第7話:魔法対抗戦『かくれんぼ』 〜渡り廊下の攻防戦 Side:【魔弾】〜

「総員配置について! 事前の打ち合わせ通りにいくよ!」


 伊南くん指示のもと、決められた陣形へと隊列を組む。

 渡り廊下を三割程度進んだ距離を最前線として、先頭に東間くんを一人置き、数歩後ろに接近戦が得意な生徒を数名配置する。

 また無造作に置かれた机を遮蔽物として隠れ蓑にしている遊撃部隊の生徒が数名待機し、残りは渡り廊下前の廊下から顔を覗かせる形で戦場の様子を伺う。


「ヒメ、準備ができたよ」


 姫島さんは一人教室に待機している。

 彼女は伊南くんの魔法で視界を共有しており、リアルタイムで戦況を把握し、指示を出す役を担っている。

 連絡は伊南くんと姫島さんが互いに魔力のパスを繋げているため、離れていても声が届く。

 姫島さんが安全圏内で突発的な作戦を立案し、伊南くんが伝達係として戦場に立つ。

 散々に煮湯を飲まされたコンビは未だ健在と言ったところでしょうか。


「それが今年は味方とは、なんとも面白いものです」

「あら? 今何かおっしゃいまして?」

「いえ、なんでも」


 つい独り言を呟いてしまった。

 隣で同じく待機している麗華さんが怪訝そうな表情でこちらを見ているので、手を横に振りなんでもないと伝える。


「スメラギさん」

 

 そんな中、気がつけば伊南くんが隣に立っていた。

 そろそろ敵が飛び込んでくると気を張り巡らせていたものの、彼の気配をあまり感じ取れなかった。

 相変わらず油断ならない人だ。


「ヒメからスメラギさんにって」


 その一言とともに、彼は私に手を伸ばす。

 連絡、このタイミングで?

 疑念が湧くも話したほうが早いと判断し、私がその手に触れようとした瞬間、足音と共にそれはやってきた。


 ――ダッダッダッ


「敵が来たぞぉぉぉ!」


「「うおぉぉぉぉぉ!」」


 すぐさま戦いが始まる。

 ガタイの良い男性生徒が四名ほど渡り廊下の向こう側から飛び出してくる。

 それに対し、東間さんは渡り廊下の左右より中央に陣取り、両腕を構え迎え撃つ姿勢を見せる。


「中央二人はまかせろ!」


 流れるように飛びかかってくる男子生徒の初撃は軽いジャブ。

 身体の大きさに見合わず小回りの効く戦闘スタイルで確実に東間さんの魔力を削ろうと言う考えだろうか。

 さらにその背後からさらにもう一人の男子生徒が迫りくる。

 射程圏内に入る一歩手前で足を止め、飛び出す隙を見逃さないとばかりに構えを崩すことなく機を伺う。


「よぉ東間ぁ! こんなに早くてめぇをぶっ飛ばすことが出来るなんてツイてるぜ!」


 拳に魔力を込めて素早いジャブを連続して繰り出す。

 感情が拳に乗っているためか、その勢いは凄まじい。


「はぁ? なんで野郎なんかと時間を過ごさなきゃいけねぇんだよ。眼中にないんだよ、お前なんかよ!」


 一方で東間さんは慣れた様子でその身に届く拳を払い落とし続ける。

 最小限の魔力を意識して、純粋な体術で敵の攻撃を捌くことに集中している。


「ちっ、西園寺といいテメェといい気にくわねぇぜ!」

 

 一向に進展を見せない攻防戦に痺れを切らしてか、やや拳が大ぶりに変わる。

 同時に拳に込められた魔力が増加し、一撃の重さを上昇させる。


「へっ、そりゃあどうもっとぉぉぉ!」

「あ? テメェ!?」


 しかし東間さんはその隙を見逃さない。

 誘い込んだ展開に勝機を見出し、防御の構えから一転し鋭い右ストレートを敵に突き刺す。

 消滅とまではいかないが、大きく魔力を削り取った気配を感じる。


「おい、下がれ!」

「す、すまねぇ!」

 

 追撃をさせないようにと入れ替わるように、後方で待機していた生徒が東間さんに殴りかかる。

 その咄嗟の一撃には対応しきれず東間さんは一撃を受けてしまう。

 しかし、露ほどのダメージを受けていないように、その影響を微塵も感じさせることなく前線で立ち続ける。


「へっ、そうでなくっちゃなぁ」

 

