side M:story of a year ago ①
「それでは以上で打ち合わせを終了いたします。あらためまして、みなさん本日からよろしくお願いいたします」
取りまとめ役の先生が締めの挨拶を口にした後、その頭を丁寧に下げる。
返すように私たちも頭を下げた後、各々がそれぞれ自分のデスクにへと向かう。
名簿にノート、その他諸々。これから行われる初めての顔合わせに備え、事前に用意していた備品を手に取りながら私は自分の教室へと足を運ぶ準備を進める。
今日は魔法学園の門を初めて叩く新入生たちの記念すべき最初の登校日。
つい先程まで体育館で行われていた入学式も終わり、いよいよ生徒たちとの初対面。
どちらかといえば、緊張はそれほどしていない。
校風というか『魔法使い』の個性とでもいうべきか、おそらく一般的な学校に比べていわゆる不良と呼ばれる生徒が暴れたり、人間関係が拗れてトラブルが発生するといったなど問題をそれほど目にする機会はない。
そういった予期せぬトラブルに襲われない分、私たち魔法学園の教師はある程度優しい環境で仕事に従事しているのかもしれません。
******
今年も例年に漏れず、一学年各四クラスにそれぞれ二十五名の生徒が揃っています。
百名の新入生たちを四つのクラスに分けた結果の人数で、見たところ今年の男女比はやや女子が多いといった様子。私のクラスでは男子が十一名、女子が十四名。
この辺りは世代によって異なりますが、毎年だいたい女子の方が割合として多い傾向にあります。
ちなみにこの男女比率については一般的にも知られており、こういった話から世間では女性の方が魔法使いとしての才能を開花させやすいと認識されています。
ただ、そこには何か根拠となるデータが存在したり研究成果が上がっているわけではありません。
こういった部分も含めて、魔法にはまだまだ解明に至らない不明な点が数多く存在していることを私たちはしっかりと理解しなくてはいけません。
さて、そんなこんなで教室へとたどり着いた私は、次に生徒たちに自己紹介を促しました。
まずは彼らを知ることから始めなくては。
特に数名の生徒に関しては要注意人物として連絡を受けていますから。
「県外から来ました
「
まずは東間翔也。いくら校則で禁止していないからとはいえ、入学初日から派手な茶髪とはなかなかいい性格をしていますね。もしくは地毛でしょうか。あとは運動をしていたのかガタイは良いいですが、勉強面が気になるところです。
次に伊南潤。年の割に幼い外見で、雰囲気が人好かれしそうなタイプに見えます。こちらは身体の線が細く運動が得意そうには見えませんが、反面賢そうな気配を感じます。地頭が良い子なのでしょう。
「ワタシ、ノナマエハ、カルナ・メルティ、デス。ヨロシク、オネガイスル」
注意人物その一、カルナ・メルティ。小柄ながらも腰まで流れる綺麗なプラチナブロンドが特徴的の女子生徒。また海外留学生の一人であり少々訳ありの子。彼女の場合はまずどれだけクラスに馴染めるかが最初の問題になりそうですね。
「
注意人物その二、西園寺優介。眼鏡をかけた真面目そうな男子生徒。一つ上にいる姉は今年から次期生徒会長を務めると目されている有名人であり、他の教師たちからも注目されている生徒です。
あとは個人的に興味があるため要観察対象といったところでしょうか。
「
注意人物その三、佐倉朱音。名家の生まれで数々の魔法使いを輩出してきた一族の次期当主候補。
西園寺さんとはまた違う意味で教師たちから関心を集める生徒ですが、当の本人は全くイニも介さない様子で穏やかに微笑むのみ。
今のところは特に目立った特徴がない可愛らしい女子生徒といった印象です。
「
注意人物その四、姫島姫子。一見すると付き合いが悪いだけのただの普通の生徒に見えますが、こちらもやはり訳あり生徒の一人。
あるいは彼女と良好なコミュニケーションを取ろうとするだけでもかなりの時間を要するかもしれません。
