第1話:一年A組は学園に散る 〜始動編〜

 ゴールデンウィークが明けてからはや一週間。

 いつもならば教師の声に耳を傾けているこの時間に、僕は一人で廊下を歩いていた。

 別にサボりというわけではない。なんといっても教師公認。本日は自由行動が許された日。

 みんなとどこかに行くって選択肢もあったけど、当初の予定通り今日は別行動を取ることにしてとある目的地へと足を運ぶ。


 ――ガラガラガラ


 ドアを開けて部屋の中に足を踏み入れる。

 つい最近使用していたのだろうか。利用用途にちなんだ香りが鼻をくすぐる中、ふと人影が視界に映る。


「うん。やっぱりここに来たんだね」

「あれ……紫苑さん。どうしてここに?」


 有栖川魔法学園第三学年生、星宮紫苑。

 ひとつ上の先輩で皐月姉さんを除けば最も交友のある三年生の先輩。


「今日って三年生はお休みでしたよね?」

「まーそうなんだけどね」


 そう、確か三年生はお休みだったはず。

 今日は一年生と二年生のみ登校で、二学年合同の特別カリキュラムである『人探し』が催されることになっている。

 なので三年生の紫苑さんがここにいることに違和感を覚えるわけだが、まぁこの人の場合――。


「うん。でも気になっちゃって来ちゃった」

「気になっちゃったかー」


 ですよねー。

 人差し指を顎に当てながらニコリと笑う紫苑さん。ファンが見れば悶絶しそうな可愛らしい笑みだが、僕としてはつい苦笑いを浮かべてしまう。

 あー、これちょっとめんどくさいモードですね。


「先生に見つかっても知りませんよ?」

「うーん。じゃあその時は優介がなんとかしてね」

「はっはっは。紫苑さん帰りはあちらです」


 こうなったら頑として人の意見を聞かないものだからこちらが諦めるしかなくなる。

 こういうところがずるいんだよなぁ。

 お淑やかなお嬢様に見えてその結構なわがままだったり、割と融通の効かない性格をしていたり。


「あー、ちょっと迷惑だと思ってるでしょ!」

「いえ、めっちゃめんどくさいと思ってます」


 まぁそれでも、僕にとって紫苑さんは少し特別な存在ではあるわけで。

 

「……ねぇ、一体どんな女の子が優介のパートナーになるのかな?」


 窓から校庭を眺め、紫苑さんは質問を口にする。

 さぁ、それは僕が知りたいくらいです。

 

「女の子は決定なんですね」

「うん。だって女子生徒の方が人数が多いもん。基本的に男子と女子がペアになるようになってると思うし」


 ここは確証がないけれど、過去の傾向からそのようなルールが裏に設けられているように見受けられる。

 なんでも一年生と二年生のパートナーは、およそ男子と女子、もしくは女子同士の二通りで決められているとのこと。

 ちなみに何故推測に止まるのかと言えば、この組み合わせについては人間の意図が関わってはいないからに他ならない。


「うーん。どんな女の子がいいかな。可愛い子? それとも美人な子?」


 紫苑さんはテーブルに腰をかけて足を組みながらこちらへと視線を流す。

 そこはかとない意図を受け取りつつも、僕は明後日の方向に視線を向けて適当に逸らす。


「さぁ、外見は魔法の成績に関係ないですからねー」

「あー、そうやってすーぐごまかす」


 文句を口にしながら、ぷくーっと頬を膨らます紫苑さん。

 その姿がいつものように可愛くて、つい頬を指で突っついてしまう。


「なんか……えっちだね」

「はっはっは。すみません思わず笑いが」

「あーつれないんだー」


 うーんと背を伸ばしながら大きく息を吸い、そのまま吐きだす。

 ふと視線を移すとグラウンドを大所帯で歩く生徒の集団が目に映る。

 なんだあれ、一年生かな?

