魔法使いの花嫁たち:雪代紗耶 ①
私、
よく知りもしない他人と仲良くすることに意義を見出す事が出来ないし、一人で過ごす時間を苦痛だと思ったこともありません。
誰かと遊ぶ暇があるのなら勉強をすればいいですよね。娯楽を求めるのであれば読書や映画鑑賞といった趣味で十分満足感を満たすことが出来るじゃありませんか。
あるいはもしかすると、私は他者と親しくなることに嫌悪感にも似た違和感を抱いているのかもしれません。
『みんなー、サヤちゃんを仲間に入れてあげてねー! ……あ、ちょっと、どこにいくの? サヤちゃーん!』
幼稚園のユウカ先生。
構わないでください。私は好んで一人でいるんです。
『ねぇ、隣の席だね! これから仲良くしてね! ……え、あ、うん。なんか、ごめんね』
小学校の時に隣の席になった佐藤さん。
気にしないで下さい。私は一人で読書している時間が好きなんです。
『あ、あの雪代さん! お、俺は君のことが好きです! どうか俺と付き合ってください!』
中学校の体育館裏で告白をしてくれた中村くん。
ごめんなさい。私は誰かと同じ時間を過ごすなんて想像にも出来ないんです。
私に関わろうとする全てのひとへ。
どうか気付いてください。私は誰とも関わりを持ちたくないんです。
それが私の本音で本心で、物心ついた時から変わることない考え方で本質。
なぜ人は誰かと繋がりを持とうとするのでしょうか。
好んで自分の時間を割いてまで他人と時間を共有することになんの意味があるのでしょうか。
私はそれまでの人生で、その「答え」を持つ人に出会う事はありませんでした。
そんな私ですが、中学校に通っていた頃にいわゆる「いじめ」に遭っていたことがありました。
女子から人気のある男子生徒から告白されて、全国模試で一桁の順位を収めると教師たちが盛り上がり、スポーツ大会ではサッカーが上手いと評判の上級生から何度もボールを奪う。
そういった私にとっての「普通」が彼女たちには許し難かったのでしょう。
楽しみにしていた一人で過ごす静かな読書の時間は女子から罵声を浴びる騒がしい時間へと変貌し、体育の授業が終わり更衣室に向かえば制服がなくなり、翌日に今度は体操服が紛失する。
よほど私のことが気に食わない人がいたのでしょう。どうやら私はいじめの格好の対象だったようです。
それはさぞ楽しかったでしょう。調子に乗っている人間からは物を盗んでもいいし、壊してもいい。時折謝っておけば自分が好きな時に罪悪感を和らげることができる。
素敵ですね。彼女たちはさぞ自分たちの行いに満足していたことでしょう。
ですが、それで私の何かが変わったのかと言われればよく分かりません。
女子から人気のある男子生徒から告白されて、いつも通りに全国模試で一桁の順位を収めて、スポーツ大会ではバスケが上手いと評判の上級生から何度もボールを奪う。
別に何も変わりませんし、私もだんだんと慣れてきたので罵声を浴びながら読書することも出来るようになりました。これはある意味集中力が増したと言えるかもしれませんね。
そうすると今度はいじめている彼女たちの中から涙を流す人が現れます。
情緒が不安定なのでしょうか? 何かを涙ながらに主張がよく分かりません。
ぐずぐずと何か呟いているようですので聞き取れません。まぁ聞いていないので構いませんが。
すると今度は暴力に訴えかけようとする人が出てきます。
よほど私の態度が気に食わなかったのでしょう。胸ぐらを掴まれるのはまだ良い方で、髪の毛を引っ張られるのはさすがに痛かったです。
彼女は自分たちに正当性があることを主張し、言葉で私を傷つけることができないと悟れば次の瞬間には右手で大きく頬をビンタする。
――バチン
打たれた頬がじんと熱くなります。
なるほど、これが他人にビンタされるという感覚なのですか。
そんな風に口に出すと、彼女は瞳に更なる怒りの感情を浮かべながらビンタを繰り返します。
――バチン
――バチン
――バチン
何をそんなにむきになっているのでしょうか。嬉しいのでしょうか。楽しいのでしょうか。
打たれ続けながらも、私には彼女のことがずっと理解できずにいました。
だけど時間が経つとそれすらもどうでも良くなってきます。当然でしょう。だって私は彼女に一欠片も興味がないのですから。
それからしばらくすると彼女は涙を流しながら蹲りまり始めます。
どうしたのでしょうか? 一方的にビンタしていたのはあなたの方ではないですか。
だけど周囲の方々はそんな彼女を囲い、何か慰めの声をかけているようでした。
悪くないよ。気にしないほうがいいよ。そんな優しさに満ちた慰めの言葉。
それを聞いて、私はようやく彼女の行動が腑に落ちました。
そうか、分かりました。彼女は一人では生きてはいけない人なんですね。
誰かを罵倒するのも、暴力を振るうのも、自分の力を誇示するための手段で、それが彼女の尊厳を支えるための行動となっているわけですか。
なるほど。実に迷惑な話ですね。
だから私は、彼女に真実を教えてあげることにしました。
それはきっと正しい選択だったのでしょう。
だって彼女は涙を流しながら何度も謝罪の言葉を口にしてくれたのですから。
そうして次の日から、彼女たちは私から遠ざかるようになりました。
女子から人気のある男子生徒から告白されて、いつも通りに全国模試で一桁の順位を収めて、スポーツ大会では水泳で早いと評判の上級生より良いタイムを記録する。
私はいつも通り変わらず、変わったのは彼女たち。
学校という同じ場所で生活を過ごしているとしても、まるでそれぞれ別々の世界に存在しているかのように、お互いに交わることのない別々の人生を歩んでいく。
それこそが私と彼女たちの適切な距離感なのだとようやく気がついてくれたのでしょう。
よかった。これで私の周りが静かになりました。
******
『雪代。ちょっといいか?』
そして、季節は巡り中学校三年生の春。
遅まきながら自身の進路についてどのように決めるべきかを悩んでいた頃、その連絡は届けられました。
いわく、魔法学園への推薦状が届いたと。
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