 一方で、やや後方での戦いも互角の戦いを繰り広げていた。

 東間さんほどではないが、一人に対して複数人で対応することでなんとか善戦している様子だ。

 この調子ならば、じきに来る第二波まではまず大丈夫と言ったところでしょうか。


「スメラギさん、さぁ早く」


 状況を見届け、再び伊南くんが私に向けて手を伸ばす。

 私も戦いの一部始終を見届けてから彼が差し出す手を握る。

 その手から温かい魔力が流れ込んでくる様子を感じる。


『スメラギ、聞こえるか?』

「えぇ、聞こえます」


 伊南くんに触れることで私にも姫島さんの声が聞こえるようになった。

 私は彼女の声にはいと返事をする。


『事前に指示した通り【魔弾】は後半戦まで待機だ。絶対に余計な魔力は使うなよ。あと確認だが、魔力を全て注ぎ込んだ場合の弾数は幾つか教えてくれ』


 魔力を全て注ぎ込む。

 それはバリア分の魔力すらも攻撃に回す博打の戦法を指す。

 一撃でも受ければ即退場のハイリスクハイリターンの最終手段。


「今なら六発まで生成できます」

『わかった。とりあえず特別指示がなければ四発でいい。残りはバリアに回してくれ。ただしくれぐれも受け身に回る戦い方は控えてくれ』

「分かりました」


 ふと左手に持った銃のグリップを握り締める。

 自分で言うのも烏滸がましい話だが、その魔法の有用性から私には戦況を変えるだけの力がある。

 しかし、だからこそ東間さんのように身体を張って前線で戦い抜くといった貢献の仕方を求められることはない。

 求められる役割の差と考えれば後ろめたい気持ちなど湧くこともないが、それでも彼らにはいつも厳しい戦いを任せきりにしてしまうことを申し訳なく思う。


『気にすんな。あいつらはそれが苦だなんて思っちゃいない』


 そんな私の考えを見透かすように姫島さんは諭すように言葉を口にする。

 

「えぇ、そうですね」

 

 その言葉が本心かどうかは分からない。

 ただ目の前のことに集中しろという、言外の注意喚起の意思を感じる。


「姫島さん、ありがとう」

『さぁ、なんのことだか』


 ひとまずのお礼を口にしておく。

 すこししたのち、伊南くんから手を離して最前線の戦いに目を向ける。


 ――体育学科、西条さん退場です。

 

 東間くんの放った拳が最後の魔力を削り取る。

 アナウンスとともに敵生徒の身体が光に包まれて消滅する。


「おっしゃあぁぁぁ! まずは一人目ぇ!」


 勝鬨をあげる東間くんの言葉にクラスが湧く。

 続いてすでに魔力を消耗している敵に向かって東間くんが飛び込んでいく姿に、クラスの活力がみなぎる様子が見える。


 初戦はまず順調な結果に終わりそうだ。



 ******



「あんだよ! あいつらだらしねぇなぁ!」


 目につく机を力一杯蹴っ飛ばす。

 イライラする感情を物にぶつけるも一向におさまる気配がない。

 あぁ、ムカついて仕方がねぇな。


「ったくよう。どうせ消えんなら魔法の一発でも使わせてから消えろってんだよ。無駄死にじゃねぇかよ、無駄死に」


 聞いた話では東間の野郎と普通に殴り合って負けたとか。

 体育学科の恥晒しだな。あいつらは。


「でも山﨑さん、あいつらやっぱり強いっすよ」

「あぁ? 雑魚の意見なんざ聞いてねぇんだよ」


 初陣を任せた奴らの後を追わせた結果、敗北の報告をもたらしたやつが何か騒いでいる。

 奴らが強い? はっ、笑わせてくれる。


「テメェらの物差しで測ってんじゃねぇよ。くだらねぇ!」


 胸ぐらを掴み睨みつけると、日和ったのか目を逸らしたままだんまりを決める。

 睨まれたくらいで意見が言えなくなるなら最初っから歯向かうんじゃねぇよ。

 捨てるように振り飛ばし、ため息をつきながら教室を見渡す。


「いいか? こんな試合はさっさと終わらせるぞ。接近戦主体の戦いで俺たちが負ける通りはねぇ」


 あの人を除いて残り二十人。

 雑魚どもを制圧するのに十分すぎる戦力だ。


「いくぞ」


 教室の扉を開き、雑魚どもの待つ戦場へと歩きすすむ。

 途中、もう一本の渡り廊下で向き合う女子生徒と男子生徒の姿を目撃する。

 つい足を止めそうになるが、あの人の言葉を思い出し、雑念を振り払って前へと足を進める。


「あーイライラするぜ」


 東間翔也、山田麗華、そして【魔弾】スメラギ・アリス。

 テメェらがどの程度遊べる相手なのか、せいぜい俺を楽しませてくれよ。



 ******



「第二波、きます!」


 再び数名の生徒が殴り込みに向かってくる。

 

「ヒメ、これは」


 伊南くんが何か気になるのか眉を顰める。

 その様子に注意深く敵の様子を観察し、あることに気が付いた。


「これは、魔力の過剰ブーストですわね」

 

