第9話:魔法対抗戦『かくれんぼ』 〜決着〜

 一つ、また一つと駒が減る。

 盤面に用意された二十五の駒は、すでに半数以上が姿を消している。

 最大の敵は盤面を縦横無尽に荒らし回る忌まわしきクイーン。

 どの位置からでも駒を狙い、一方で討つ気配を悟ると一足で攻撃を躱す。


 面倒なことに、この厄介な駒だけを狙い撃つことは非常に困難に近い。搦手を狙うにもタイミングが重要になる。

 しかし、だからと言ってこの駒がは最強であっても無敵ではない。

 このゲームに絶対的な存在などありはしない。

 いくら強かろうが、そいつが負けない道理はない。


 ――なぁ、そうだろ。魔法使い。



 ******



「はっ! 多少は粘るじゃねぇか! まーちっと物足りねぇがな」


 山崎さんが戦場を駆け回り、良くも悪くも戦局は大きく動く。

 彼の『速度』の前にはもはや陣形は意味を成さず、結果あらゆる意味で総力戦が繰り広げられることとなる。

 乱闘とでも呼ぶべきか、戦略など意味を為さないとばかりに、目についた敵を即座に襲いかかるような混沌とした光景が繰り広げられていた。


「山崎てめぇ! いちいち避けてんじゃねぇよ! ビビってんのか!?」

「あ? テメェの拳がノロすぎるだけだろ? テメェの実力不足を棚に上げてんじゃねぇよ!」


 そんな中、私は未だ戦場に立つことなく戦況を見定めていた。

 最も厄介な山崎さんは東間くんが抑えている……といえば聞こえはいいが、傍目から見ても完全に遊ばれている。

 攻撃は一切当たらず、さらには時間の経過と共に拳に込められた魔力が減りつつあるの様子を感じる。

 おそらくは、あと数分で東間さんの魔力が切れる。


「伊南さん」


 隣から麗華さんが伊南くんへと声をかける。

 彼女もまた命じられるままに傍観に務めている立場だが、状況の悪さに焦りを感じている。

 そんな彼女の気持ちは痛いほどによく分かる。

 

「撃破九、敵影八、未確認七、【狂犬】が一」


 一方で肝心の伊南くんはといえば姫島さんと連絡を取り続けている。

 視界を姫島さんと共有している以上、彼が戦場から視線を外す事は出来ず、しかしそんな状態でなお、右手を伸ばし麗華さんの肩をポンと叩く。

 そしてそのまま肩に右手を乗せると、パスがつながった麗華さんと姫島さんの会話が始まる。


「えぇ、わかってますわ。……そうですわね。あなたの読み違いでなければ」


 呟きながら、麗華さんは標的を見据え、その手に持つ竹刀を握る。


「えぇ、当然ですわ」 

「スメラギさん、何かあったらあとはお願いね」


 麗華さんの肩から手を離し、先に伊南くんが立ち上がる。

 戦意を見せず、スマートフォンを片手に戦場へと足を踏み入れる。

 その姿はこと敵意がぶつかり合う戦場において紛れもない異物でしかあり得ない。

 しかし、彼は戦局を動かすには十分な力を有していた。

 ――いや正確には彼女が、だ。


『やぁ、体育学科クラスの諸君。素晴らしい善戦を見せるじゃないか。まったく恐れ入ったよ』


 伊南くんのスマートフォンのスピーカー機能によって、意地の悪そうな声が渡り廊下に響き渡る。

 その声にさぞ不快であったであろう男子生徒が真っ先に動きを止める。


「あ? その不愉快な声は、テメェ姫島か。はっ! 相変わらず隠れてコソコソとしてやがんなぁ!」

『おや、誰かと思えば……誰だっけ? やま……だ? おぉそうだ! 山田くん! ……いや、違ったかな。悪いね。どうにもモブの名前が覚えられなくて。メンゴ』


 その挑発に、表情は見えずとも山崎さんのボルテージが上昇していく様子が見てとれる。

 しかし彼は決してそんな安い挑発に乗るような人物ではない。あくまで推測だが『姫島姫子』という極上のスパイスがさぞ味を引き立たせているのだ。


『あぁ、で山田ナントカくんに相談なんだが。どうだろうか? そろそろ降参してはくれないか?』

「……はっ、笑わせるぜ。どう見ても負けてんのはテメェらのクラスだろうが」


 どうせ見えてるんだろ、とでも言わんばかりに山崎さんは顎で戦場を指す。

 主力である東間くんは疲労から膝をつき、他のメンバーも息を切らしながら何とか立てている状況だ。


「そこで隠れてるスメラギ・アリスと山田麗華、あとは藤堂絢。テメェの手札なんざ残りはそれくらいだぜ。それでどうやって勝つってんだ。まさかこっちの『子』が分かるわけでもねぇだろ」