 

「……んで、紫苑さんはずっとここに?」


 時計を確認しながら、一応紫苑さんの予定を確認する。

 まぁ聞くまでもなさそうではあるが。


「優介は?」

「僕はここにいるつもりですよ」

「うん。じゃあ私もここにいる」


 時間はどれくらいかかるかは分からないけど、しばらく退屈しそうだし。


「じゃあ、何して待ちましょうか」

「そうだね。あ、じゃあ最近優介がハマってるって言ってた動画とか一緒に見てみたいかも」

「いいですよ。じゃあ――」


 

 さて、ここにはどんな子がやってくるのだろうか。



 ******



「以上で説明を終了します。質問がある方はいますか?」


 教壇に立つ教師の言葉に挙手する人はおらず、そのまま『人探し』についての説明が終わる。


「マシロ先生。説明をありがとうございました。では次に――」


 魔法基礎学の担当であるマシロ先生の説明によれば『人探し』というのは一年生初めての魔法試験に該当するらしい。

 と言っても、俺たちはまだ何ひとつ魔法なんて使えない。どこが魔法試験なのかよく分からないが、区分とか分類とかそういうのが関係しているらしい。

 あと言ってしまえば内容としてはめちゃくちゃ簡単そうに見える。要は自分のパートナーを見つければいい。それだけ。

 一応制限時間を指定されてはいるけど、大体三時間もあれば人一人くらい絶対に見つけられるだろ。

 俺としては試験というよりもレクリエーションみたいな感覚だ。


「では、時間になりましたらアナウンスが流れますのでそれまで教室で待機していてください」


 そう案内を口にしたのち、担任の教師とマシロ先生は教室から出ていく。

 室内に生徒のみの状況となったいま、俺たちを抑圧するものは何もなく必然と教室が沸き始める。


「なぁ良太、お前どこから見てくか決めてるか?」

「いや、全然だけど」

「ねぇねぇ西園寺くん! お兄さんってどこにいるか聞いてない?」

「聞いてない。てか自分たちで探してみりゃいいじゃんか」

「えー、そんな寂しいこと言わないでよぉ」


 最近この教室で話し合いが必要となった場合に、俺の席の周りに人が集まる状況がよく見られるようになった。

 多分俺がクラス代表とかいうのを引き受けているのと、クラスの中心っぽいメンバーが俺のところに集まるからだろうか。

 ――まぁとりわけ個性的な奴らが揃っているわけだが。


「どうせ先輩方を探すだけの単純なゲームだ。戦略も何もないのだから気を楽にして臨もうではないか」


 このくいっと眼鏡を持ち上げながら周囲を落ち着かせる男子生徒は霧矢きりやりょう

 生真面目だがたまに抜けてる憎めないやつで、本人曰く女性がちょっと苦手らしい。

 でもモテる。あとよく眼鏡をくいっとする。そしてモテる。


「うむ。それよりもどんな先輩に師事することになるかについて語り合うのも一興ではなかろうか」


 次にこのジジ臭い喋り方をするのは尾倉おぐらまさる。通称――和尚。

 仏の様なのっぺりした外見とは裏腹にセクハラトークが好物のクラスのアホ代表。

 男子からは神と崇められ女子からは虫けらのような目で見られるいかんせんともし難いやつである。


「え、そんなの優介さん一択に決まってるじゃないの。それ以外あり得ないし……もし選ばれなかったら奪い取るのみぃぃぃ」


 藤林ふじばやし美桜みお

 ぱっつん前髪可愛らしい容姿とは裏腹に男子顔負けの男まさりな性格がえらいギャップの女子生徒。

 さりげに男子からの人気があるそうだが当人は兄貴しか目に映ってないのだからどうしようもない。ちなみにクラス副代表の一人。


「あ、あの……西園寺先輩は……格好いいと思うけど……い、いいひとは他にもいると思うの」


 もう一人、伊南いなみこころ

 少し小柄で気の弱そうな性格が保護欲をそそるというか、小動物っぽさが特徴的な女子生徒。

 兄が一人、それも兄貴と同じクラスの生徒ということで、俺とはお互いにシンパシーを感じている中であり、つい先日もうちの家で開催されたバーベキューに参加していた。

 なおこの前の感じだと少しブラコンの気があるのではなかろうか。


「いやもう兄貴の話題はいいってば。それよりよ――」

 