 麗華さんも同様に気が付いた様子で言葉を発する。


「なるほど、そうきましたか」


 一般的に身体に魔力を流す際に、魔力残量に注意するために必要最低限の魔力供給量を意識する。

 例えば敵を殴る時にだけ拳に魔力を流したり、敵の攻撃をガードする瞬間に腕に魔力を集中したりと、必要な時間や場所を意識することで長時間戦闘を維持するだけの魔力量を確保することができる。

 一方で戦闘技法として、あえて全身に魔力を巡らせることで短時間ではあるものの全体的な身体能力の向上を見込むことができる技がある。

 この技法を魔力ブーストと呼ぶのだが、そこからさらに過剰なまでの魔力を身体中に張り巡らせることで超短時間かつ高い戦闘力を発揮する技法が存在する。

 それが魔力の過剰ブースト。

 必要以上に魔力を注ぎ込み、効率など一切を排した暴力。


「あんなの十秒持ちませんわよ」

「うん、だけどその十秒が脅威になる」


 ――一般基礎学科、山本さん退場です


 そして、一撃だった。

 たったの一振りで近接戦を得意とする生徒が光に包まれる。

 分かってはいたつもりだけど、いくら相手の得意分野だからと言ってここまで差が出るものなのでしょうか。


「これは翔也もキツイか」

「難しいところですわね。あの人もそう簡単にやられるとは思えませんが」


 伊南くんが味方に指示を出し、減った分だけ前線の生徒を補充する。

 この状況にはさすがの東間くんも複数人を相手にするのが難しく、先ほどと比べても回避多めの戦闘スタイルへと切り替えている。

 グリップを握り締め、伊南くんに視線をおくる。


「だめだよ。まだ今じゃない」


 こちらを見ることなく、伊南くんは返事を返す。

 彼は戦場から視線を一切逸らすことはない。


「終わりだ! 東間ぁぁぁ!」


 度重なる攻撃に足をふらつかせる東間くんに、莫大な魔力が込められた拳が迫る。

 なんとか足を踏み止めるも、その一撃を避けるだけの余裕がない。


「くそっ!」


 咄嗟に身を乗り出す。

 銃を構え狙いを定めると、しかしその瞬間は訪れなかった。

 一筋の魔力が走り、東間くんの眼前の敵へとぶつかり弾ける。


「……あ? んだこりゃぁぁぁ!?」


 ――体育学科、幸田さん退場です


 光に消える生徒を他所に、魔法の出所を見るとカチューシャをつけた女性生徒の姿を見つける。

 右手を前へと伸ばし、次の狙いをつけるようにと威圧感を放っている。


「ナイス、いい牽制だ」


 伊南くんの呟く通りに、前線に立つ敵生徒の怯んだ気配を感じ取ることができる。

 それだけ今の魔法はすごかった。


「やりますわね。藤堂さん」

「まだまだこれからです」


 麗華さんの賛辞の言葉に、戦場から視線を逸らすことなく藤堂さんは言葉を返す。


「ね、大丈夫だから」


 伊南くんの言葉に私は頷き、息を整えるために大きく深呼吸をする。

 そうだ、私は一人ではない。

 彼らが今戦場で身体を張って切り拓いた道を進むために、私は私にしかできないことをするのだ。

 見開いた目は、未だ戦場で戦い抜く仲間たちの姿がある。

 その彼らの勇姿から目を逸らさないようにと、私は集中力をさらに上げる。


「あーはいはい。そういうのいいからよぉ。もうそろそろいいだろ」


 その言葉と共に、渡り廊下の向こうにその人は現れた。

 派手な金髪に黒いサングラス、両手をポケットに突っ込んだまま戦場へと足を踏み入れるその彼の名は――。


「ヒメ、山崎くんが来た」


 山崎和也。こと近接戦闘分野において学年で五本の指に入る実力者。

 

「もう見どころは十分作っただろ? 俺の優しさだぜ。ありがたく思えよ」


 彼は構える。


「じゃ、終わりだぜ。雑魚ども」


 刹那、目には見えない速度で一直線に駆け抜ける。

 東間くんが反応できずに脇を抜かれ、その背後で戦っていた男子生徒を一蹴する。


「がはっ」


 ――一般基礎学科、猿渡くん退場です


「あー、つまんね。俺もあっちが良かったぜ」


 戦場の最中で無防備に立ちながらどこか別の場所へと視線を向ける。


「調子に乗ってんじゃねぇよ!」


 叫び声と共に男性生徒が山崎さんへと殴りかかる。

 対し、それには目もくれず山崎さんは一切その場から動かない。

 必然と拳が彼へと突き刺さる。


「あ? なんかしたかテメェ」

「ちっ、くそ野郎が!」


 その光景に、一足早く東間さんが動き出すも間に合わない。

 拳を突き出した形で固まった男子生徒を、山﨑さんは蹴り一発で沈める。


「まぁ、その強さは健在ですよね」

 

 彼が姿を現して一分足らずで被害が二人。

 最大の障壁が今目の前に立ちはだかる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る