★5月:ようこそ魔法学園へ

第0話:優介は彼女とお出かけをする

 日差しが強まり始める春半ばの頃。

 温かな陽気が心地よい五月の初旬に、僕はゴールデンウィークなる一週間程度の休暇を過ごしていた。

 と言っても今日はまだ三日目。昨日はちょっとした事件……というかトラブル……うん、まぁ散々な目にあったわけなのだけれど。その分今日こそは有意義な一日を過ごさんと気合を入れる。

 なにしろ待ちに待ったお出かけの日。

 むしろこのゴールデンウィークで一番やる気を見せねばいけない日と言っても過言ではない。


 さてそんな僕だけど、自室からリビングへ移動すると朝食を口にする父さんと鉢合わせることとなった。


「おはよう。いつもよりも遅朝だね。また仕事?」

「あぁ、おはよう。ははっ、なかなか多忙な時期でね。みんなと一緒にご飯を食べたいんだけどね」


 そう言葉を口にしながら、父さんはどこか申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 家族思いな父さんからすれば僕や姉さん、良太とあまり時間を共に過ごせないことを苦々しく思っているのかもしれない。

 とりわけここ最近はその顔を見ない日もあるくらい忙しい様子。こう言う期間が父さんには稀にある。


「あぁそうだ。優介くん。ゴールデンウィークの予定はどんな感じかな」


 ふと父さんはリビングの一角へと視線を向ける。

 そこには家族共用のホワイトボードが設置されている。

 

『西園寺優介:五月一日、AM_09:00 ショッピングモール 夜には帰宅予定 ※が移植する場合は連絡します』


 ちなみに僕の今日のスケジュールはこんな感じ。

 西園寺家ではこんなふうにホワイトボードに記入することで、みんなの一週間の予定を共有しようといったルールが設けられている。

 発案者は母さんで、なんでもこういうのに憧れてたとかなんとか、よく分からない理由で始まった家族のやりとりは、特に不都合もないのでかれこれ結構な年数で継続し続いている。

 ちなみに父さんの予定だが、仕事仕事仕事――etc。


「そこに書いてる通りだよ。金曜日までは外出の予定で、今度の土日は今のところ予定はなし。一日くらいはゆっくりしようかなーって思ってるかな」

「なるほど。そうなのか」


 ふむと顎に手を当て、父さんは何か考える仕草を見せる。

 そして数秒後、ポンと手を打ちいい案を思いついたとばかりに満面の笑みを浮かべてこちらを見る。


「それなら土曜日。土曜日はボクに時間をくれないかな。皐月さんと良太くんも今のところ予定がないようだし、みんなで外食とかどうかな。もしくはバーベキューとか。……あー、バーベキューがいいかな。良かったら優介くんたちの友人たちを招待したりして」


 お、ナイス妙案。

 

「いいね。楽しそう」


 父さんをはじめとして、西園寺家の人間は賑やかなイベントを好む。

 声をかければ泰斗やアリス、音子らへんは絶対に来るだろうし、他にも声をかければ結構な人数が集まるかもしれない。

 それはむしろ父さんが望むところでもあるだろう。


「うん。なんか週末が楽しみになってきたよ。――よし、それなら頑張って仕事を終わらせないとね」


 右手でガッツポーズを作りながら柔らかい笑みを浮かべる父さんは、席を立ち上がるとホワイトボードに予定を記入する。

『仕事』以外に初めて記入される『みんなでバーベキュー!!』の予定。


「優介くん。いっぱい友達を呼んでもいいからね。せっかくだしお肉とか奮発しちゃうぞ」


 本当に子供っぽくて、まるで同い年の友人のように接してくる父さんの様子に思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 

「あっと、そろそろ時間だ。父さんは今日も仕事?」

「うん。と言っても午後からだから少し睡眠を取ろうかと思ってたところだよ。ついさっきまで徹夜だったからね。少しでも頭を休めないとって」

「無理しないでよ。倒れたら元も子もないんだから」

「ありがとう。一応もう少ししたら落ち着く予定ではあるんだよ。そしたらまたいつも通りにみんなでご飯が食べられる」


 父さんがどんな仕事をしているかについてあまり詳しくはないが、ほとんど一日中部屋にこもってパソコンを叩いていることだけは知っている。

 以前になんとかのエンジニアだと話を聞いたことがあるが、あまり良くは覚えていない。

 なんだか微妙に答えづらそうにしていたことは覚えているのだが、あまり言いたくない何かあるのかもしれない。

 とは言え父さんが口にしたくないことを追求するほどの理由もない。今はただ、身体を壊さないようにと祈るのみである。


「それじゃあ行ってくるよ」

「いってらっしゃい優介くん。……あっ」


 玄関へと向かうために背を向ける僕に、何か言い残したことがある反応を見せる。

 ふと後ろを振り向けば父さんと視線が合う。

 

