第4話:クラス代表と副代表

「続きまして、西園寺皐月生徒会長より新学期の挨拶を頂戴します」


 司会進行を務める生徒会役員の紹介で、一人の女子生徒がステージへと上がる。

 堂々と胸を張り、随分と慣れた様子で体育館の壇上へと上がると、彼女はマイクに近づくと同時に柔かな笑みを浮かべながら口を開く。


「ご紹介に預かりました生徒会長の西園寺皐月です。まずはみなさま、怪我や事故などなく無事に新学期を迎えられたことを心より嬉しく思います」


 その透き通る声はマイクを通じて体育館中に響き渡る。

 洗練された佇まいと相待って、生徒のみならず教師もその女子生徒に目を惹かれる。

 その光景はカリスマの存在を強く感じさせられる。


「さて、堅苦しい挨拶はこのあたりとしまして――さぁ皆さん。私たちはいよいよ次の学年へとステップアップしました」


 設置されたマイクを手に取り、彼女はステージの前方へと歩く。

 その様はまるでパフォーマンスをするかのように生徒たちの視線を奪う。


「入学してから様々な出来事に挑戦してきた一年生の君たちも、研鑽を積み重ね、将来に向けて足を踏み出した二年生のあなたたちも、きっと去年以上に困難な出来事が待ち受けていることでしょう」


 私なんて受験勉強があるんですよー! なんて言葉に体育館中が湧く。

 苦を共にする同じ受験生だろうか、俺もーなんて叫び声も聞こえてくる。


「でも安心してください。皆さんには困難を乗り越えるだけの力があり、何よりも隣には良き友人が立っています。だから何も怖くありません。――退屈なんて感じる暇はありません」


 そう言葉を口にした後、姉さんは右手を身体の前で伸ばし指を鳴らす。


 ――パチンッ


 数瞬の後、体育館の上空に魔力が満ちる。

 生徒たちが上空を見上げる頃、やがてどこからともなく大量の花びらが頭上へと舞い落ちてくる。


 ――わぁぁぁぁぁ!

 

 白、赤、青に黄色やピンク。色鮮やかに降り注ぐその光景に、再び体育館のあちらこちらで歓声が湧き始める。


「私たち魔法使いはどんな困難でも『楽しい』に変える可能性を持っています。それを忘れずに今年一年も一緒に楽しんでいきましょ! 以上、生徒会長の西園寺皐月でした! 今年もよろしくねー」


――パチパチパチパチ

 

 そう言葉を締めると、体育館中に聞こえる拍手に包まれて、女性生徒は舞台袖へと消える。

 なんというか、とても西園寺皐月という人柄が現れていた挨拶だったと思う。

 とてもじゃないけど僕には真似できないな。


「……ん?」


 そんな中、ふと舞台袖に立つ顔を見知った生徒会役員の女子生徒と目が合う。

 彼女はニコリと笑うと小さく手を振り、それに対して僕はお辞儀を返す。

 そんな僕の行動に、彼女は口に手を当てておかしそうに笑っていた。

 

「なぁ優介。相変わらずお前の姉さんすげぇな! よくもあんな堂々と話が出来るもんだぜ」

「ん? あぁ、そうだね」

 

 ふと隣の翔也が興奮した様子で話しかけてくる。

 再び舞台袖に視線を向けると、どうやら彼女はどこかに移動したようで姿が見えなくなっていた。

 ほんの少しだけ、残念な気持ちになるのはなんでだろうか。


「えっと、その言葉は姉さんに直接言ってあげれば? きっと喜ぶと思うよ」


 生徒会長を務める姉さんは、なんやかんやと人から褒められるのが好きなタイプだ。

 言葉通り、例え翔也からの言葉でも素直に喜ぶだろう。


「おぅ、そうしてみるぜ!」


 若干見え隠れする下心を見なかったことにしつつ壇上の方へと視線を向けると、次に肩を叩かれる。

 

 ――トントン

 

「なぁ優介。ちょっと耳を貸してくれ」


 今後はもう一方の隣人からのお誘いだ。

 姫島姫子――ヒメは内緒話をするように僕の耳元へと顔を近づける。

 

「ちょーっと付き合ってくれよな」


 瞬間、辺りから一切の音が消える。

 壇上に立つ教師の声、周囲の生徒たちの喧騒、身じろぎ擦れる物音。

 そのすべてが耳に届く前に遮断される空間に、僕と彼女の二人は存在している。

 なるほど、魔法か。

 

