第4話:一年A組は学園に散る 〜終焉編〜

「……とりあえずぼくたちは行こうか。良太くん。それからえっと君は……たしか雪代紗耶さん、だよね」

「はい。そうです。でも私の名前……あのどこかでお会いしたことがありましたか?」


 面識のある相手だったかと疑問を抱く雪代さんに、東間先輩が横からフォローを入れる。

 

「あぁ気にしなくていいぞ。女子の名前とか覚えるのが得意なんだよ。――ちなみに雪代さんもこいつには気を付けた方がいいぞ」


 フォロー……うん。フォロー。

 

「翔也、その言い方は語弊があるって。それにいくらぼくでもさすがに妹の友人には――」

「いやいや分からないだろ。だいたいお前いま一体何人お付き合いしている――」


 何やら盛り上がりを見せる先輩方を他所に、俺と雪代さんは視線を合わせる。

 うん。どうやらここにいて時間を浪費するだけみたいだ。


「あ、じゃあ先輩たち。俺たちは先に行きますね。心、悪いんだけど美桜を頼むな」

「うん、わかった。じゃあ良太と雪代さんも頑張ってね」

「えぇ、また後ほど」


 未だ放心状態で口をぽかんと開けたまま天を仰ぎ見る美桜。

 そんな彼女を心に任せて俺たちは教室を後にした。


 

「なぁちなみにあれって……」

「うーん、まぁ彼女のことだから――」



 ******



 ■生存人数:二名

 

「……なぁ、一応確認だけどここで最後って認識で合ってるよな」

「えぇ、そうね。どこかに地下への入り口があるっていうなら話は別だけど」


 順々に教室を訪ね歩き、ついに最後の一つである家庭科室へと辿り着く。

 あれから一向に進展はなかったのだが、はたしてここに俺と雪代さんのパートナーがいるのだろうか。

 正直若干不安になってきている。


「入りましょうか」

「あぁ、そうだな。――失礼しまーす。……うん?」


 ガラガラと音を立てながら扉を開き、家庭科室に入室する。

 途端に広がる香ばしい匂いに一気に食欲が膨れ上がる。

 そういえばそろそろ昼食の時間なのだと要らぬ雑念を抱き始めるも、次に見た光景に思わず言葉を失ってしまった。


「……兄貴……なに、してんだよ」

「え、料理。紫苑さんそろそろ」

「うん。こっちもいいタイミングだよ」


 そこには頭に三角巾、さらにはお揃いのエプロンを装着した兄貴と女子生徒の姿があった。


「いやそろそろお腹空いてるんじゃないかと思ってさ。えっとそこの君の分も作ってるからよかったら食べて行ってよ」

「あ、はい。ありがとうございます。……えっと、それは――」

「チャーハン。具材は有り合わせだけどね」

「付け合わせでスープも作ってるよ。美味しく食べてね」


 ……いやマジで何してんのこの二人。

 

 

 ******


 

「ごちそうさまでした」

「うん。お粗末さまでした」


 なんかよく分からないまま、流されるようにテーブルに案内されそのまま食事を頂いてしまった。

 味? 大層美味しゅうございました。


「どうだった? そこそこ自信はあったんだけど」

「はい。とても美味しかったです。西園寺先輩ってお料理が得意なんですね」


 そうなんだよな。

 家で家事をする兄貴の料理が上手いことは知ってたからチャーハンが美味いのは知ってたけど、この野菜の入ったスープも透明感のある見た目に反して濃厚な味が口の中に広がってくるのがすごい印象的で美味かった。


「俺としては、先輩のスープもめっちゃ美味しかったです。ありがとうございました」

「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいな」


 言葉通り嬉しそうにニコリと笑う先輩の姿に思わず胸が高鳴るのを自覚する。

 なんというか……この先輩、ものすごい美人なのにふわふわした優しげな雰囲気を漂わせるものだから、情けないことにあまり直視することすら気後れしてしまうほどだ。

 自分では年上の方が好みだという自覚はあるし、この学園の女子はほぼ例外なく美形揃いだが、さすがにこのレベルにはお目にかかったことがない。まさに反則級だ。

 ふわふわとしてキャラメルブロンドの長い髪が目を惹きながら、人形のように可愛らしい顔がまたその魅力を引き立たせている。

 とりあえず一言。この先輩マジでやばい。

 