「今日の服装似合ってるね。かっこいいよ」

「ありがと。なんたって今日はデートだからね」


 

 ******



 僕が住んでる街から電車で二つ隣の駅に向かえば、そこには巨大なショッピングモールが姿を現す。

 食糧や雑貨、衣服に書籍、家電など幅広い専門店を取り揃えており某都市の有名店にも負けない品揃え。学生からお年寄りまで人生に必要なおよそ全てがそこで揃うと言われているほどに便利なレジャー施設。そここそが本日の僕たちの目的地である。

 と言ってもそれ・・自体は別にそんな仰々しいものではない。正直何度も訪れているため今更その巨大なショッピングモールに感動するような出来事もない。

 ではなぜわざわざ面倒なオシャレまでして足を運ぶのか。

 答えは簡単。エスコートすべき相手が一緒だからです。

 

「おっそーい! 時間厳守だぞぉ! 優介!」

「時間通りですが何か?」

「なんてそっけない態度! 甘い。甘いよ優介! 男子がレディより遅く到着した時点でそれは遅刻なのだよ。『ごめーん待ったー』『いや俺も今来たところだよ』 ――はい。これ以外全て不正解です。ほらしおりんだって文句を言いたそうな顔をしてるよ」

「いえ、そんなことはないですが。それよりも優介くん。今日はよろしくお願いしますね」

「はい。紫苑さんのエスコートをしっかりと務めさせていただきます」

「ちょっとー! 私を無視するんじゃないわよー!」


 駅に到着するなり早々に騒ぎ立てる小柄なツインテールの、子供っぽい見た目をしてるのがひなたさん。

 そしてもう一人、笑みを絶やさない清楚担当の髪の長いお姉さんが紫苑さん。

 今日はこの見た目は抜群なお二方とのデート日というわけです。

 

「まったくもーあんたは! いい優介? あたしとしおりんの二人と一緒にデートできる権利なんて、学園の男どもからしたら地を這いつくばり血の涙を流して尊厳すらかなぐり捨てでも手に入れたい超々レアな至宝だよ? それをあんたそんな態度でいいと思ってんの?」

