第5話:優介と朱音は視線を交わす
ふと窓から校庭を眺めれば、生徒が並んで下校する様子が目に映る。
本来であれば僕たちもあの光景の一部に混ざっていたはずなのだが、よもや新学期登校の初日からクラス代表による集会があるなんて予想もしていなかった。
ただまぁ、今月の試験内容を早めに知ることが出来るのはありがたい。
ちょっとした不満を帳消しにするにはメリットのある話なわけで。
「そういえば、西園寺くんとスメラギさんは今からどういったお話をするのかをご存知なのですか?」
ふと隣を歩く藤堂さんが首を傾げながら口を開く。
その質問に僕とアリスは互いに顔を合わせ、そういえば彼女はクラス代表の集会には参加した事がないのだと思い至る。
「去年と同じであれば、生徒会の方から試験内容の説明を受ける流れになるかと思います」
まずはアリスが簡潔に答える。
藤堂さんはやや納得したようにふむふむと頷き、次に僕へと視線を向ける。
「知ってるかもしれないけど、去年は僕が一年A組のクラス代表で、アリスは一年B組の副代表だったんだよ」
クラス代表というのはことあるごとに表に立つのでやたら目立つ。
そのため藤堂さんが僕たちのことを知らないという可能性を省き話を進める。
「クラス代表は定期的に集会があってね。どんな試験を実施するのか、対抗戦の対戦相手をどうするか、なんて話をしてたんだよ」
有栖川魔法学園が毎月開催する試験の形式はいくつか存在する。
最も代表的なのはクラス単位での競い合う『クラス対抗戦』の形式であり、他にも生徒単位の試験である個人戦や学年全体を対象としたクラスの垣根を超えたチーム戦、そしてごく稀に学年の枠を超えた『学園全体を巻き込んだ対戦形式』などといったものまで存在する。
ちなみに今月の種目は『かくれんぼ』と言う名目の試験であることが周知されているが、それ以外の詳細なルールなどは今のところ情報がない。
要はその詳細な情報を聞きにいくのが集会の趣旨である。
「あとは、他にもクラス代表同士の顔合わせも含んでると思うよ」
あとは二年生になって初めての集会と言うこともあり、今後一年間顔を突き合わせることになるメンバーの交友会も含めた時間になるのではないだろうかと予想する。
とはいえ、おそらくは見知った顔が並ぶことになるんだろうけど。
「そうですか。ちなみに他のクラスはどんな方がいらっしゃるんでしょうね? 私こういった場は初めてで」
「そうだね。じゃあ藤堂さんはどう考えるかな」
「うーん、そうですね。例えば――」
藤堂さんの見解を聞きながら、僕たちは話題に花を咲かせていた。
他愛もない雑談だけど、少しだけ彼女との距離を縮められたような気がする。
******
――コンコン
扉をノックし、所属と名前、目的を端的に伝える。
このやりとりはもう慣れたものだ。
「第二学年、一般基礎学科クラスの西園寺優介です。クラス代表として参りました」
「どうぞー」
返事はすぐに来た。
失礼しますと一言断りを入れてからドアを開き、生徒会室へと足を踏み入れる。
「ようこそ生徒会室へ。といってもユーくんには物珍しくもないか」
よく聞き慣れた声。
生徒会室に姉さんの姿を確認する。
あるいはクラス代表の最初の集まりに伴い、生徒会長として説明する役割を承ったのかもしれない。
「それはまぁ……あれ、姉さんだけ?」
室内を眺めると、そこには机に肘を置いて椅子に座る姉さん一人のみ。
他のクラス代表はすでに教室を後にしたと聞いていたので、てっきり先に到着していたものかと思っていたのだけど。
それかもしくは――。
「あ、うん。それはね――」
――トントン
『失礼します。第二学年体育学科クラス、佐倉です。クマ教師より生徒会室へ向かうようにと連絡を受けております。』
タイミングよく別のクラスが到着したらしい。
どうぞと姉さんの言葉に応じて、三名の生徒が生徒会室に入室する。
「ご無沙汰しております、生徒会長。――あら、優介くんもご一緒でしたか。お変わりはありませんか?」
先頭を歩くのは左右のおさげを胸の前へと流す女子生徒。
上品に両の手を身体の前で組み、静かに歩いてくる。
「どうもおかげさまで。朱音さんこそ息災かな」
「えぇ、おかげさまで」
物腰が低く丁寧な印象を受けるその女子生徒は、挨拶をしながら僕の後方に立つ女子生徒二人へと視線を向ける。
「おや、スメラギさんと……あなたは確か藤堂さんとおっしゃいましたか? 今年度体育学科クラスのクラス代表を務めることになりました
「え、えぇ、よく存じております。一般基礎学科クラスの副代表に任命されました藤堂絢です」
柔らかな笑みを浮かべながら手を差し出す朱音さんに対し、藤堂さんはやや強張った表情で握手する。
そんな側だけ見れば微笑ましい光景を眺めつつ、一方で敵意むき出しの視線が僕を捉える。
「あぁ!? テメェ無視してんじゃねえよ! こんなところで何してんだよ、西園寺ぃ!」
「あぁ山崎くん。嫌だな無視なんてしてないよ」
「おいテメェ! いい度胸じゃねぇかぁ!」
こちらの話なんて聞いちゃいない。いやまぁ無視してたけれども。
この魔法学園にも問題児と呼ばれる生徒は少なからず存在するが、その筆頭が山崎くんだ。
