第3話:一年A組は学園に散る 〜転身編〜

「ふぅん……お前がボクのパートナーね」

「はい! よろしくお願いしまーす」


 値踏みするようにじろじろと全身を眺める姫島先輩に対し、リーナはニコニコとした笑顔で元気に挨拶を返す。

 思い返してもリーナが誰かに人見知りしているような姿を見せたことはない。そんな彼女の怖気付かない様子に毒気を抜かれたのか姫島先輩は呆れた表情を浮かべる。

 が、しかし何か気になったことでもあるのか次の瞬間には眉を顰めてみせる。


「……西園寺弟と伊南妹がいるのにこの女子生徒……へぇ」


 姫島先輩は意地の悪そうな笑みを浮かべるとリーナの耳元へ口を運ぶと何かを呟き始める。

 何を話してるのか全く聞き取れないものの、時折リーナの身体がびくんと小さく跳ねているように見える。

 ……大丈夫かあれ。

 

「すまない良太。俺はここから力になれそうにない」


 声をかけられた方に振り向けば霧矢が申し訳なさそうに頭を下げていた。


 「ん? あ、あぁ気にすんなよ。あとは俺らでなんとかするさ」


 残念だがこればかりは別に霧矢が悪い訳じゃない。

 正直ここで霧矢が離脱するのは厳しいけど、それこそ決まってしまったものは仕方ないなるようになれというやつだ。


「悪いな。……いや、そうか。まだ俺にもできることがあるぞ。――あのすみません、松永先輩」

「うん? どうしたの」


 霧矢の呼びかけに、眠そうに目尻を擦りながら音子さんが近づいてくる。

 霧矢が状況を説明する中、首を傾げながら話を聞くその姿は、いっそ下級生なんじゃないかとさえ思えるほどにあどけない。

 やがて話を聞き終えた音子さんが俺の方へと意識を向ける。


「大変? 困ってるの?」

「いや困ってるっていうか。……まぁそうですね」


 何に困ってるんだろうと疑問符を頭に受けべる音子さんは、再度首を傾げた後でとことこと姫島さんに向かって歩き出す。

 ちょうど姫島先輩とリーナの会話も落ち着きを見せていたようで、少しの間会話をした後に彼女は音子さんに連れられて俺たちの方へと歩み寄ってくる。


「どうした。なんか困ってるのか?」

「あ、えっと実は――」


 ここで上級生に力を借りていいものかと一瞬悩むものの、せっかく訪れたチャンスなのだと困っていることや今後の考え方について洗いざらいを相談してみることにする。

 確かこの人は兄貴のクラスの参謀役だとかなんとか聞いたことがある。あるいは何かヒントをくれるかもしれないと淡い期待を抱きつつ相談させてもらうことにする。


「なるほどね。まぁよく考えてるじゃん。でもちょーっと話がズレてるな」


 全てを聴き終えた後、姫島先輩はそんな感想を口にする。

 話がズレてるって言ったか? この人からすればまた何か違う考えが見えているというのだろうか。


「そうだな……まず前提として情報量が足りてない。まぁこれは自覚があったから次に繋げるとして、あとは不足している情報をどうやって補うかってことをしっかりと考えるべきだろ」


 情報を補う?

 それは一体どういう意味で。


「いいか? すべての事柄において情報は武器だってことは大前提として頭に入れておかなきゃいけない。それこそ最も情報を持つ者ことが戦いを制するってのがボクの考え方だ。そして何より情報ってのはいついかなる時でも収集、更新することを意識しておく必要がある」


 そう言いながら、姫島先輩は人差し指をピンと立てる。


「じゃあここで問題だ。なんでボクたちだけが今この場に現れたのでしょーか」


 姫島先輩たちだけ?

 なぜ現れたのか?