 そして俺、西園寺良太。

 今紹介した奴らに俺を加えたメンバーが、この一年A組の主だった中心メンバーとなる。

 別にカースト的な考え方をしているわけじゃない。ただこの学園のシステム上、どうしたって取りまとめるメンバーってのが必要不可欠になる。

 他に適切な奴がいるなら任せるが、現状ではこの個性の強いメンバーが適用にまとめる感じがベストに思える。

 仲はいいんだ。うちのクラス。


「ふむ。時に良太よ。お主の希望をまだ聞いておらなんだ。さぁここだけの話を拙僧に教えてみ」

「うっせーエロ坊主が! 西園寺くんはお前に見たいな女子なら誰でもいいとかそんな低俗なことは言わないんだよ!」

「しね! このくそ坊主!」


 一言口にしただけでここまで罵倒されるやつも珍しい。

 てか和尚じゃなくて坊主になってるやん。

 

「つかよくそんな話題で盛り上がれるな。俺らが選べる立場じゃねぇってのに」

「ま、いいじゃないの。それに案外こういう会話で気持ちを強く持てば西園寺先輩と……うへへ」


 隣で異性に見せられない様な表情を浮かべる美桜に冷たい視線を向けつつ、俺は指にはめた銀の指輪を目の高さまで持ち上げる。

 入学してからまもない頃に配られた指輪で、今のところうんともすんとも反応しない魔法の指輪。


「これが魔法の指輪、ねぇ」

 

 なんでもマシロ先生いわく、今回のパートナーは指輪が相手を選ぶらしい。

 正確には魔力の相性とかなんとか言っていた様な気がするが、要するになにか不思議な力が働くとのこと。

 だから俺たちが誰とパートナーになりたい! なんて言っても仕方がない……けど、まぁ話の種としてはちょうどいいのか。

 てかそもそも上級生のことなんてあんま知らねぇんだよな。アリスさん……音子さん……うーん。

 綺麗な人はいっぱいいるんだけど、今一つピンと来ないというか。

 めっちゃ嫌な言い方をするとなんか兄貴の女みたいな――いやこの言い方は失礼だな。

 とにかく、美人が多いが今のところ上級生にはを求めていないというのが現状だ。


「ね、万が一あんたが優介さんとパートナーになったらあたしと交換してよね」

「他に恨まれそうだから嫌だ」


 ま、とりあえず厳しくない先輩ならとりあえずは良しとしたい。



 ******



「で、クラス代表。もう少しで始まるがどうする? 個人個人で好きにしていいって方針にするのか」


 眼鏡をくいっとしながら霧矢がこの後についての質問をする。

 確かにそろそろ一旦意見をまとめとくか。

 

「そうだな。俺としては好きにすればいいって思ってるんだけど。反対意見ってあるのか?」


 思ったままを口にしながらあたりを見渡す。

 特に不満そうな顔もなくこのまま決まりかと思われたその時、和尚がポツリと言葉をこぼす。


「拙僧はクラス単位で動くのも一案だと考える」


 周囲の視線が和尚に向けられる。


「なにかあるのか?」

「うむ。今後に向けて誰と誰がパートナーになったのかを早めに知っておくのも良いのではなかろうか」


 クラスメイトのパートナーを知っておく、か。


「まぁ、一理ある」


 結局は全員で情報を共有することにはなるが、ただ口で情報を耳にするのと直接目で見た時の印象は異なる。

 相性が良さそうか、それがどんな先輩なのか、それを知るには確かにクラスで行動するのも悪くない。


「じゃあ今の意見に反対の人はいるか?」

「セクハラ坊主の言う通りにするのがムカつく」

「OK。それ以外で頼む」


 人格批判を除けば、特に反対意見が出る様子はない。

 というよりも、みんなも「誰が誰と」の部分に強い興味を抱いているらしい。まぁさっきの雰囲気だとそりゃそうか。


「美桜は?」

「別にいいんじゃない」


 副代表一人目の美桜はOK。


「雪代さん。雪代さんは?」


 俺はへと女子生徒へと声をかける。

 離れた場所で自分の席に座り読書をしていた雪代さんは、しかし会話をしっかりと耳にしていたようでこちらへと視線を向けてくれる。


「別に構わない」

「あんがと」


 クラス副代表二人の許可も取れた。

 であれば問題はなし。


「じゃ、みんなで行くか」


「「「おー!!」」」


 そうして俺らはクラスで一致団結してパートナー探しの旅に出ることになる。

 だが、この時すでにとんでもないゲームが始まっていたことを俺はまだ知る由もなかった。

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