粗暴というか威圧的というか、少々歳の割に荒々しい性格に難があるとは生徒一同の評価である。
「山崎くん。時と場所を選んでくださいね」
「……ちっ」
しかし、そんな山崎くんも唯一朱音さんの言葉には従う。
渋々といった表情を浮かべるが、それだけに朱音さんという人物の実力が垣間見えるといったところか。
「さて交友は深められたかな。――それでは話を始めます」
その
「アリス、藤堂さん」
僕は生徒会長の前へと進み、また朱音さんは僕の隣に並び立つ。
アリスと藤堂さん、山﨑くんともう一人の男子生徒もそれぞれのクラス代表の後ろに整列する。
「第二学年一般基礎学科クラス代表西園寺優介。以下二名揃ってます」
「第二学年体育学科クラス代表佐倉朱音。以下二名ここにおります」
通例の挨拶をそれぞれが口にし、生徒会長はそれを聞き届けると同時に頷く。
「まずは西園寺優介さん。佐倉朱音さん。ならびにクラス副代表の皆さん。登校初日からご足労いただきありがとうございます」
目の前に並び立つ下級生を目を配り、生徒会長は本題を口にする。
「みなさんご存知の通り、本日は今月末に開催されます定期試験――魔法対抗戦についての情報を各クラス代表者に向けてご説明いたします」
この形式取ったやりとりも慣れている。
それに、おそらく今回は
「まずは西園寺優介さん。当月の試験についてはどの程度把握しておりますか?」
最初の質問、
「はい。種目名は『かくれんぼ』であること。また試験が今月末に開催されることを認識しています」
「ありがとうございます。では次に佐倉朱音さん。あなたは当月の試験はどのような内容であると想定されますか?」
質問の意図が変わる。
だがこれも僕と朱音さんにとっては想定内だ。
「そうですね、先ほどの生徒会長のお言葉から察するに今回の試験が学年クラス同士での対抗戦となること――」
そこで一度言葉を切り、彼女は意味ありげな視線を僕に向ける。
「そしておそらくは私と彼のクラスが対戦相手として選ばれたものだと推測いたします」
少しの沈黙が訪れる。
ごくりと息を呑む音が耳に届く頃、生徒会長が肯定するように頷く。
「お二方ともありがとうございます。まず当月の試験である『かくれんぼ』ですが、佐倉さんが推察された通りクラス対抗戦を取ります。そしてお分かりの通り、お二方のクラスである一般基礎学科クラスと体育学科クラスがマッチングする運びとなりました――」
******
その後、僕たちは生徒会長から試験の詳細なルールを伝えられ、すべてを確認し終わった後に生徒会室を後にした。
生徒会長はまだ仕事が残っているとのことで、集められた二年生六名が部屋を後にした形だ。
「あの、これからどうすればいいですか?」
やや疲れた様子の藤堂さんが僕に尋ねる。
慣れない時間を過ごしたせいか彼女の疲労感が見て取れる。
体育学科の男子生徒一名も同様に疲労感を感じさせていた。
「うん。今日はこのまま解散しよう。また明日クラスで周知する時間を設けようと思う」
ひとまずは解散する旨を伝えると、藤堂さんは安堵のため息を吐く。
もしかしたら想像以上に疲れているのかもしれない。
「そうですね。もとよりマシロ先生から集会が終わり次第帰宅するようにと話がありましたので」
「分かりました。それではまた明日お話をさせてください」
アリスも同様に藤堂さんの様子を察した様子で、話を引き伸ばすことなく帰宅を促す。
一応彼女たちには僕からヒメに連絡する旨を伝えておく。
まだ決まりではないけど、今年も作戦立案はヒメを中心に進めていくことになるだろう。
「今日はお疲れ様でした。優介くん」
ふと背後から声をかけられる。
振り向くと静かな佇まいでその場に立つ朱音さんの姿が見える。
「そちらこそお疲れ様。――まさか最初のクラス対抗戦が朱音さんのクラスだなんてね」
口元に笑みを浮かべながら朱音さんと向き合う。
これは本当に想定外の出来事だった。まさか彼女とこんなに早く相対することになるなんて。
「えぇそうですね。まさかこんなに早く優介くんと競い合うことが出来るなんて思ってもいませんでした。とても楽しみです」
そう言葉を口にして、朱音さんはおさげの髪を右手の指でなぞる。
少しうつ伏せたその表情を窺い知ることは出来ない。
「そうだね。とても楽しみだよ」
「えぇ、――本当に楽しみです」
彼女は髪をなぞる指を止める。
そのまま右手を口元に当て、少しの後静かに顔を上げる。
「お互い健闘を尽くしましょう。それではまた」
いつものように柔らかな笑みを浮かべて、朱音さんは廊下を歩き出す。
山崎くんはこちらを一瞥するも言葉を発することなく、そしてもう一人の男子生徒もぺこりと頭をさげた後に、朱音さんに付き従うように彼女の後に続く。
「それじゃあ僕たちも帰ろうか」
さて、どうにも大変なことになりそうな予感をひしひしと感じる血、そんな感想を抱きつつ二年生初日の登校日は終わりを迎える。
なるほど。これは退屈しそうにないね。
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