エイプリール記念 SS:姫子は彼とゲームをしたい

「ふわぁぁぁ……あれ、今何時だろ?」


 ボク――姫島ひめしま姫子ひめこは欠伸をしながら暗い部屋でぼーっと宙を見つめる。

 数秒、無心のままに頭をリセットした後でスマートフォンを手を伸ばそうと動き、しかし周囲にはそれらしきものが見当たらないことに気が付く。

 うん? というか、そもそもここは寝室ではなくリビングじゃないか。


「……あー、そういうこと」

 

 寝ぼけ眼で辺りを見渡し、どうやら知らないうちに寝落ちしてしまったのだと思い至る。

 たしか完徹で積んでいるゲームをクリアしてやろうと意気込み、わざわざエナジードリンクや食料を買い込んでから夜中ぶっ通しでゲームに臨んでいたところまでは覚えいている。

 だが結局睡眠欲には勝てず倒れてしまったのだろう。ご丁寧に液晶モニタには『Game Over』なんて文字が表示されている。

 寝起き朝一で無機物如きに煽られるとはこれいかに。


「まぁいいや……それで、ボクのスマートフォンはっと」


 リビングを見渡しも、ぱっと見はない。

 テーブルの上、ない。ソファー、ない。ゴミ箱、ない。それなら寝室か? あぁでもその前についでにトイレも見とくか。

 そんな呑気なことを考えつつ、頭を掻きながら床に散らかったものを踏まないようにと立ち上がる。

 それから部屋着にしてるジャージに出来たシワを意味もなく触りつつ、足を進めようとした矢先。


 ――ピンポーン

 幸か不幸か、来客のチャイムが耳に届く。


「ちっ、誰だよこんな時間から」


 正確な時間は分からないが、ボクとしてはまだ十分に寝起きの状態だ。

 そんな早くからなんてどんな無礼なやつなんだと、来客の顔を拝むべくインターフォンのモニターを確認する。


『もしもーし、ヒメさーん』


 すると、そこには先日まで同じクラスだった男子生徒の私服姿が見えるではないか。

 ……やっべ、マジで今何時だよ。



 ******



「なーごめんって。機嫌直してくれよ、ボクと優介の仲だろ? な?」

「いや別に怒ってないけど。……うわぁ相変わらず汚いなぁ」


 西園寺さいおんじ優介ゆうすけ――入学以来最も絡みのあった男子で、色々あったが良き友人でもある。

 そんな優介とはたまにボクの部屋で一緒にゲームをする間柄であり、不本意ながら外に遊びにいく時もある。

 一言で表すなら「仲間」と言ったところだろうか。

 ともあれ、とりあえずはそんな彼を部屋に招き入れ、リビングのテーブルへと案内する。

 床に散見されるお菓子や漫画、ゲームなどを足で避けてスペースを作り、そこにクッションを用意。

 さて、これでまずはオーケーだろ。


「あ、そこら辺の適当に食べていいから。ん、コップ? 直接飲めばいいじゃん。……あぁ、はいはい。持ってくるからちょっと待ってて」


 仕方ないので少し離れた台所へと向かい戸棚を眺める。

 たまに家に来るので優介用のコップを用意しているのだが……あれ、見当たらない。


「んー、あれ。なんでないんだっけ」


 顎に手を当て、ふと台所を見ると水につけた食器の山が目に映る。

 うーん、もしかして。

 

「もしかしてその中にあるの?」

「うっわ! びっくりしたー」


 突然背後から声をかけられる。

 振り向くと優介が呆れた表情でボクと台所を交互に見ている。


「全然記憶にないんだけど。まぁ、洗い物の中かなーって」

「うわぁ、これいつから?」

「三日前は洗った記憶がある」

「……え、まじ?」

「マジ」


 その言葉を聞いて優介は露骨にため息を吐く。

 