 誰がどう見てもこの言葉は事実だ。

 いくら私たちが戦力を温存しているとはいえ、このフィールドで残り体育学科クラスを全員など相手には出来ない。

 例え山崎さんがいなかったとしても、いずれは魔力が尽きて私たちの負けだ。


『はぁ? 何言ってんのナントカくん。もううちの勝ちは決まってるんだってば。だからもう一度言うけど今のうちに降参したほうがいいぜ。なんたってこの試合は一年生がみんな観戦してるんだ。そんな大衆の前で無様な姿なんて晒したくないだろ? 先ほどから雑魚と見下し続けている格下相手に、君はこれから負けることになるんだぜ? え、いいの?』


 そんな絶望的な状況の中で、しかし彼女の声に一切の諦めの色は見えない。

 彼女もまた、誰かさん・・・・のように負けるなんてことを一ミリも考えてはいないのだ。

 本当、そういうところは嫌になるほど良く似ている。


「はぁ、もうハッタリなんざどうでもいい。さっさとこの試合を終わらせてやるよ。だから黙ってろや」


 山崎さんは大きくため息を吐く。

 怒りを通り越して呆れている様子すら窺える。

 だけどそれは彼の油断で怠慢だ。目を光らせておくべきだった。

 

『あっそ、じゃあ後悔すんなよな。――プランR始動だ』

 

 刹那、目にも止まらぬ速度で山崎さんに影が襲いかかる。


「……あ? はぁぁぁぁ!?」


 とんでもない反射で咄嗟に横に回避するも、襲いかかる影は止まることなく周囲をも巻き込んだ災害と化す。


「きゃあああ!」

「嘘でしょ!?」


 ――体育学科クラス、鳳仙さん、氷室さん、退場です


 間を置かずしてその災害は二人もの生徒を仕留める。

 

「クソがっ……! 抜かしてんじゃねぇぞ!」


 目にも止まらぬ速度で荒れ狂う災害を、しかし同等以上の速度で彼が迎え撃つ。

 衝撃は音の波となって周囲に波紋を広げる。その光景に思わず目を閉じるものまで現れる。

 やがて激しい激突音と共に、足を止められた災害が姿を現す。


「やってくれるじゃねぇかよ、山田麗華ぁ! テメェそんな魔法使ったことあったか?」

「あら、私がいつあなたに全てを曝け出しまして? レディはいつだって自分磨きを怠らないものですのよ」


 両者が不敵に笑いながら剣と拳をぶつけ合い、弾けるように距離を取り再び疾走する。

 こと速度だけ見れば全くの互角だ。互いに凄まじい速度で戦場を縦横無尽に駆け回る。

 地面を、壁を、天井を、戦場のあらゆる物を薙ぎ払いながら激しくぶつかり合い、戦場は大いに荒れ狂う。


「我が名は山田麗華。その役割に準じ、己が道切り開く」


 その最中、麗華さんは『呪文』を唱える。

 銀の指輪が応えるように魔力を解放し、やがて彼女の身に纏わり付く。


「我が名は山田麗華。いま願うは届かぬ憧憬の疾さ」

 

 二つ名を持たぬ生徒にしか行使できない『呪文』を、完全な形ではないまでも自力で行使するまでに至った数少ない傑物。――それが山田麗華。


「我が欲する其の役割は【ナイト】」

 

 山田麗華の魔法はチェスに見立てた能力の付与。

 多大な魔力をその身に纏い、彼女はさらに加速する。


「んなんだよ! テメェはよぉぉぉ!!」


 超える。

 もはや目に止めることが叶わぬ最速麗華はかの戦場の鬼をも切り刻む。

 一撃二撃は深くまで踏み込めずとも、三、四……十、二十……やがては幾百ものダメージをその身に与える。

 数えることなど叶わぬほどに、彼女の疾走は止まらない。


「お、おい、山崎!」

「バカやめろ! 近づくとお前までやられるぞ!」


 其れは暴風。

 其の速度は触れる物を切り裂く風の刃をも生む。

 決して逃さぬ獲物を中央に据え、外部からの一切の関与を与えない。


「……すごい、あれが山田さんの魔法」


 藤堂さんがその圧巻の光景に言葉をつぶやく。

 それは当然だろう。見たことのある私ですら今の彼女からは迫力を感じる。


「お、おいどうした! 大丈夫か!」


 そして暴風は騒音を生み、渡り廊下の向こうに隠れていた敵の援軍が戦場に姿を現す。

 ――そうです。これを待っていました。

 

「撃破十一、敵影十、未確認四――条件クリア」


 求めていた勝利の条件が満たされる。

 