「あのー、えっと。どういう意味ですか?」


 同じ疑問を抱いたであろう美桜が姫島先輩に質問を投げるが、しかし姫島先輩はその問いかけを鼻で笑って返す。


「あのなー。ボクは今それを質問してるんだろ。この質問の意図が理解できない、考えることも出来ないって言うんなら、ボクはこの先話を続ける意味なんてないぞ」

「なっ! ちょっと! そんな言い方」

「まぁ落ち着けって美桜。たしかに姫島先輩の言葉には一理ある」

 

 そうだ。これは俺たちに知識を授けようとしてくれている姫島先輩からのメッセージであり、その一言に込められた意味を読み取れないようではこの貴重な機会で何も掴めずに終わってしまう。

 なぜ姫島先輩たちだけこの場に姿を現したのか。

 言っていることは分かるが、ここで俺は一体何を考えるべきなのだろうか。


「姫島先輩。質問です」


 そんな風に頭を悩ませていた俺とは異なり、雪代さんは何か思いついたのかスッと挙手しながら質問を口にしようとする。

 

「お、言ってみろ」

「ありがとうございます。」


 雪代さんの質問に対し、今度は姫島先輩が答えようとする態度を見せる。

 視線はすでに興味の対象へと向けられている。


「これは推測ですが、もしかして姫島先輩はここから動けないのではないですか? いえ、正確にはとか」

「へぇ。なんでそう思った?」


 興味の色が強まり心なしか声色に色が宿る。


「いくつか違和感がありました。校庭や廊下、他に教室など二年生の先輩方の居場所がバラバラになっていること。それでいて一定の距離を保ったまま近づいてこないこと。しかし一方では逆に近づいてくる先輩たちもいること。これらを踏まえた上で一つの仮説を立ててみました。――例えば先輩たちの配置は最初から決められている、とか」

「うん、いいね。悪くない」


 雪代さんの話に姫島先輩は感心した様子で頷く。


「え、どういうこと? あんまりよく分からないんだけど」

「つまり先輩たちは自分たちの立ち位置を決められているんです。先ほどの校庭や、姫島先輩たちの場合はおそらく『玄関口』。もしくは『一階廊下』……いえ、もっと限定的で『西校舎一階廊下』とか」


 なるほど。言われてみればたしかに違和感はあった。

 なんで先輩たちは遠巻きに見ていて近づいてこなかったのか。その理由が今の話が正しければ説明はつく。


「さっきの校庭にいた先輩の場合は立ち位置が『校庭』ではなくて『玄関口水道近く』とか『グラウンドベンチ』とか、行動範囲が絞られていたってわけか。だから見えていても近づけなかった」

「えぇ、その通りです。そしてその開放条件が『パートナーを見つけること』であれば説明がつきます。ですので姫島先輩の質問に回答するのであれば、『この西校舎の玄関口に近づけるのは姫島先輩と松永先輩のみであり、その行動制限から解放されるために進んでパートナーを探しに来た』と言ったところでしょうか」


 仮説などと表現しつつも雪代さんはどこか自信ありげな表情で答えを口にする。

 そしてそれは姫島先輩を納得させるに事足りる回答になり得たらしかった。


「正解。やればできるじゃんか。お前名前は?」

「雪代紗耶と申します」

「……雪代、紗耶……わかった。覚えとく」


 姫島先輩は満足げに頷くと次に俺の方へと身体を向ける。


「西園寺弟。どうだ、今の話からこのゲームのクリア方法は導き出せそうか?」

「えっと、聞いてみた感じだと片っ端から教室を覗いてみる……とか?」


 先輩たちの行動範囲が決まっているなら、一つ一つ場所を潰していけばいい。

 単純だが確実な攻略方法だ。


「せいかーい。そういうわけだから目一杯悩む必要なんてないぞ」


 蓋を開けてみればあっさりとした結末に俺は思わず目を丸くする。

 さっきまであれほど悩んでいたことが、こんな簡単に解決するものなのか。


「いいか? あらためて言うけど情報ってのは何よりも重要なんだ。それを知ってるか知らないかで戦い方は大きく変わる。だが事前に情報を入手できる機会があれば、一方でそのチャンスを逃すことなんてことはザラにある。だからこそあらゆる事象を観察し、疑い、駆け引きをすることで情報を得る必要があり、勝ちたければその術を身につけなくちゃいけない。いい教訓だろ。後輩諸君」