「あ、紫苑さん喉とか乾いてませんか? 良かったら飲み物とか買ってきますよ」

「うぅん、今は大丈夫。あとで喫茶店で一緒に美味しいと評判の飲み物を買おうね」

「はい。あー、もう今日は紫苑さんとのお出かけが楽しみで楽しみで夜しか眠れず」

「しっかりと眠れてそうでなによりね」

「うぉぉぉい! あたしのこと無視すんなーっ!」


 まったく、今日も今日とて騒がしい人である。



 ******



「それで今日はどこを回りましょうか? やっぱりファッションコーナーとかですか?」


 かれこれ数十分。目的地であるショッピングモールに到着し、僕は辺りを見渡す。

 さすがはゴールデンウィーク、人人人の山につい辟易としてしまう。心なしか気温が上昇したのでなかろうか。


「あたしは家電コーナーに行ってみたいんだよね。便利なのないかなーって。しおりんはどう?」

「私はそうだな。優介くんの言うように服も見てみたいし、あとは靴や小物なんかも見たいかも。それで言えば優介くんはどこか行きたいところはないの?」


 その言葉を口にしたあと、二人ともに僕の方へと顔を向ける。

 僕の行きたい場所、ねぇ。


「うーん、じゃあせっかくなんで紫苑さんに服とか選んでもらいたいです。どうにもオシャレって苦手なんで。やおおありこういう機会に少しでも勉強しなくちゃって思って」

「そうなの? でも今日の優介くんはとてもオシャレだと思うけど」

「しおりん。多分これは優介のセンスじゃないわ。スメラギさんか、もしくは皐月ちゃんだね」


 きょとんとした表情で僕の全身を眺める紫苑さんとは異なり、ひなたさんは勘鋭くズバリ核心をつく。

 まさにその通り。


「正解。よく分かりましたね。姉さんに選んでもらった服です」

「ちっ、このシスコンが」


 つい先日、ファッション雑誌を眺めていた僕に姉さんがアドバイスをくれたのがこの服だ。

 考えるのが面倒で雑誌のコーディネートをそのまま購入したわけだが、思いの外評判が良かったので今後もこんな感じでいいのかと甘えた考えを持ち始めている。

 え、でもそれでいいよね。


「へぇ……よく分かりましたね」

「まぁそこそこの付き合いになるからね。こいつにそんなファッションセンスがない事くらい分かるわよ」


 自慢げに人のセンスのなさをアピールするロリお姉さん。

 いっそ迷子センターに預けたろうか。


「とーもーかーく! せっかく三人で来たんだから一緒に片っ端から回るわよ! よし、それじゃあまずは家電コーナーからレッツゴー!」

「はいはい。ますはひなたさんの用事からですねー。じゃあ行きましょうか紫苑さん」

「うん」


 両手を上に上げながら前を颯爽と歩くひなたさんの姿に、僕と紫苑さんは目を合わせて笑う。

 このマイペースさ。相も変わらずで何よりである。



 ******



「ふぅ。やっと一息つけますね」

「ずっと歩きっぱなしでしだったからね。優介くん疲れてない?」

「大丈夫よしおりん。こいつがそんなヤワなやつじゃないのはよく知ってるでしょ? ねぇそれより優介、なんか買ってきて欲しいんだけど。たこ焼きとかドーナツとか」


 このロリが。


「えー、じゃあ行ってきますけど。紫苑さんは何か要望とかあります?」

「そうだね。なんかいっぱいあって迷っちゃうかも」


 各々の目的である買い物を済ませた後、僕たちはショッピングモールの一角に位置するフードコートへと足を運んだ。

 どこか飯屋や喫茶店に入るという選択肢もあったけどひなた先輩が今日はフードコートの気分だからと言葉を発し、そのまま今に至る。

 発言の強さ=決定権という社会の縮図みたいな光景である。


「あ、じゃあしおりんも一緒に行ってきなよ。優介と一緒に回ってハンバーガーとかラーメンとかカレーとか好きなものを選べばいいじゃない。あたしはここで荷物番してるからさ」

「そうですか? えっと、優介くんもそれでいいかな。私結構迷っちゃうかもしれないけど」


 すでにくつろぎモードのひなたさんと少し困った表情でこちらを見る紫苑さん。

 まったくこの差である。


「もちろん大丈夫ですよ。僕も何を食べようか迷ってるので、一緒に歩きながら考えましょうか」


 正直ひなたさんと合わせて適当に済ませようかと思っていたけど、紫苑さんに付き合うのも悪くない。

 こういう時間も楽しいものだと実感するいい機会だ。


「じゃあひなたさん。行ってきますね」

「はーい! あんまり遅くならないでねー!」

「ふふっ。それじゃあ優介くん行こうか」


 そうして席をひなたさんに任せて僕と紫苑さんは壁沿いに並ぶお店を眺めに歩き始める。



 ******


 

「どうですか、何か食べたいものはありましたか?」

「うーん。逆に食べてみたいものばかりかも。そういう優介さんはどう?」

「同じく迷い中です。うどんとか美味しそうだったんですけど、カツ丼とかも良さそうで……あっさりいくかガッツリいくか……」

「あー、すごい分かる」



「あ、お好み焼き。私あんまり食べたことないんだよね」

「そうなんですか? でもたしかに。紫苑さんってお嬢様ーって感じで決められた食事しかダメーみたいな家庭環境のイメージが」

「もう、何言ってるのかな。ご存知の通り普通の家だよ。……ただあまりこういった外でしか食べないような食事は縁がなかったというか。――うん、そんな話をしてたらお好み焼きを食べてみたくなってきたかも」