「どうせ残り教師からのありがたいお言葉とかだろ? そんなことより生産性の高い話をしようじゃないか。大丈夫、時間が来たら伊南が教えてくれるから」


 ヒメは左手の親指で彼女の左隣の人物を指差す。

 その先で、ベビーフェイスの男子生徒が笑みを小さく浮かべながらひらひらと手を振る。

  

「こういうのにうってつけだよな、伊南の魔法。いやー便利便利」


 伊南潤という男子生徒は他者とのコミュニケーションをテーマとする魔法に長けており、その一つとして外界との情報を遮断する擬似的な空間を作り出す魔法を扱うことが出来る。

 非常に重宝されるサポートタイプの魔法使いである。


「で、あんまり時間がないから話しておきたいんだけどさ。うちのクラスについての感想とか聞いておきたいんだよね」


 表面上はしっかりと始業式に参加してますよとアピールするかのように、ヒメは壇上に視線を向けながら口を開く。

 感想、クラスの?

 

「なんか抽象的な質問だね。感想って言われても」

「なんでもいいよ。クラスメイトの特色、能力の傾向、チームワークの可能性、戦闘力。そのほかなんでも優介が何か感じたものがあれば教えて欲しい」


 何を感じたか、か。

 回答に少し困る質問だ。


「聞き方が悪かったかも。例えばそうだな……ボクとしては戦術幅が限られるメンバー構成だと思った」

「なるほど?」

「あぁ。体育学科クラスほどじゃないけど、遠距離攻撃が不得手な近距離アタッカーが多い印象だ。ネームドキャラで言うと西園寺優介を筆頭に、東間翔也、山田麗華。スメラギ・アリスは悩むところだけどボクの見解としては前衛寄りの中衛といったところか」

「遠距離攻撃が得意の定義は?」

「魔力弾が二発以上打てること。そいつ・・・がいるかいないかで戦略は大きく変わる」


 『魔力弾が二発以上打てる』とは魔法使いとしての実力を図る上で一種の目標だと考えられている。

 およその生徒は魔力弾を一発しか打てず、二発以上打てるのは毎年一学年で三割に満たないとされており、魔力のコントロールがものを言う、はっきりとした技術指標であるともされている。

 ゆえに魔法が得意であると言われても違和感を感じることはない。

 

「ちなみにうちのクラスでは、ヒメが言うところの遠距離アタッカーっているの?」

「いる。というか東間は優介が話をしていたって言ってたぞ。いただろカチューシャをつけた女子」


 あぁ、あの子か。

 

藤堂とうどうあや、【魔女】には届かないが、それでも高い魔法技術の持ち主で超優良物件。なんで一般基礎学科にいるのかは知らないけどあれはラッキーだね」


 先ほどの教室での出来事を思い返し、なんとなしに笑みをこぼしてしまう。

 感情表現が豊かなのか、喜怒哀楽がはっきりしているなかなかに印象的な女子生徒だった。


「まぁ昨年も似たような感じだったし、困ることなんてあんまないけどな」


 そんな感想を、ヒメはなんとも楽しそうに口する。

 

「それであれば僕も気になったことがあるよ」

「おお、いいね。どんなことが気になったのさ?」


 ヒメの話から情報を得たお礼にと、僕も気がついたことを彼女に伝える。

 とはいえ、残念ながらクラスのことってわけではないが。

 

「一応これは学年全体を見た感想になるんだけどさ。おそらく一定数の生徒は元々割り振られるクラスを決められていたんじゃないかな」

「へぇ、その心は?」

「あまりにも軸となる生徒の割り当てバランスが良すぎる」


 事前に聞いていた姉さんの話では、二年生からは目に見えてクラス毎の特色が分かれるとのことだった。

 それは長所と短所とも、例えば体育学科クラスには魔法が得意な人材がほぼおらず、反面魔法学科クラスには身体能力に秀でた人材がいなかったと聞く。

 それゆえにクラス毎に勝てる試験内容がはっきりと決まっており、また大半がその予想を覆すことはなかったそうだ。

 しかし、今に至るまで各生徒がどのクラスに割り振られたのかを観察していたが、結果としてどのクラスもある程度能力バランスのとれたクラス構成になっていることに気が付いた。