 ……マジか。すげぇなこの人。

 こんな考え方を身につけている人がたった一つ上の学年にいるのか。


「おー! すごいですね師匠!」

「お前、師匠って……。まぁいいや。んじゃあボクはこれにて失礼するぞ。あと頑張れよな」

「私たちも行く」

「あ、はい。それじゃあ良太、みんな。また後で」


 先にゲームをクリアした四人は背を向けて歩き出す。

 その後ろ姿を眺めながら、俺は少しの間足を動かすことができなかった。

 

「西園寺くん。私たちも行きましょう」

「あ、あぁ。そうだな」


 なんでも兄貴たちの学年は学園史に残るほどの逸材揃いだって聞いたことがあるが、あの人もその一人なのだろうか。

 そして一年後、俺は今の先輩たちと同じことが言えるのだろうか。

 

「……ねぇヒメ。ところであれ」

「ん? あぁ、気にすんな。気づかない方が悪いってことにしとけ」

 


 ******



 ■生存人数:四名

 


「……みんな、あたしはどうやらここまでのようね」

「そんなぁ……美智子ぉ」


 あれ以降、問題という問題は特に起こっていない。

 うん。繰り返されるのはただの喜劇のみ。


「そっか……うぅん、いいの。こうなるんだって分かってたの……」

「里子ぉ……!」


 マジで喜劇。さっきまでの緊迫感は一体どこへ行ってしまったのか。


「ふぅ……あと残り四人まで減ったわね。ねぇ良太。優介さんってまだパートナーは見つかってないとか分かる?」

「知らねぇよ。連絡とってないし」


 一応ゲーム中ということもあり兄貴への連絡は差し控えるようにしている。

 聞けば色々と教えてくれそうだが、なんとなく兄貴の力を借りるようで気が引けるからだ。


「まぁ美桜が兄貴のパートナーに選ばれるんならまだ残ってるでしょ」

「たしかにそうね。あぁ早く優介さんの元に辿り着けないかしら」


 夢みがちな様子で天を仰ぎ見る美桜をよそに、俺は残りのメンバーを確認する。

 男子は俺だけで、残る女子は美桜、心、そして雪代さん。

 他のクラスメイトたちはパートナーが見つかったことで順次舞台から降りている。今頃何をしてるのか色々な意味で気になるところだ。

 そんな俺たちだが、残りわずかになった教室へと足を運んでいる最中。

 時間に大きな余裕があるわけではないが、それでも十分クラス全員がクリア出来るだけの余裕はありそうだ。


「なぁ、雪代さんはどんな先輩とパートナーになりたいとか希望はあるのか?」

「突然ですね。何を急に」

 

 ふと隣を歩く雪代さんへと声をかける。

 今日まであまり会話らしい会話をしたことがなかったが、今日この時間で幾分彼女のことを知れたような気がする。

 ただそれでも雪代さんの浮いた話……というかプライベートっぽい部分を除くことは出来ていない。あまり褒められた詮索ではないのかもしれないが、つい気になってしまい声をかける。

 

「いやなんかさ、みんな誰々とパートナーにーって盛り上がってただろ。俺はあんまピンと来てなかったんだけど雪代さんはどうなのかなってさ」

「そうですか。……まぁそうですね。私だって希望くらいありますよ」

「え、マジ?」


 予想外の回答に驚愕してしまう。

 え、ほんとに?


「なんですか。あなたが聞いてきたのでしょ」

「いやそうなんだけど……いやごめん、てっきり特にないとかいうものだと思ってたから」

「なるほど。なんとなくあなたが私に抱く人物像が見えてきた気がします」


 つい言い訳じみたことを口にする俺に対し、雪代さんはジト目を向けてくる。

 ……この子、こんな表情も見せるんだな。


「ちなみに誰かなんて教えませんよ。プライバシーの侵害です」

「そこまで言う? ってまぁ追求しようだなんて思ってないよ。ただそうなんだなーって思っただけ」


 でもそうか、雪代さんにもそう言う相手がいるんだな。

 なんだろ。なんか面白いな。


「ほら良太、雪代さん。いよいよ本命の教室よっ!」

「み、美桜ちゃん。声が大きいよぉ」


 ついに目的地へと辿り着く。

 ようやく来たとテンションが上がった美桜の声が廊下に響き渡り、一方で心は大層恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら彼女へとしがみつきながら抗議する。