「……
注意人物その5、松永音子。まるで寝起きのように目を擦りながら自己紹介をする小柄な女子生徒です。
こんな様子の彼女ですが、一方で入学前の検査では最上位クラスの魔力を秘めていることが確認されています。
果たしてどんな魔法が発現するのか、今の彼女の姿からは全く見当がつきませんが。
さて現時点で特に注目すべき生徒は以上の七名でしょうか。
他にも気になる生徒はちらほら散見されますが、まずはクラスをまとめる上で重要になる生徒たち。
誰も彼も個性が強そうな子ばかりですが、さてまずはそんな彼らをまとめ上げるリーダーを立てるところから始めましょう。
その役割ですが――そう、彼がいいでしょう。
******
目下気になっているのはカルナ・メルティさんでした。
多少日本語が話せますが、見知らぬ土地で言葉がうまく通じるかも分からない同級生たちに囲まれることはストレスに違いありません。
併せて本人もあまり社交的な性格ではない様子。
問題なくクラスに馴染むまでどのくらい掛かるものかが気がかりでした。
その旨をクラス代表に任命した
「おい優介! なんぞ駅前で美味しいケーキが食べられる喫茶店があると聞いた。ぜひ妾たちも馳せ参じようではないか!」
「うーん、別にいいんだけどさ。ていうかこんなに遊び回ってるけどお金とか大丈夫? ちなみに僕はマジでやばい」
「かっかっか! 心配せんでも良い! ――今日は妾の奢りじゃて。好きなだけ食べるが良い」
「マジですか。一生ついていきます」
なんかすっごい仲良くなってます。
え? というかメルティさん随分と日本語が流暢になりましたね。
あのカタコトの自己紹介からまだ二週間ほどですが、この短期間に一体何があったのでしょうか。
――それともう一人。
「ユー。一緒に帰る」
「ん? 松永さんか。悪けど今日はメルティと予定があるから」
「音子」
「え?」
「音子、って呼ぶ約束」
「あー、そういえばそんな話だったっけ。うん分かった。じゃあ音子、今日はメルティと約束が――」
「私も。メルティ、私も行く」
「なんぞ妾を呼び捨てかえ。まぁよかろう。ただしそちには奢るとは言っておらんからの! 自腹じゃぞ」
「大丈夫、私の分はユーが払う」
「音子さん。帰りの出口はあちらです」
なるほど。そこのつながりは想定外でした。
というかいつ彼は松永さんと接点を持たれたのですか。
席は離れているし、側から観察している分には接点などなかったはずなのですが、謎は深まります。
******
「さ、西園寺くん。昨日の『げぇむ』なんだけど……」
「あ、どうだった? 僕は結構あのゲーム好きなんだよね」
「う、うん! 面白かった! そ、それでね、よかったらまた一緒にどうかなって」
「本当? いやー一緒にハマってくれる人がいるのって嬉しいよね」
「う、うん。それでね、今日なんだけどこの後……」
えー。うっそー。
彼女、つい先日まで完全に孤立していた姫島さんですよね?
あの誰とも関わらない宣言をしていた姫島さんがなぜ西園寺くんとあんな親しげに?
うーん、謎。
******
「あら、西園寺くん。もしかしてもう小説をお読みになられたのですか?」
「あぁ佐倉さん。うん、意外とハマっちゃってさ。つい寝る間も惜しんで読み耽っちゃったから……ふわぁぁぁ……眠くって」
「ふふっ、そんな大きなお口を開けてはいけませんよ。でもそうですね……それであればまたおすすめの本をご紹介してもよろしいでしょうか。ぜひ西園寺くんにおすすめしたい小説がありまして」
「そうなの? うん、ぜひ。――じゃあ代わりに……は、なるかは分からないけど僕からは漫画でも布教しようかな」
「まぁ。私あまり漫画って読んだことがありませんの。ふふっ、西園寺くんとは趣味が合いそうですからとても楽しみです」
早い早い早い!
え、これが普通? この距離の詰め方で合ってます? そんな簡単に女の子たちと仲良くなれるものなんですか?