 リーダー適性が高い生徒や、戦略家、他にも戦闘タイプ、サポートタイプなどクラスの特徴の通りに能力には差があるものの、およそどの魔法対抗戦の内容であったとしても、それぞれのクラスが戦える構成になっている。

 ここは姉さんの世代とは異なる点として挙げられるだろう。

 

「ま、だからなんだって感じだけどね。一応気になったといえば気になったことかな」

「ふーん、クラスの割り振りね」


 顎に手を当てて何か考えていたようだが、ふっと笑ったかと思うとこちらを見る。

 壇上では引き続き教師が何かを話しているようであり、まだまだこの時間が終わることはなさそうだ。


「ま、参考になったよ。まぁいいや。ちなみにさ、まだ時間があるみたいだしぜひ雑談したいことがあるんだけど」


 ニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべながら、彼女は続けて雑談を口にする。



 ******



「さて、始業式が終わりましたので残りのHRが終わりましたら本日は下校とします」


 教室の教壇に一人の女性教師が立っている。

 腰まで流れる黒い髪に感情を覗かせない平坦な声色。

 有栖川魔法学園において最も真面目な女性教師であると評判の彼女は、その実『マシロ先生』と愛称で呼ばれるくらいには生徒から親しまれている教師だ。

 ちなみに去年僕たちの担任を務めた先生でもある。


「魔法学も部活動もなし、私たち教師は明日の入学式の準備がありますので、皆さんは速やかに下校するようにして下さい」


 マシロ先生は淡々と連絡事項を口にする。

 

「えー、でもせっかくの初日なんだし交友会とか開きたいと思いませんかー?」


 一方で生徒からは不満の声が上がる。

 まぁ気持ちはわからないでもない。


「少なくとも本日は学校で何かをすることは認められません。その代わり明日そういったクラス会のような時間を作りますので、それまで我慢して下さい」

「お、それってもしかして授業で時間作ってくれるとかですか?」

「えぇ。特別に、ですよ」


 喜びの色を滲ませた言葉に対し、マシロ先生はこくりと頷く。

 

 ――おぉぉぉぉ!


 元担当クラスの生徒である僕たちは、去年一年間の付き合いから意外とノリがいい先生であることを知っている。

 ダメなものはダメ、良いものは良い。しっかりと区分は付けており、ことグレーゾーンに関しては意外と生徒寄りの考え方をしてくれる。

 そこがまた生徒から慕われる理由なのかもしれない。


 ――パンッ!

 

「ですが、その前に一つ本日中に決めなければいけないことがあります」


 喧騒の中、手を叩き意識を自分に向けさせてマシロ先生は、黒板に文字を書き始める。


『クラス代表:西園寺 優介』

『クラス副代表:〇〇 〇〇(二名)』


「さて、それではクラスの副代表を皆さんで決めて頂きます」


「「「いやいやいやいや」」」


 クラス一丸となって声が上がる。

 僕に至っては思わず立ち上がってしまう始末だ。


「西園寺さん。席を立つ時には事前に挙手して下さい」

「いや席立つだけなのに挙手って必要ですか? じゃなくって、なんかクラス代表が既に決まっているように見えるんですけど」

「その通りですが、なにか」

「なにかって……えぇ……」

 

 あまりに堂々とした切り返しをされて唖然としてしまう。

 言葉にできない気持ちってあるんだね。


「念の為、誤解のないように伝えておきますが、各クラス代表はそれぞれ既に決められています。それがこのクラスでは西園寺さんが該当したと言うだけの話です」


 なるほど。これはあれだ、『ダメなものはダメ』の部分だ。

 

 ――Foooooo! わらわが代表じゃぁぁぁぁぁいっ!


 なんか隣のクラスからハイテンションな声が聞こえるけど、僕もあれくらい受け入れることが出来たのなら良かったのに。

 

「西園寺がクラス代表……だと」

「えー、【鬼畜眼鏡】がクラス代表なんて、私たち何をさせられちゃうのかしら♡」

「西園寺○ね」


 数々の温かい視線を背に、僕は大きくため息を吐く。

 ま、別にいいけどね。


「マシロ先生。ちなみにクラス代表と副代表はどんな仕事をするんですか?」

「基本的にクラスのまとめ役を引き受けてもらうのだけど、特に重宝されるのは定期試験時の打合会の参加です。これは去年の経験から西園寺さんもよく知っていますよね」

「一年生の時もクラス代表でしたからね」


 毎月一度開催される定期試験。通称魔法対抗戦。

 その開催される試験内容についてルールや対戦クラスを決める打ち合わせが定期的に開催されるわけだが、クラス代表はその打ち合わせに参加する義務が生じる。

 ちなみに副代表は任意参加らしい。

 

