after SS:その後の物語〜4月の章〜
休日の学園は静かでいい。
うるせぇ雑音にイラつくことがないし、何より雑魚どもに時間を奪われる心配がない。
俺――山崎和也は学園のトレーニングルームを占有できるこの時間を待ち望んでいた。
「ふぅっ……ふぅっ……」
この学園は届出さえ出せば、休日でも設備を利用することが出来るといった制度がある。
いつもは雑魚どもが大したやる気もなく、ダラダラと無駄な時間を消費するだけのこの空間を好きに使うことが出来る。それはなんと俺好みな制度だろうか。
ただし残念だがそれは誰でも利用が可能というわけではない。
申請者はある特権を持っていることが必須条件であり、ムカつくことに俺はその権利を持ち合わせちゃいない。
だからこの場所に来るときはいつもある人の力を借りている。
「ふぅ、調子はいかがですか? 山崎くん」
「悪くないです。先月よりも数字は伸びてるんで」
佐倉朱音。
俺が所属する体育学科クラスの代表を務める女子生徒。
いつもは胸元に垂らしている二つのおさげが特徴的だが、代表はトレーニング中では後頭部にポニーテールのような髪型にまとめている。
俺の付き添いという名目で足を運んでいる、とは本人の談だがその実しっかりと代表自身もトレーニングに努めている。
まだ鍛える余地があるのかと疑わしくなる実力者だが、こういったストイックなところにこそ、その強さの源があるのかもしれない。
それでこそ俺が認める『強者』の一人だ。
「そうそう山崎くん。どうでしょう。次は勝てそうですか?」
突然振られたその話題に、俺は持ち上げようとしたダンベルを静かに下げる。
「いえ、別に怒っているわけではありませんよ。ただ念の為聞いておかなければいけないと思いまして。あの方――山田麗華さん。随分とお強くなられましたね」
タオルで汗を拭い、一息にボトルから水を補給する。
体内から空気を思い切り吐き出し、あの時のことを思い返す。
『やってくれるじゃねぇかよ、山田麗華ぁ! テメェそんな魔法使ったことあったか?』
『あら、私がいつあなたに全てを曝け出しまして? レディはいつだって自分磨きを怠らないものですのよ』
あの瞬間、ただの雑魚が紛れもない強者へと至った。
油断していなかったといえば嘘になる。驕りもあった。
ほんの二ヶ月前、魔法対抗戦で山田麗華と対峙した時に、俺はやつを敵として認識することはなかった。
どこにでもいる雑魚と同じで、何人いようが障害になりようもない正真正銘の弱者。
それが俺が山田麗華という女子生徒に抱いていた印象だった。
だが――俺はそんなやつに敗北を喫した。
「……代表、俺はもう負けねぇですよ」
それは認める。結果が全てだ。言い訳なんて必要ねぇ。
だからこそ次に求められるのは現在より先の未来の話だ。
二ヶ月の期間で大きく実力を伸ばした奴がいるんなら、俺だってそれくらい出来るってことだろ。
身体も魔力も一から鍛え直す。
このまま負けっぱなしなんざ俺のプライドが許さねぇ。
「いいお返事です。山崎くん。私はあなたのそういうストイックなところを好ましく思いますよ」
代表は笑みを浮かべたまま次のトレーニングマシンへと足を運ぶ。
俺も呼吸を整えながら立ち上がる。今日はまだまだ気力が尽きる気配はない。
******
「あー! もうどうなってますの!? んなんであなたに勝てませんのぉぉぉ!!」
「えーっと、実力の差?」
「むきぃぃぃ!!」
今日は午後から生徒に人気の魔法学の実技授業。
しかも課題なしの個人レッスンといえばそれっぽく見せながらサボり放題の素敵な時間なのだが、僕はどうにも厄介な人に目をつけられてしまった。
『おーほっほっほ! さぁ勝負ですわ西園寺優介!』
いつもの高笑いと共に現れたブロンドヘアの君は、それはもう楽しそうに距離を詰めてきた。
そのまま人目が付かない空き教室に強制連行される。これがつい十分前。
「で、いい加減体を起こしたらどう?」
「……いえ、魔力切れで……か、身体に力が……」
で、これが現在。
地面に突っ伏したままお尻だけ器用に上がっているどこかの漫画で見たような見事な無様っぷり。
惜しむらくはこの姿を写真に収める道具を手元に用意できないことである。
テンションの上がりきった彼女にこの姿を見せた時の表情が非常に気になる。が、一方でこのまま放置していくのもさすがに寝起きが悪いかと考える。
「もう、仕方ないな。これは貸しだからね」
どうして僕がこんなことを。
そんな呟きと共に彼女の元へと近づき、あたりに人目がないことを確認だけすると地面に力無く垂れている彼女の左手を握る。
「……っ……んっ」
「ちょっとくすぐったいかもだけど我慢してね」
銀の指輪に意識を集中し、僕の魔力を彼女の左手へと流し込む。