「――じゃなかったわ! 兄貴、俺たちまだパートナー見つけてないんだよぉ!」


 っと、そんなことは今はどうだっていい。

 やべぇ……すっかり兄貴たちのペースに流されて当初の目的を忘れてた。

 そんな気持ちでつい叫びながら勢いよく立ち上がれば、一方で兄貴はきょとんとした顔で俺を見る。


「あ、うん。そうだね」


 その気の抜けた返事に思わず眉を顰めるも、雪代さんへと目線を向けると彼女も同様の考えに至っていたのかこちらの意見に同調するように頷く。


「西園寺先輩。それから星宮先輩。お二方はいま指輪をされていないかと思いますがパートナーの確認をさせて頂けますでしょうか」


 場の雰囲気をまとめようと雪代さんが話を切り出す。

 たしかに兄貴たちは指輪を嵌めていないためこれでは確認のしようがない。


「うんそうだね。まぁただ、その――」


 しかし一方で兄貴はバツが悪そうな表情でどこか視線へとを逸らす。

 ついでに言えばなぜか星宮先輩も苦笑いを浮かべている。

 ……え、なに? なんか嫌な予感がするんだが。


「とりあえず指輪は用意してっと。――あのごめん、隣の人なんだけど。この人三年生なんだよね」

「……え、マジ?」

「うん。とりあえず謝っておくね。ほんとごめん」


 え、だって今日は三年生はいないんじゃなかったっけか。

 てか星宮先輩が二年生じゃないってことは――。


「……あっ」


 そのつぶやきは雪代さんの口からこぼれ落ちた。

 次の瞬間、彼女の指輪が淡い光を帯び始める。


「あらためて君の名前を聞いてもいいかな」


 兄貴の声かけに、少し反応が遅れるも雪代さんが返事を返す。


「……はい。私の名前は雪代紗耶。雪代紗耶と申します」

「……雪代……紗耶、さん」


 一瞬、兄貴と星宮先輩と視線を交わす。

 ん? どんな反応だ?


「どうかしましたか?」


 雪代さんもその様子が気になってか声をかける。

 

「いや、なんでもないよ。西園寺優介です。これからよろしくね」


 対し、特に何もないと言った様子で兄貴は雪代さんに向けて右手を差し出す。

 その意図を感じ取り、雪代さんもまた右手を伸ばし握手を交わす。

 ここにまた、興味深いパートナーが誕生した。


 ――で、俺は?


 

 ******


 

 いよいよマズイ。それを強く感じた俺はこの際なりふり構っていられないと兄貴に助言を求めうことにする。

 

「兄貴。ちょっと相談したいんだが――」


 俺は今の状況を兄貴に伝える。

 姫島先輩のアドバイスを受けたこと、クラスメイトたちと片っ端から教室を回った事、そして今いる家庭科室が最後の希望だったこと。

 行き詰まってしまった以上この際兄貴に縋るほかない。

 悔しくはあるがゲームクリアを優先すべきだと感情を抑えることにする。


「うーん。……そうだな。じゃあ僕からもヒントを出すよ」


 そう口にすると兄貴は顎に手を当て少し悩む素振りを見せた後、俺の方へと近づき右手を伸ばす。


 ――トン

 

「……何でいま俺はおでこを突っつかれたんだ?」

「え、これが僕から送ることができるヒントだからだよ」


 んー。え、分からんて。どゆこと?

 今って場所についてのヒントをくれるものじゃないの?


