど、その経験は後々色々なことに役立ったことをよく覚えている。


「私も同じです。記憶の中にある一つの景色を自分の手で描く、そんな趣味が私の休日の楽しみの一つなんです」

「それは素敵だと思う。……そうだ、もしよかったら今度一緒に絵を描きに行かない? 公園とか川とか」


 思えば最近絵を描くことから離れていた。

 理由は特にないけど、別にその行為が嫌いだなんてこれっぽっちも思ってはいない。

 むしろ雪代さんの話を聞いて久々に筆を持ちたくなってきた。

 

「それはもちろん構いませんが、いいんですか? 私なんかで」

「もちろん。それにこう言った趣味ってなかなか共有できる人がいなくってさ。あ、迷惑だったら断ってくれていいから」


 つい前のめりになって提案してしまう。

 嫌なら嫌だと言って欲しい旨を伝えるも、雪代さんは首を横に振って否定してくれる。

 

「嫌だなんてことはありません。それではぜひご一緒させてください」

「うん。ありがとね」

 

 思いがけない共通の趣味が出来てしまった。

 損得抜きで休日の楽しみが増えたのは素直に嬉しい。


 ――キーンコーンカーンコーン


 とそんな時、一つ目の午後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

 早いもので合同授業の終了まで残り一時間を迎える。


「そうだ。先輩、私ぜひ聞いてみたいことがあったんです」

「聞いてみたこと?」


 そんな頃、雪代さんが告げる言葉に僕は首を傾げる。

 彼女は頷きながら、自分の指にはめた指輪を僕に見せる。


「実はあまりこの指輪について知らなくて。先輩との合同授業で聞いてみようと思ったんです」


 そういえば、僕たちもこの時期にはまだ知らないことが多かったような気がする。

 そうか。確かに気になるよね。

 

「うん。いいよ。じゃあ残りはその辺りも含めて雪代さんからの質問タイムってことにしようか」

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