少しずつ馴染ませるように。彼女が立ち上がるだけの力を与えるイメージを持ちながら作業を進める。
「……んんっ……! も、もう大丈夫ですわ」
言葉に力がのる。
遠慮ではないと感じ取り、僕は麗華さんの手を離すと彼女は自力で立ち上がる。
ややひ弱な印象は拭えないが、別に今から戦いを挑むわけでもなし。問題はないだろう。
「た、助かりましたわ。それにしてもあなた本当に器用ですのね」
「多少ね。それよりも頼むからそんな魔力切れを起こすほどの力なんて滅多に使うもんじゃないよ」
普通は自分の魔力を空にするほどの魔法を行使するなんて機会はほとんどないだろう。
ただの授業でそれほどの魔力を消耗する機会がなければ、大半は銀の指輪にかけられたリミッター機能がかかって魔力供給を強制シャットアウトする。
それこそ、制限がかかる前に放出し切るだけの圧倒的魔力消耗を欲する魔法の行使でもなければだ。
「まだ上手くコントロールできていませんの。あの魔法対抗戦の時は上手く出来すぎてましたわね」
後から映像を見たけど、あの動きは凄かった。
かの山崎くんを圧倒する速度は並の魔法使いじゃ実現できない。
「こういうとなんか偉そうだけどさ。麗華さん本当に変わったよね。月並みだけどさ、強くなったよね。心も身体も」
僕は素直な気持ちを伝える。
昨年の傲慢で独りよがりな彼女の姿は片鱗も感じられない。
「ふん、そんなのあなたに言われるまでもありませんわ」
あー、こういうところは変わらない。
「さて、じゃあ僕はこれで」
彼女も調子を取り戻したようだし僕はお暇しようと立ちあがろうとして……しかし麗華さんに腕を掴まれる。
「あら、まさかこんな場所にレディを一人で放置しませんわよね?」
こんな場所って麗華さんが勝手に連れてきた場所では。
「あー、疲れましたわ。動ける気がしませんの」
「はぁ、でどうしろっていうのさ」
「そうですわね。――ねぇ、たまにはあなたの話を聞かせてくださいな。いつも私の話ばかりでしょ」
「え、嫌だけど」
その後、授業終わりのチャイムが鳴るまで僕は彼女に拘束される羽目に。
あー、だるい。
******
「なぁおい、どうなってんだよっ!」
「えーもう何回も説明したじゃんか。あれは作戦だってさー」
放課後、適当なファミレスに赴いたボクは最近ずっと聞かされてる東間の愚痴に付き合わされていた。
頼むー、早くきてくれ優介。
「まぁまぁ翔也。もう終わったことだし水に流そうよ」
「そうは言うけどよ潤。俺らほとんどの奴らは騙されてたんだぜ」
文句の内容は、旬な話題である魔法対抗戦について。
簡単に説明すると、事前に説明した作戦とは別の作戦を大半のクラスメイトに伏せていたことに腹を立てているそうだ。
「そもそも最初は体育学科クラスの全滅を狙うって話だったろ? それをお前、『子』の狙い撃ちなんて聞いてねぇっつの」
「だからー、何度も説明したろ? あれが一番
あーもう、何回説明しても分りゃしない。
ったく、別に勝てたんだからいいじゃんかよ。
「で、この作成は誰が知ってたんだよ」
「伊南とスメラギ、山田、あと優介」
「その四人だけか? 他に知ってたやつはいないのか」
「そうだよ」
実際うちのクラスで作戦を伝えていたのはその四人だ。
この作戦のキモはいかに相手を油断させるかということ。
こっちは徹底抗戦の構えでお前らをぶっ潰すぞ! っていう気合を見せることで相手の思考を誘導しなければ成り立たない。
だからこそ
「あーったくよ。まぁこんだけ言ってもあれだ。俺はいいよ別に、去年からの付き合いだ。お前のやり方なんざ理解してるよ。でもな、納得できないやつもいるんだって事は理解しとけよな。去年もいただろそういうやつ」
「わーったって。頭に入れとくよ」
あーめっちゃどうでもいい。
そういうのは全部優介に放り投げてくれー!
「……なぁ潤。こいつぜってぇ分かってないよな」
「僕としてはそれでこそヒメって感じだけどね」
あー、優介早く来ないかなー?
******
――えぇそうですか。ふふっ、相変わらずですね。あなたは
――私ですか? えぇそうですね、満足しました
――ただ私としては……そうですか、やはりあなたも
――二、いえあとひと月時間があれば余裕もありましたが
――はい、時間との勝負になるのかと考えます
――えぇもちろんです。ですがあなたは大丈夫なのですか
――ふふっ信頼はしてますが、なんたってあなたは嘘つきですから
――えぇ、私は私でやらせていただきます
――せっかくの学園生活、楽しまなくては損ですから
――そうですね。私もあなたも。ふふっ
――あなたの計画、期待してますよ
――それではお休みなさい。【嘘言】さん
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