「良太がこのゲームをクリアするために必要なのは落ち着きと集中力、だよ」

「落ち着きと、集中力?」

「そう。実は良太が冷静になることができればもうクリアしててもおかしくはない……って言うと話し過ぎかな?」

 

 ……俺が冷静になればクリアできる。

 ふと隣を見れば雪代さんが兄貴の言葉の真意を考えているのか眉を顰めている。

 ここまで雪代さんは明らかに俺よりも発想力に優れていた。その彼女がすぐに思い至らないにも関わらず、しかし兄貴は俺ならばもうすぐにクリアできると言い切っている。

 それはつまり持ち得る情報からクリア条件を見出すことが重要なのではなく――あるいは、そもそもの前提条件を疑うべきなのだろうか。

 もしそうであれば、それはおそらく姫島先輩からのアドバイスについて。

 

「あの時姫島先輩はなんて言ってたっっけか――」


 たしか姫島先輩はあの時、最後にこう言っていた。

 

『あらゆる事象を観察し、疑い、駆け引きをすることで情報を得る必要があり、勝ちたければその術を身につけなくちゃいけない』


 ……あらゆる事象を観察し、疑い、駆け引きをする。

 果たしてその言葉はに向けた言葉だったのだろうか。そこまで思考を巡らせた末、俺はある一つの可能性に思い至る。

 もしそれが正しければ、俺たちは一つ大きな勘違いをしていたことになる。

  

「なぁ兄貴、もしかして俺の知らないルールがもう一つあったりしないか?」



 ******



 家庭科室を後にして、俺は一人廊下を歩いていた。

 窓から校庭を眺めれば、すでにそこには誰一人として姿はなく、それはもうすぐゲームが終了することを暗に告げる。

 いま現状で残っているのは俺の他に何人くらいいるのだろうか。あるいは今なおパートナーを探し続けているのは俺だけなのかもしれない。


「まったく、いい勉強になった一日だよ」


 今日一日で魔法学園のあり方というか、そこ意地の悪い洗礼をバッチリ浴びせられた気分だ。

 学園側、それに先輩。それらに無条件の信頼を寄せることなど破滅に等しく、大切なのは自分たちの力を成長させ、駆使することで道を切り開く意思が重要なのだと俺は学びを得た。

 幸か不幸か最初のゲームでそれを感じることが出来たのは非常に大きい。今後の強い糧となるに違いない。

 そして、その終着点として俺のゲームクリアが関わってくるわけで。


「……そうですよね。先輩」


 どう言葉を口にしながら俺は窓ガラスに映った人影を見る。

 気配こそ全く感じなかったが、そこにはたしかに一人の女子生徒の姿があった。


「ふふっ、よく見つけましたね。クリアおめでとうございます」


 声のする方へと振り向くと、は女子生徒が目視出来ることを確認する。

 彼女は指輪を嵌めると数秒後に淡い光を放ち始める。もちろん俺の指輪からも同様の事象が発生する。

 これでようやくゲームクリアだ。


「参考程度にいつ頃に気が付いたのかをお聞かせ頂けますでしょうか」

 

 彼女は人差し指を口元に当てながら首を傾げる。

 どこまで分かっていてどこが分かっていないのか、その判断は俺には付けられなかった。

 

「いや本当についさっきまで気が付きませんでした。悔しいですがヒントは兄貴からもらってます」


 一つは前提のルールについて。

 まず状況を整理してみた時に、俺は姫島先輩は嘘を吐いてはいないが、一方で真実を全て明らかにしたわけでもないのではないかと考えることにした。

 例えば、その隠された真実にこんなルールが含まれているとする。

 