「副代表はその補佐につく役割だと思ってもらって構いません。多数決でも良し、クラス代表の西園寺さんが決めるも良し。クラス代表である西園寺さんがやりやすいように決めて下さい」


 なるほど、決定権は僕にあると。

 その言葉に後ろを振り向くと、皆が一様に下を向く。どうやら副代表なんて面倒なことはやりたくないらしい。

 ともあれまずは教壇の前に移動し、クラス全体を見渡せる位置に立つ。

 ――副代表、ねぇ。


「とりあえず、立候補する人はいますか? いなければ僕が決めようと思います」


 まずは立候補の確認。

 意欲のある人がいるならばそれに越したことはないが、はてさてどうかな。


「はい。副代表に立候補します」


 僕の呼びかけに一人の女子生徒がすっと手をあげる。

 彼女――アリスは小さな笑みをこちらに向ける。


「ありがと。どっちにしてもお願いしてたと思うよ」

「えぇ、そうでしょうね」

 

 彼女の冷静さや記憶力、判断力は頼りになる。

 まずは一人、スメラギ・アリスの名前を黒板に書き記す。


「あと一人、立候補はいませんか?」


 改めてクラス全体を見渡し、立候補の有無を呼びかける。

 十秒ほど待ち、特に動きがなければ僕の方で決めようかと考えていた矢先、二名の手が伸ばされる。


「私も副代表に立候補いたしますわ」

「あ、あの、私も立候補します」


 山田麗華、そして藤堂絢。

 二人の手が同時に上がり、互いに顔を見合わせる。


「あら、被りましたわね。ですがここは私に譲っていただけませんこと?」

「いえ、私もここは引けません。すみませんが私に譲って下さい!」

 

 へぇ、副代表って意外と人気のある役職だったのか。

 そんな他人事みたいな考えを脳裏に浮かべながら、僕迷うことなくささっと結論を出す。


「じゃあ藤堂さんに頼むよ」


 副代表、藤堂絢っと。書き書き。


「な、なんでですの! 西園寺優介!」

「え、え、私でいいんですか?」


 抗議と戸惑いの声に振り向き頷く。


「もともと藤堂さんを推薦するつもりだったからね。ちょうどいいかなって。もちろん魔法対抗戦では山田さんの意見もしっかりと取り入れるつもりだから安心して」

「麗華とお呼びなさいとっ! ……はぁ、まぁそれならば仕方ありませんわね」


 意外とあっさり引いてくれたことに少し驚く。

 去年までの彼女を知っているだけに、その変わりようが少し気になる所ではあるのだが、そんな麗華へと軽く頭を下げてから、一方で戸惑った様子の藤堂さんには改めて声をかける。


「それじゃあよろしくね。藤堂さん」

「あ、はい。よろしくお願いします。西園寺くん」


 話し合いを終え、マシロ先生へと視線を向ける。

 時間がかかる可能性も考慮していたのか、表情には見えないものの少し安心した様子で再び壇上へと立つ。

 

「西園寺さん、ありがとうございます。スメラギさん、藤堂さんも一年間よろしくお願いします」


 僕は席に戻り、それを待ってからマシロ先生は話を続ける。


「さて、明日は入学式を迎えるわけですが――」


 それからマシロ先生は今後の予定や注意事項などを連絡事項として説明していく。

 定期魔力診断や今月開催予定の魔法対抗戦、そのほかカリキュラムの説明などなど。

 詳細は明日以降でまた説明するとのことだけど、案の定入学したての去年とは異なり大変なスタートを切りそうな予感がひしひしと伝わってくる。

 特に五月から始まる例のアレ。

 良くも悪くも学園生活を左右しそうなイベントがどうなるのか、期待半分不安半分で待ち構えてしまう。


「最後に、クラス代表と副代表は早速ですがこの後で定期試験に関する打ち合わせを開催しますのでご出席頂きます」


 ――あー、その前にやっぱり魔法対抗戦に集中しなきゃいけないよね。

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