「はぁ、仕方ない。とりあえず片付けようか」

「うん? え、マジ? 手伝ってくれるの」

「台所もだけどあの部屋もね。ヒメだって汚いのより綺麗な方がいいでしょ」

「それはそうなんだけどさ。なんていうか面倒くさ……い、いややります! やりますって!」


 なんとか逃れようとするも、優介の温度が下がり始めたため泣く泣く肩を落とす。


「というかよくもここまで汚く出来るね。いっそ感心してるよ」

「そんな文句ばっかり言わないでくれよクソ眼鏡。あ、違ったクソ鬼畜眼鏡」

「誰が鬼畜眼鏡じゃい。っていうかちょうどよかったじゃん、今ジャージ着てて」

「は? これは部屋着なんですけど?」


 もうやるしかない。

 腰に手を当てて背筋を伸ばし、身体に力を入れながら部屋を見渡す。


「あーまさか掃除かー。ボクがそんな無為なことに時間を割くなんて」

「もう掃除を無為だと思ってる時点で終わってるんだけど。って御託はいいからさっさと始めようよ」

「はーい。あ、でもその前にちょいっと失礼を」


 そういえばトイレに行ってなかったことを思い出しその場を離れる。

 今日は寝起きからドタバタ続きなので、せっかくだし少しリラックスする時間でも取ろうかなどと考えつつ、ふととあることに気が付く。

 

「……そういえば、冬休みに入って初めて人と会った気がするな」


 そんな一言を、つい意識せず口に出していた。

 


 ******


 

「うわぁぁぁ! 目がぁぁぁぁ! 眩しいぃぃぃぃぃ!」

「部屋のカーテンぐらい開けなよ。人間は1日に一度は日光を浴びたほうがいいんだって」

 

 まるでゲームのワンシーンのように呻き声をあげるボクに対し、優介は一切の配慮なくサクサクと掃除を進める。

 

「ってか本当に優介は家事とか得意なのな。もう金払ってもいいから毎週掃除しに来てこないか?」

「いや自分で掃除する習慣を身につけるべきでは?」


 すでに台所は空、かつシンクの掃除まで進めてくれている。

 ダスター? とかいう洗剤で磨かれた台所のシンクは輝きを取り戻すほどにピカピカで、不覚にも見惚れてしまう自分がいる。

 

「掃除っていうのはたまにやろうとすると面倒になるものなんだ。毎日習慣づけて掃除するようにすると、逆に掃除しないほうが嫌だって気持ちになってくるんだよ」

「あー、トレーニングみたいなもん?」

「ある意味同じかもね」

「ま、いいんだよ。魔法使いってのはちょっと私生活がだらしないくらいでちょうどいいのさ」

「その基準が終わってるんだよなぁ」


 テーブルや床に散らかした漫画を拾い棚に並べながら話をする。


「まぁ優介の部屋なんて綺麗だったもんな。さすが眼鏡キャラだ」

「眼鏡関係あるか? ともかく人を呼ぶ時は綺麗にしといて欲しいもんだよ」

「あーはいはい。善処しまーす」


 あ、そういえば。


「ねぇ優介。悪いんだけどボクに電話してくれないかな。朝からスマートフォンが見当たらなくってさ」


 掃除してれば出てくるだろうとたかを括っていたが、一向に見つかる気配がない。

 テーブルも床もほとんど片付いた状態なだけに不思議で仕方がない。


「いいけど。……はい、電話かけてるよ」


 マナーモードだから音はしないだろうけど振動はするはず。

 だけどこの部屋からはそんな気配を感じることはない。


「ということは、やっぱりこの部屋にはないのか」

「じゃあヒメの寝室なんじゃないの?」

「あー。分かった、後で探してみるわ」


 そう言われてみれば自分の寝室に置きっぱなしだったような気がしないでもない。

 少し気にはなるものの、あまり今は優介に寝室を覗かれたくないのでこの話題はここで終わりにしよう。

 どうせ急ぎの連絡なんかあるわけでももない。優介が帰った後でまた探せばいいだろ。


「ふぅー、こんなもんか」

「おぉ、お疲れ様でした。本当にありがとな」


 すっかり綺麗になったリビングを見渡し、素直に優介へと頭を下げる。

 そんなボクの肩をポンッと軽く叩き、優介は柔らかな笑みを浮かべる。

 