『一般生徒とは異なる特別なルールを有する生徒がいる』


 思い返せばヒントはあったのだ。

 最初に和尚とパートナーになった先輩はどこからか箒で飛んできていたが、記憶が正しければ先輩は最初から校庭にはいなかった気がする。

 また、あの時向こうから俺たちに近づきパートナーを見つけようとした時点で『エリア制限』のルールが適用されていないことが分かる。

 ではエリア制限のルール自体が存在しないのではないかと言われればそれは違う。

 雪代さんが姫島先輩に説明した内容には筋が通っており十分な説得力もあった。それであれば、疑うべきは例外的なルールが存在する可能性についてだ。


 そしてもう一つ。

 なぜ兄貴たちはあのタイミングで料理をしていたのか。

 冷静に考えて、あの用意周到さはなんらかの手段で俺たちが到着することが分かっていなければ説明がつかない。

 それはつまり兄貴は事前に二つの情報を入手可能な状況であった言えるだろう。

 俺たち――正確には雪代紗耶の居場所、そして自分のパートナーが誰であるか。もし兄貴たちはこれらの情報を知っていたのであれば、この疑問を解消することが出来る。

 そして一つの可能性に思い至ることさえ難しくはない。

 俺のパートナーは自分の考えでわざと俺に接触しないように立ち回っている、とかね。


「なるほど。よく考えられてますね。ですがそれだけでは私を見つける理由に足り得ません」


 推理は面白いとばかりに笑みを浮かべながら、しかし先輩は話を先へと促す。

 俺は頷き、話を続ける。

 

「分かってます。ですが残りはそれほど説明する必要もないかと思います。――要は先輩は俺のことを試してたんじゃないですかね」


 意地悪な考え方を持っているのであればゲームをクリアさせないために接触を避けるようにしていたのだろうが、ではもしそうではないと考えた場合にどのような理由が考えられるのか。

 それを考えた時、一番大きな理由としてパートナーの能力を試しているのだと想定してみればしっくりきた。


『実は良太が冷静になることができればもうクリアしててもおかしくはない……って言うと話し過ぎかな?』


 兄貴のあの言葉から察するに、パートナーは最初から俺のすぐそばにいたのではなかろうか。

 指に嵌めていなければ指輪が反応しない。それをを逆手に取ってずっとすぐ近くから俺を観察しているのだと考えれば攻略法も見えてくる。

 それこそ気配が感じられず視界に入らないように立ち回っているのであれば、その姿を映す存在に力を借りればいい。


「それで私をガラス越しに確認したというわけですね」

「そういうことです」

 

 その言葉を聞き届けると、先輩はニコリと笑って頷いてみせる。

 ようやく終わったのだとほっと一息つくと同時にゲーム終了のチャイムが鳴り始める。


「安心してください。ギリギリですがセーフですよ。そのように説明を受けておりますから」

「あー、良かったっす」


 さすがに冷や汗をかいた。

 ここまで推測を立ててはみたものの、抜け穴があったら詰んでいたとそう思わずにはいられなかった。


「ガラス越しに私を見つけるというアイデアは良かったですね。欲を言えば直接見つけてもらえればない良かったのですが」


 それはやろうとしてが、一向に見当たらなかったのだから仕方がない。

 さりげなく振り向いても誰もいないし、むしろどんな手段で姿が見えないのか知りたいくらいだ。

 だがそんな言い訳を口にするよるよりも前に、先輩が先に口を開く。


「ところで一緒に昼食でもいかがですか?」


 報告は後でも大丈夫でなんですよ。

 そんな言葉を口にしながら先輩は可愛らしくお腹を抑えて微笑する。

 

「……俺さっきチャーハン食ったばっかりなんですけど」


 散々振り回された意趣返しを口にしてみると、先輩は知ってますよと答えを返す。


「あー、私もあのチャーハン食べたかったんですよ。今だってそのせいでお腹が空いてるんですから」


 だんだんと子供っぽい態度になるのはなぜなのか。

 ともあれ、これ以上意地の悪さは持ち合わせてはいない。


「じゃあ先輩。食堂でも行きますか? あ、俺先輩の名前――」


 そういえば、俺はまだ先輩の名前を聞いていなかった。

 

「そうですね。私の名前は――佐倉朱音です」


 その出会いを、俺は生涯忘れることはない。

 ……いやマジで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る