第2話:一年A組は学園に散る 〜勘考編〜
■生存人数:二十五名
「うん? なんか今変な数字が」
「え、良太なんか言った?」
「……いや、なんでもない」
ゲーム開始のアナウンスが放送されてから数分後、俺たちはまず学園の校庭へと足を運んでいた。
教室から窓を覗いた際に、校庭に先輩らしき人影が複数散見されたことからスタート地点をまず校庭にしようとクラス過半数の意見を取り入れた形になる。
「たしか、パートナーに近づくと指輪が反応するんだったよな」
「うむ。そのように聞いておるな。ただどの程度の距離に近づく必要があるかなど聞いておらなんだ」
確かにそうだ。これは勉強になる。
最初は文字通りただの人探しゲームだと思っていたが、その緩そうルールにすっかり油断していたことに気がつく。
例えばこれがもっと複雑ゲームだったらどうだろうか。俺はしっかりと事前の段階でルール説明の段階で上手く情報を引き出せていただろうか。
今回であればパートナーを識別するための具体的な接近距離、それに二年生側の動きについて。
先輩たちは止まってるのか動いてるのか。いや数時間も止まってるわけはない。ならばどういった行動制限が設けられているのか、いないのか。
後になって聞いておきたいことがいくつも出てくるのは明らかな失策だ。
始まって早々に反省会として次回に生かすことが次々と脳裏に浮かぶ。
「で、とりあえずいまのところは反応なしね。さてここからどう動けばいいのかしら」
ふと耳に届く美桜の言葉に頭を切り替えてあたりを見渡す。
見えるだけで先輩の影が十数名程度。さすがにこれだけの人数がいれば
――ビュゥゥゥゥーン!
次の瞬間、
目にも止まらぬ速度で風を切り、その余波で体が吹き飛ばされそうになるのをなんとか堪える。
「きゃぁぁぁぁ! 見るなこのクソエロ坊主っ!!」
「ぐっほぉぉぉ!」
幸いなことに一名を除きみんな無事らしい。
一体なんだ?
「……おい、あれ」
誰かのつぶやきに空を見上げると、そこには何かの影が見える。
「なんか、浮いてる?」
「……箒じゃね? あれ」
箒? 箒だ。
陽の光が眩しくてよく見えないが、確かに頭上で箒が浮いているように見える。
ってか、なんで箒があんなところに。あれが魔法か?
そんな不可思議な光景に俺たちが目を奪われている中、突如として集団から光が放たれる。
出所は――和尚が指に嵌めた指輪。
「うぬ?」
「……は?」
次の瞬間、和尚の身体が宙へと浮き始める。
ふわふわとゆっくり浮上する和尚の身体に、思わず一同が絶句してしまう。
なんかどこかで見たことあるぞ。これは……あれだ! 宇宙船に捕まってくやつ。キャトルミューティレーション!
「みなのもの……拙僧はここまでのようだ」
和尚が急になんかそれっぽいことを言い出す。
どこか悟った表情で地面から離れていき、俺たちに向かって敬礼する。
よく分からん展開についていくことが出来ずこちらもつい敬礼を返してしまう。
「和尚。俺たちお前のこと忘れねぇからよぉ」
「元気でな。和尚」
「そのまま帰ってくんな」
「しねクソ坊主が」
クラスからも温かい言葉が飛び交う。
その言葉に満足したのか和尚は微笑んだまま、やがて空飛ぶ箒の元まで浮かび上がる。
「……ん? おい良――」
何かを伝えようとする和尚だったが、それを言い終える前に凄まじい速度でどこかへと連れ去られる。
バイバイ和尚。グッドラック。
******
■生存人数:二十一名
和尚亡き後、片っ端から校庭にいた先輩たちのもとに向かうと、そのうち三人がヒットした。
突如として崩れ落ちる女子たち。どこか遠い目をする先輩。なんかホントにすみません。
そんな哀愁漂う場面に居た堪れず、俺たちはその場を後にして今は学園内の玄関口まで移動している。
――うん、まぁとりあえず収穫はあった。
分かったことが三つある。
一つ目はパートナーを識別するための距離について。