 この二人、性格が全く違うのに仲良いんだよな。


「西園寺くん」

「ん? あぁ」


 見上げるとそこには「第二学年生 一般基礎学科」の標識が目に映る。

 残り少ない未訪問の場所の中で、ある意味では本命の教室。兄貴たちの教室だ。


「あぁ……ドキドキしてきたわ。ねぇ良――」

「失礼しまーす」

「あぁぁぁ! あ、あんた心の準備ってものがぁぁぁぁ!」

「だ、だから声が大きいよぉ」


 時間も勿体無いしさっさと済ませよう。

 そんな気軽な考えで教室の扉をさっと開けると、そこでは二人の男子生徒が談笑していた。


「美桜、残念だったな。目的の兄貴はいないぞ」

「……え、そうなの?」


 この二人とは面識がある。

 心の兄である伊南潤さんと、もう一人は確か東間さん。先月の魔法対抗戦で活躍していたから一年生の間では割と有名になっている先輩だ。


「お、来たな。今度こそ頼むぜ」

「四人ならぼくか翔也のどちらかは当たりかもしれないね。……って心?」

「あ、お兄ちゃんだ」


 仲の良い兄を見つけた心はトコトコと伊南先輩の元へと駆けていく。

 やっぱりあいつブラコンだよな。


「なーんだ。緊張して損したわ」

「お前……いや何も言うまい」


 一方で美桜は期待はずれとばかりに頭の後ろで腕を組みながら先輩たちに近づく。

 というか先輩の前なんだからもう少し殊勝な態度を心がけるべきでは?


「お、西園寺弟じゃねぇか! なんだお前もまだパートナーが見つかってないのか」

「こんにちは東間先輩。はい、俺はまだですね。でもそう言う東間先輩もでは?」

「ははっ、違いねぇな」


 東間先輩は口を大きく開けて笑う。相も変わらず気の良さそうな人で安心する。

 そんな東間先輩に対し、美桜は気になっていることを質問する。


「あの、優介さん――西園寺先輩ってもうパートナーが決まったとか聞いてますか?」

「優介? さぁどうだろうな。潤はなんか聞いてるか?」

「一応聞いてるよ。十分くらい前かな? まだ決まってないって言ってたね」

「本当ですか! よっしぁぁぁぁ!」


 全身で喜びを表現するように大きくガッツポーズを見せる美桜。

 反して先輩お二方は若干引いた表情を浮かべる。うちのアホがどうもすみません。


「でもそうか。もしかしたらこの中に優介のパートナーになる子がいるかもしれないんだ」

「はっはっは! そいつは苦労しそうだな。――っとそろそろじゃないか?」


 東間先輩は右腕を身体の前へと掲げる。

 同じく伊南先輩も右手に嵌めた指輪へと視線を向ければ、時間を置かずして光が放ち始める。


「……うそでしょ」


 反応したのは心と美桜の指輪。

 先ほどの喜び具合とは一転し、魂の抜けた表情を浮かべる美桜の目尻からつぅーと一筋の涙がこぼれ落ちる。

 すげぇ、ここだけみるドラマのワンシーンみたいだ。サブヒロインが失恋した時のやつ。


「……その子大丈夫か?」

「あ、はい。気にしないでください」


 見慣れた光景なんで。ほんとすみません。


「そ、そうか。んーと……俺が潤の妹で、潤がその子か」

「まさかパートナーになる子に泣かれるなんてね」

「いやーモテモテ潤様も形無しだな。今日は飯が美味そうだぜっ!」

「あ、あの美桜ちゃんはお兄ちゃんが嫌だってわけじゃなくって……」

「あ、うん。フォローありがとね」


 すげぇな。伊南先輩なんて本命中の本命だって女子たちが盛り上がってたのに、名誉あるパートナーに選ばれた当の本人には一切の笑顔がない。

 しかもつられて伊南先輩もビミョーな表情を浮かべているし、なんというかご愁傷様としか言いようがない。


 ともあれ藤林美桜さんリタイアです。お疲れさまでした!

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