after SS:絢は彼が気になる
いつからだろう。気が付けば、彼を目で追ってしまう。
ふとした瞬間に彼の横顔をつい眺めてしまう自分に気が付く。
その声が耳に届くたびに、なぜか彼のことを考えてしまう。
先に言っておくがこれは恋ではない……と思う。多分、きっと。
ただ一つ、私にも自信を持って口に出来る事実がある。
それは認めたくないような、でも認めるしかないようなそんな気持ち。
私は、彼のことをよく知りたい。
******
その男子生徒がどんな人であるかと問われても、私はそれに答えるだけの情報を持ち合わせていない。
たしかに聞き齧って得た知識は多少なりとも存在する。
姉は一つ上の有名な生徒会長。屈指の魔法使いとして教師たちほか魔法業界における公明な方々からも一目置かれている傑物だけど、肝心の彼自身は魔法を扱うのが少し苦手で、魔法使いとしての評価はそこそこにとどまっている。
だが一方で『魔法対抗戦』における彼の注目度は非常に高い。
魔法使いとしては未熟ながらもその高い知力と常人離れした身体能力はどんな試験あっても必ずその名前を戦場に轟かせる。
各クラスの戦略家から見た危険度は【狂犬】、【嘘言】と並んで最上位クラスに位置付けられている。
あとはやたらモテることも特徴にあげられるだろう。
なぜかって? それは魔法使いにとって、それはとても重要なことだからである。
私は両親から優秀な遺伝子を取り込み優れた魔法使いを家系から輩出するために、学在中に見合った伴侶を見つけるようにと話を受けている。
昨今魔法使いの数は減少傾向にあるが、魔法使い同士が子を成した場合、およそ必ずと言っていいほど、その子は魔法使いとなるそうだ。
魔法使いは優れた存在だなどと、物語の悪役見たいな考えを持ち合わせてはいないと思うけど、両親としてはどうしても私の子供には魔法使いになって欲しいらしい。
私としては、そうなのかという程度の感想しか持ち合わせていないわけだが。
少し逸れた話を彼に戻すと、彼はその遺伝子を残すために必要な優れた伴侶を探す手段を十分に得ていることになる。
人気の男子生徒といえば、同じクラスの少し幼なげな容姿かつ紛れもないイケメンである伊南潤も負けてない。
気配りや物事の配慮など紳士な態度は彼以上に上級生からも高い人気を誇っていると聞く。
ちなみに彼と伊南くんのツーショット写真はかなりの高額で取引されているとか。
かくいう私も――いや何でもない。
さて、そんな彼の周りだが実際に素敵な女性が多く集まっている。
スメラギ・アリスに松永音子、佐倉朱音にカルナ・メルティ。
その他にも可能性がありそうなのが山田麗華や神崎都子――そして
あと近くにいる女子生徒で言うと……姫島姫子はよく分からない。
彼女の真意を探ることは、きっと私には難しいと思う。
またさらに言えば来月からは新入生との交友が始まる。
私が一年生の頃もそうだったが、男女ともに年上を好む傾向があるように見受けられる。
おそらく先述のように優れた遺伝子を求めるが故の本能みたいなところがあるのかもしれないが、それで言えば彼は下級生から見た格好の相手だと言えるだろう。
四月の魔法対抗戦では彼が目立つことはなかったた、めまだ一年生に知名度は広まっていないがそれも時間の問題である。
束の間の平穏を経て、彼は注目の的となるのだろう。
そんな彼――
******
つい先月に開催された第一学年最終魔法対抗戦の終盤において、私は彼と対峙した。
学校の渡り廊下という狭くまっすぐな一直線で、一切の障害物もなく彼は向こう側から一直線に突っ込んできた。
魔法を当てる自信はあった。
私は魔法の扱いが得意で、また自慢ではないがそれまでの魔法対抗戦ではそれなりに優秀な戦果を魔法を以て収めてきた。
いくらあの西園寺優介であろうともこの条件では負けるわけがない。そう高を括って私は彼に挑み――そして負けた。
いくら彼が強いとはいえ、こちらは魔法使いが五人だ。
対策も考えたし魔力も十分残っていた。
なのに負けた。
一発目、彼は迫った魔法弾を触れた手で逸らすことで直撃を防ぐ。
魔法弾って手で触って方向を変えられるんだ……。
二発目、私が放った魔法弾をその身で受けながら突っ切る選択肢を選ぶ。
なんて直撃してるのに倒れないの……?
三発目、松永さんを文字通りに振り回して魔法弾を叩き落とす。
どういうこと……?
何一つ理解が及ばなかった。
普通避けるでしょ、逃げるでしょ。
どういう発想ができれば五人を相手に突っ込んでこようなどと思えるの?
どうして、それで上手く切り抜けることができるの?
分からない。私には彼の考えが全くもって理解できない。
******
『まさかこんなに早く優介くんと競い合うことが出来るなんて思ってもいませんでした』
あの日、私は生まれて初めて得体の知れないものへの恐怖というものを感じたのかも知れない。
魔法対抗戦の説明を受けて生徒会室を出た後、西園寺くんと佐倉さんの会話を見てから私はしばらく震えを隠すことに必死になっていた。
『そうだね。とても楽しみだよ』
『えぇ、――本当に楽しみです』
どちらも魔法なんて使ってない。分かってる。
今すぐ命のやり取りが始まるわけではないし、仮に殴り合いが始めったところで魔力が私たちを守ってくれる。そんなことは分かってるのだ。
だったらこの身に襲いかかる異様な感覚は何だというのか。
私は一体何に怯えているというのか。
俯きながら今にも口から涎を垂らしそうな表情で嗤っている彼女の不気味さか。
もしくはそんな
あの山崎くんでさえ一歩も動けない異様な空気の中、彼はたしかに自らの意思でその場に立ち続けていた。
******
魔法対抗戦の終盤、山田さんが渡り廊下を抜き出た。
脅威であった山崎くんもスメラギさんの一撃に敗北し、もはやこちらの価値が揺るぎないものとなる。
であれば、私にはやるべきことがある。
あの日竦んで動けなかった足を、今度は止めることなく走り出す。
きっと、そこに私の求める答えがある。そんな気がするからだ。
試合終了まで残り五秒。
私は彼の戦場へと駆け込んだ。
******
私は彼のことをよく知りたい。
未知への探究心か、あるいは彼に抱く不思議な感情ゆえか。
もし仮に彼という存在が私の中で大きく膨れ上がった時、私は彼女たちとやり合うだけの覚悟を抱けるのか。
藤堂絢は彼が気になって仕方がない。
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