これに関してはおそらくは三メートル以内くらいが想定される。ただしパートナーの識別には距離だけが必要条件ではない。
それが二つ目、時間だ。
相手と近付いただけでは指輪は反応せず、距離を保ちつつある程度の時間を経過する必要がある。相手と接近してもすぐに反応を見せなかった和尚がいい例だ。
ただここが少し面倒で、例えば相手と少しすれ違うだけでは指輪が反応することはない。
要は何も考えずに校舎を探索だけではチャンスを見逃す可能性が出てくるってわけだ。
この「時間」に関しては残り三人もほぼ同様の事象を確認している。
そして最後、これが最も厄介で現在俺の頭を悩ませている問題。
『パートナーを見つけた場合、その場でゲームを終了』というルールについて。
これに関しては二年生側では説明があったらしいのだが、つまるところ、進むにつれてメンバーの人数が減っていくということに他ならない。
今であれば俺と美桜、次いで霧矢。コミュニケーション能力が心許ないが、雪代さんもここに含むとしてこの四人がクラスをまとめているが、逆を返せばこの四人が先に抜けた場合、クラス行動が正常に管理出来なくなる可能性が高い。
これが想像以上に良くない。
であれば俺や美桜なんかが指示役として、どこかの教室で情報管理しながらクラスメイトをフォローするのも一つの案ではないだろうか。
「ねー、そんなヤバそうな感じ? 時間さえかければ大丈夫なんじゃないの?」
顎に手を当てて今後の作戦を考える俺に疑問符を浮かべる美桜が声をかける。
その表情を見るに、美桜は美桜なりに感じるものがあるらしい。
「分からん。でも正直ヤバそうな気はしてる。……なぁ雪代さんの意見も聞かせてくれるか?」
あまり余裕もないし、ここはちょうど良い機会だ。
これまで欠いていた彼女とのコミュニケーションをとる意味でも、彼女の力を借りたい。
「分かった。それで何を悩んでいるのか教えてくれるかしら」
俺の言葉に対し、遠巻きに眺めていた雪代さんが近づいてくる。
キリッとした鋭い目つきに感情の希薄さから冷たい印象を与えがちだが、彼女が一概に他者を拒絶した様子を見たことはなく、今の感じだと協調性がないということもなさそうだ。
「端的に言ってこのままクラス単位で動くか、それとも安全なラインに達するまでどこかの教室で誰かを指示役に据えるか」
「そう。それぞれのメリデメは?」
話が早くて助かる。
「前者は情報共有の速度が速い分行動しやすい。ただし俺や美桜、雪代さんなんかが抜けた場合に統率が取れなくなる可能性が高い。後者はその逆で統率が取れなくなる心配はないが情報共有の速度は落ちる」
ちなみに口にはしていないがもう一つ、後者の場合デメリットとして指示役がパートナーを探し出せない可能性が出てくる。
もう少し事前に準備ができていれば話は変わってくるかもしれないが、急拵えの策では安全マージンを取ることが難しく、人手が減ることで後半に入手できる情報量が減ってしまう。
先輩たちが動いているようであれば尚更危険度は増す。残り数名の状況から学園内でただ一人のパートナーを探し出すことは非常に困難だ。
くっそ……思った以上にいやらしいゲームじゃねぇか。
「……そうね。私なら前者かしら。このままクラス単位で行動する」
少し悩んだ素振りを見せながら、雪代さんは俺と同様の選択をする。
「理由は?」
「打ち合わせなしで決めた作成を遂行できるほどの能力を私たちはまだ有していない。後者を選択した場合、おそらくはどこかで指示役がパンクする」
「それは……たしかに」
言われてみればそうだ。
俺は「出来る」ことを前提で考えていたが、言われた通り上手くいかない可能性だってあるわけで。
「それならば最初に決めた通りクラスで行動するべきね。もしも状況を判断出来る人が抜けてしまった場合、それは仕方ないと割り切るべき。そしてそれをクラスメイトに納得させるのがあなたの役目」
「……よくもそこまでスラスラと言葉が出てくるな」