そんな想像の斜め上をいく光景に内心で冷や汗をかきながらも、よくよく教室を観察してみればあることに気が付きます。
なんかこう、女性陣が彼を意識しているかのようにチラチラと視線を送っているではありませんか。
なるほど。あまりの速度に理解が追いついていませんが、要するにこんなにも早く彼女たちは彼のことを
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魔法学園に入学する目的として、その理由は大きく二つに分かれます。
まず一つ目は、魔法使いとしての進路を目的としていること。
近年少しずつ広がりを見せている魔法社会に対して、一般社会の方々は酷く閉鎖的な印象を持たれています。
これには様々な見解がありますが、なんと言っても最大の理由はお互い相容れることはないと歩み寄ることを避けていることが挙げられます。
一般人からすれば得体が知れず理解出来ない事象を研究している不気味な集団であり、また魔法使いからすれば固定概念に囚われた排他的な人間の集まりだと、お互いがお互いを忌み嫌うような風習が存在します。
もちろんそれぞれに理解者がおり、実際に一般企業と魔法企業が手を結ぶ事例もありますがそれでもやはり互いに排他的かつ世界を分断している様は否めません。
さて元の話に戻るとして、なぜ今こんな話をしたのかといえば話は簡単です。
魔法社会は魔法学園の卒業生しか受け入れようとしません。それが答えです。
例えば、魔法社会にも魔法の使えない一般人はいます。
ですがそれは魔法学園が設立される前から関わりのある人物たちであり、その登竜門とも呼ぶべき制度が定められてからは、どこもかしこも魔法学園を卒業していることを採用条件として掲げるようになりました。
そのため魔法社会で生きていくためにはこの魔法学園に入学し、可能な限り優秀な成績を収めながら卒業することこそが子供達の魔法社会への最初の一歩となるわけです。
こちらの目的ですが、およそ七割程度の生徒が該当するのではないでしょうか。
まぁ当然と言えば当然の目的ですが。
ではもう一つの目的とは一体何か。
それはズバリ生涯の伴侶探しに他なりません。婚活です。
代々魔法使いを輩出するような一族では、自らの家系図に魔法使い以外を名前を迎え入れることはありません。
その最たる理由は、魔法使いの血を絶やさないことに尽きます。
理論的にも科学的にも未解明ではありますが、過去の状況からして魔法使いは魔法使いより生まれるものであるとされています。
元来全ての人間は魔力を有していると言われていますが、その魔力を扱える『魔法使い』に至ることができる人間はほんの一握りのみ。
そして『魔法使い』は、一般人同士の子供にはまず現れず、一般人と魔法使いの子供ではごく僅かに、そして魔法使い同士の子供には
……そう、確実にではないのです。
これもあくまで仮説の域を出ない話となりますが、『可能性』を上げるためのポイントの一つとして両親が優秀な魔法使いであることが挙げられています。
これに関しても特に根拠はなく迷信だとも言われてますが、はっきりと否定しきれないのもまた事実。
結局解明されていないのですから、もしかしたら本当にそうなのかもしれません。
であれば、『名家』がそのポイントを利用しない理由がありません。そのため子供達に学園に通う三年間で伴侶たり得る人物を見極め、モノにしろと言い含めるわけです。
若い時に出産した方が……なんて話も耳にしますし、まぁそういうことです。
そして、その候補として彼のこと――西園寺優介さんを認めつつあるのが現在の状況を表しているのでしょう。
これに関しては、例年当たり前のように見る光景ではありますが、それにしても時期が早い。
いつも通りであれば新入生たちの視線はまず二年生へと向かいます。
五月から始まるパートナー制度で交友を深めてから品定めが始まる。また一年生の魔法対抗戦が始まる九月になれば、そこでようやく同級生の魔法使いとしての力量を目の当たりにし、あらためて伴侶探しが始まるといったところ。
毎年大体こんな感じです。
それなのにこの時期? まだ何も始まっていないのに?
あるとすれば西園寺さんの潜在的な魔力に惹かれたか、あるいは彼個人に対する世間一般でいうところの『好意』を抱いただけという話。
ただ何にしても、非常に興味深く面白い。
『あの子、面白そうだね』
歳の離れた妹が入学式に彼と出会ったらしく、その様子を評していました。
あの子が面白いと言った言葉を、今なら素直に頷けます。
――あるいは、彼ならば諦めかけた私の願いを叶えてくれるやもしれません。
それは後に学園史に名を刻むことになる『魔法使い』とその花嫁たちの最初の物語となることをこの時の私はまだ知りません。
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