「わぁドーナツがいっぱい」

「ひなたさんってこういうの好きですよね。……なんでこんな高カロリーなものばっかり食べてるのにあんなにほっそりとしてるんだろう。食べ方なんてデブのそれなのに」

「もうっ、それを本人の前では絶対に言っちゃダメだからね!」

「えー、でも気になりません?」

「……それはまぁ、たしかに。――えーなんでだろ。胸だって私より……うーん」



 ******



「って会話をしたたらこんな感じになりました」


 あちらこちらにとフラフラした結果、テーブルの上にはお好み焼きとたこ焼き、ドーナツにうどんと並べられていた。

 これはやっちまいましたな。はっはっは。


「いや好き勝手に買ってくる子供かっ! なんでこう統一性が無いっていうか……見事にコメントに困るじゃない。んもー、しおりんもっ!」

「あははっ、ごめんなさいー」


 ムキーと怒り散らすひなたさん。

 その様子に紫苑さんは冷や汗をかきながら苦笑いを浮かべる。


「まぁまぁそれくらいにして。さぁ食べましょうよ」

「なんで一番の戦犯がそんな涼しい顔で取り仕切ってんのよ。あーもうっ! ほら優介うどんを取り分けなさいな」

「はい、仰せのままに」


 だけど僕は分かっている。

 ひなたさんは最初からこうなることが分かってて僕に頼み事をしたのだろう。

 であればこそ、僕はひなたさんの要望に正確に答えたということになるのだ。


「――とか思ってるんじゃないでしょうね? あんた普通に失敗だから。責任持って残さず食べるのよ!」


 まったく、地の文を読まないでくれますかね。



 ******



「今日はありがとうございました」

「いえ、またぜひ遊びに行きましょう」

「それじゃあしおりんバイバーイ!」


 日も暮れ始めた頃、僕とひなたさんは紫苑さんを学生寮まで送り届ける。

 最初は遠慮していた紫苑さんだけど、思いの外多くなってしまった買い物袋を一人で持つのは大変だと説得し、渋々その旨を了承させた。

 なんというか、せっかくなので送り届けたいなと思っての行動である。

 帰るまでが遠足みたいな考え方? 違うかな?

 そんなどうでもいいことを考える僕は、笑顔で手を振る紫苑さんの姿に思わず笑みを浮かべてしまう。

 本当に可愛らしい人だ。

 

「どう? 可愛いよねしおりん」

「不覚にも同意です。ひなたさんと違って愛嬌の差でしょうか」

「もう! あんたはいちいちそういうことを言うんだから!」


 僕とひなたさんは帰路に着く。

 ひなたさんは行きの時にはなかった荷物を両手に、どこか満足げな表情で今日は楽しかった、次はいつ遊びにいくの、そんな話ばかりを口にする。

 この人はいつまでも変わることはない。


「あ、そうそう。そういえばさっきしおりんと話をしてたんだけどさ。優介、あんたまだ魔法をつかってないんだって?」


 前ぶりもなく振られた質問に対して、つい返答に困ってしまう。

 一体紫苑さんとどんな話をしてるんだか。


「ま、あんたがそれでいいってんなら別にいいけどさ。でも今月から一年生の面倒を見るんでしょ? そのあたり大丈夫なの?」


 面倒な話題になった。なのでどう茶化して返そうかと考えるも、ふと視線を向ければひなたさんの真面目な瞳が僕を見つめていることに気がつく。


「……ま、大丈夫です。別に魔法が使えないってわけじゃないですし、教えるだけなら支障はないですよ」

「そ、ならいいわ。でも下級生の面倒はしっかりみなさいよ! って言われなくてもあんたなら分かるか!」


 視線を外し、ひなたさんはいつも通り笑いながら大きく一歩を踏み出し前を歩く。

 いつもまでも子供みたいな人だけど、ずっとこの人は僕の前を歩いている。

 僕は無意識に右手を伸ばし、何を成すでもなくゆっくりと下へ下げる。


「ねぇ優介。学校はどう? 楽しい?」


 ひなたさんは歯を見せながらニヤリと笑う。


「えぇ、とっても楽しいですよ」


 僕もまた、ニヤリと笑みを浮かべる。

 そっか、それはよかった! そんな言葉を口にしながら、夕暮れに染まった道を楽しそうに歩く。

 そんなひなたさんの後ろ姿を眺めながら、僕はその背中を追いかける。

 早足で、駆け足で、歩く彼女の隣に並び立つ。


「あ、そうそう。今週うちでバーベキューを予定してまして――」


 いつかとは言わない。僕は必ずこの人に追いついて見せる。

 それこそが僕の唯一ただひとつの願いである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る