「大丈夫。最初からこうなるかもって思ってたから」

「そうか。ありがとう。理解力が高くて助かるよ」


 その言葉を聞いて、ボクも自然と笑みを浮かべた。

 


 ******



「で、今日の本題だけど」

「分かってるって。ちょっと待ってて」


 そもそもの話、ボクが優介を呼んだ理由は新作のゲームを一緒にプレイしようと思ったからだ。

 断じて部屋の片付けのためではない。

 昔からプレイしてるFPSのシリーズ最新作がついこの前発売されたので、それを優介と遊ぼうと思って連絡したのがことの始まり。

 体験版で基本操作を試した感じ前作とそれほど操作感は変わっていなかったようで、今日は優介と追加された要素や細かいモニター管理なんかは試しながら遊ぶのが目的だ。

 ついでに何ステージかクリアする、ことを目標にしていたのだが――あれー、ソフトが見当たらない。


「……もしかして寝室?」


 えー、マジ?

 ん? 寝室、ゲーム……あー、あぁぁぁぁ!

 

「思い出したっ! 寝室かっ!」


 そうだ思い出したっ! 確か昨日夜遅くに買い物から帰ってきた後に、買ってきたゲームとスマートフォンを部屋に放り込んでそのまま放置してたんだ!

 後で取りにいけばいいやと思ってたんだけど、ついゲームに夢中になってしまったため頭からすっぽ抜けて今に至る。

 そうか、すっかり忘れてた。

 

「ちょっと寝室に行ってくるわ。優介はくれぐれもついてくるなよ」

「うん、分かった」


 あらためて綺麗になったリビングを見渡し、腰を上げて寝室へと向かう。


「……なんか足取り重くない?」

「気のせいだろ」


 のそのそと足を進め、昨日までなんとも思っていなかった重たい扉を開き、大きくため息を吐く。


「はぁぁぁぁ」


 ベッドの上に放ってある洋服、床に散らかる漫画、届いてから開封していない封筒や段ボールの山、山、山。

 あーくっそ。絶対今朝まではなんとも思っていない光景だったはずなのに。

 とりあえず、あいつに見つからないようにさっさとゲームを見つけて――。


「ヒメ……おま、これ……」

「ん? あぁぁぁ! お前ぇぇぇ! 勝手に女子の寝室に入ってくるなよっ!」

「ごめん。でもなんか嫌な予感がしたというか」

 

 くっそ、見られた。


「し、仕方ないだろ! 大丈夫だってちゃんと後で掃除するから! ま、まさか流石の優介も女子の寝室を掃除しようなんてことはしないよな? な?」

「まぁ、流石に寝室の掃除はねぇ」


 足の踏み場もない惨状に若干引きつつ、優介もなんとか諦めの体を見せる。

 その様子にボクはほっと胸を撫で下ろす。


「だよな! うん、そうだよな! さ、優介は向こうにで座っててくれ! それじゃあボクはゲームを――」


 ――カサカサ


 …………。

 

「ねぇ優介。なんか今」

「え、何が?」


 なんとなーく。そう、なんとなーく何かが動くような音が聞こえた気がしたので優介に話を振ってみたところ、なぜか顔を背けて生返事を返してくる。

 おいおい冗談だろ?

 

「い、いやだって、いま何か――」

 

 ――カサカサ


「いやぁぁぁぁぁ! ゆ、優介ぇぇぇぇぇ!」

「あー、聞こえない聞こえない」


 この日、ボクは誓った。

 毎日絶対掃除をする! 面倒くさがらない!

 だからこの部屋何とかしてえぇぇ!



 ******


《後日談》


「なぁ優介。部屋掃除のバイトとか興味ない?」

「早くね?」

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