「意見を求められたから口にしただけ。あなたにはあなたの、私には私に適した役割がある」
素直に感心した。
冷静かつ客観的な視点をわかりやすく説明してくれるのは非常にありがたい。
「分かった。その提案に乗ろう」
「そう。それでは説明をよろしく」
それに話してみた感じコミュニケーション能力が欠けているなんてこともない。間違いなくクラスの参謀になるだけの能力を有している。
それから俺はクラスのみんなに説明を始める。
思ったよりも難しいゲームであること、今後あり得る展開とその対処法について。
時折入る雪代さんのフォローにも助けられながら、それほど時間を要することなく一同の納得を得ることが出来た。
ここにきてようやく一息つけそうな雰囲気になった。
「ん? なんかめっちゃ人数がいるじゃん」
そんなようやく状況の整理が済んだと思った矢先、こちらに近づいてくる二つの人影が視界に入る。
なんだか嫌な予感が止まらないのは気のせいだろうか。
「多分一年A組。ユーの弟がいる」
「本当だ。なんだっけ……たしか良介?」
「違う、良太。ヒメはもっと人の名前を覚えるべき」
歩いてくるのは二人の女子生徒。
あれはたしか、この前あった先輩と音子さんか?
「やぁ西園寺弟。この前ぶりだな。早速だけどこの中にボクたちのパートナーがいるか調べさせてもらうぞ」
「こんにちは先輩。それは俺たちも構わないんですけど」
「あーいい、こっちで勝手にやるから大丈夫だ」
やってきて早々にマイペースに話を進める姫カットヘアの先輩に呆然とするクラスメイト一同。
うん。だよな。分かるよその気持ち。
「あ、たしか優介さんの取り巻きの人」
「誰が優介の取り巻きだっ! てか誰だお前、先輩のことちゃんと敬えよな。ボクの名前は姫島姫子だ。姫島先輩って呼んでくれよな」
「松永音子。よろしくね」
美桜がポツリとこぼした言葉に反応し、姫島先輩がずいっと距離を詰めてくる。
それと一緒に相変わらず眠そうな表情の松永先輩ものそのそと歩みを進める。
なんというか、今更だけど意外な組み合わせだ。
……いや、いけない。つい先輩たちの空気に流されてしまった。
「それで姫島先輩。この中にパートナーはいそうですか?」
話のペースを握ろうと声をかけるも、先輩は視線を向けることなく手のひらを向けることで話を静止する。
「まぁちょっと待ってろって。……あ、指輪してねぇじゃん」
「私がさっき言った。話聞いてない」
「音子に言われたくはないんだよなぁ。……っとこれでよしっと」
姫島先輩はポケットから指輪を取り出し指に嵌めてから、そのまま腕を身体の前にかざす。
「あっ……」
先に反応したのは音子さんの指輪と――それに反応した霧矢の指輪。
二人の指輪から淡い光が放たれ、共鳴するようにそれぞれの反応を見せる。
「俺か。先輩、よろしくお願いします。」
「うん。よろしくね」
少し驚いた表情を見せながらも、淡々と事実を認識し霧矢は音子さんの元へと近づく。
「霧矢くんと松永先輩か……」
「うん、悔しいけど悪くないよね」
「イケメンと美少女の組み合わせって実在するんだ……」
なるほど――えーここで霧矢が抜けんのか。
霧矢と音子さんのコンビは面白そうなんだけど、何もこんな早くに決まることはないじゃんか。やべぇ変な汗かいてきた。
とかなんとか考えていると、次に姫島先輩の指輪も光り始める。
――マジで!? 次は誰が抜ける?
「お、こん中にいるな。誰だ?」
集団の中から放たれる光の元に目を向けると、輪の中から一人の女子生徒が歩み出る。
気品が漂う優雅な所作で人の目を惹き、また腰まで流れる煌びやかなブロンドヘアは彼女の存在を否応にも意識させる。
「おー! ワタシです! リーナ・ミリオンと申しまーす」
リーナ・ミリオン。うちのクラスが有する本物のお姫様。
……え、この二人がパートナーになるってマジですか?
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