『野郎ども! 死ぬ気で【魔弾】を守りぬけぇぇぇ!』


「「うぉぉぉぉぉ!!」」


 姫島さんの声を皮切りに、最後の活力を振り絞った東間さんたちが立ち上がる。

 未だ続く暴風を避け、目の前の敵へと襲いかかる。


「くっそ! ウゼェぇんだよ!」


 しかし同時に、山崎さんの反撃に麗華さんの身体が吹き飛ばされる。

 すでに大きなダメージを負っていたためか、彼女が倒されることはないものの体勢を崩すには十分過ぎる威力だった。

 そして、それ・・は彼の目に止まった。

 

「はぁ……はぁ……なーるほどな、テメェがターゲットか」


 麗華さんのシャツに付けられた花柄のワッペン。

 ここにきて『子』の正体が見破られる。


「……で、それがどうかしまして?」


 口調は変わらずとも、先ほどまでの余裕は見えない。

 絶大な魔法の代償は大きく、勢いが途切れた結果、身体にかかった大きな負担が一気に彼女に押し寄せている。


「伊南くん!」

「大丈夫! スメラギさんは自分の仕事を!」

「……っ! はいっ!」


 その言葉が耳に届くと同時に、私は魔力を集中し走り出す。

 彼が大丈夫というのなら、それを信じる他にない。

 戦場のど真ん中。彼らが私を守ってくれると信じて最短の距離を突き抜ける。


「テメェら! 【魔弾】を止めろぉぉぉ!」


 山崎さんの声が廊下中に響き渡る。

 彼自身が動けないのは疲労かまたは麗華さんを優先にしてのことか。

 いずれにせよ、最大の障壁はこの瞬間に消えた。


「あら、大口を叩いた割に随分と余裕がないようですわね。いいんですの? 彼女あなたの息の根を止めますわよ?」

「かんけーねぇよ。今テメェを倒せばそれで終いだ」


 背後で魔力が膨れ上がる気配を感じる。

 だけどもう振り返りはしない。

 私は私の為すべきことをするだけだ。


「おらテメェら! うちの副代表のお通りだぁぁぁ!」

 

 叫び声を背に戦場を駆け抜け、私は金の指輪に魔力を流し込む。


【我は魔弾、我が分身を四の糧とし与え貫く者なり】


【我は魔弾、悉くを穿ち道を突き進む者なり】


 右手に握る銃へと魔力を流し込み、その重さに【力】を感じる。

 それは銀色の輝き。何物も貫く意思の表れ。

 

【我が名はスメラギ・アリス。其に込める願いは信念の僥倖】


 渡り廊下を突っ切った先、広い廊下に見えるのは戦場に見えない三つの影。

 敵影距離、十に一、二十三に二。

 

【与え給へ】


 構え、引き金を引く。

 発射された銀色の弾丸は一切の障害を排して狙い通りにターゲットを穿つ。


「……え? 今何が」

 

 理解する間もなく、ターゲットは戦場から消滅する。

 しかし、未だ試合終了のアナウンスは流れない。


「ですが、それも想定内です」


 私は銃を構えて目を瞑る。

 ただ気配のみに集中するために、全身に神経を張り巡らせる。

 変わる世界に意識を奪われないように、視界をゼロにしてその瞬間を待つ。


 それは彼女・・の魔法の可能性。

 チェスに模した魔法は、何も能力を授かるだけじゃない。

 

【――キャスリング】


 その条件は彼女の魔力をその身に受け続けることで、一定時間のみ可能性を与えられるオリジナルの魔法。

 魔力を尋常なく持っていかれるため何度も使用する事はできないリスクの高い呪文。

 だけどほら、彼の前には入れ替わった私がいるでしょ?


【与え給へ】


 言葉を発する隙もなく、魔力のバリアを貫き山崎さんの身体を大きく吹き飛ばす。

 その反動で私の身体も吹き飛び背後の壁に打ち付けられるが、追撃の心配はない。


 ――体育学科クラス、山崎さん退場です

 

「……廊下の障害はすべて排除してます。もうあなたを妨げるものは一切ありませんよ」


 これで障害は全て消えた。

 私の役割はここまでだ。


『よくやったな東間、それにスメラギ。他のみんなもお疲れー』


 ――体育学科クラスの『子』が退場しました。この魔法対抗戦の勝者は一般基礎学科クラスです


 そのアナウンスを聞き届け、渡り廊下に湧き上がる歓声を背に立ち上がる。


「はぁ、こんな戦いがあと一年以上続くなんて憂鬱ですね」


 溢れる言葉とは裏腹に無意識に笑みを浮かべてしまうも、たった数分も満たない活動にも関わらず激しい疲労感が身体を襲う。

 なるほど。これが【魔法使い】のクラスで戦うということですか。


「さて、向こうも決着はついたんでしょうかね」


 まったく状況が見えないもう一方の戦場に想いを馳せながら、私は仲間たちの元へと歩く。

 まずは一言、みんなにありがとうを口にしよう。

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