第3話:優介と新しいクラスメイト
「ユー、急ぐ」
「だぁーっ! 結局こうなるんかいっ!」
この時間、とにかく運が悪かった。
行き着く信号はすべて赤色、ついでになぜか踏切で電車通過待ち。
何者かの意思を勘繰ってしまうレベルで足止めをしてくるではないか。
で、挙げ句の果てが
「なんか最近こんなんばっかりじゃない?」
「私は楽チン。毎日こうならいいのに」
「……松永さんは迷惑をかけていることを自覚するところから始めてください」
「ユー、迷惑?」
「えー、あー、んー、ソンナコトナイヨ」
「ごめんね?」
音子を背負う僕とムッとした表情を隠さずに走るアリス。
微妙な空気を感じずにはいられない雰囲気だが、まぁ言ってしまえば毎回こんな感じなので今更気になどしない。
音子の謝罪なんて聞き飽きてるくらいだ。
「ところで、時間は? まだ大丈夫だよね?」
「えぇ、今なら十分間に合います」
アリスは腕時計を確認しながら答える。
僕としても同じ認識ではあるものの、学園が近づくも誰一人として生徒が見当たらず、つい不安に駆られてしまう。
新しいクラスが気になったので早めに登校している、などが理由かとは思うがそれでも冷や汗をかいてしまうのは人の性なのだろう。
「ユー、汗拭いてあげる」
「おー、サンキュー」
「ついでに眼鏡も」
「やーめなさい」
あるいは今朝のランニングよりも額に汗を浮かべているかもしれない。
いや、背中に背負ってる人が重いわけですよ。多分。
「ユー、見えた」
道路を渡ってすぐ、ようやく学園の入り口が視界に映る。
「よしっ、なんとか間に合ったぞ!」
ここまで来れば、学園の制服姿がちらほらと散見される。
慌ただしい始まりであったものの、無事遅刻することは免れたようだ。
安堵と疲労のため息が同時に溢れる。
「ほら着いたから――よいしょっと」
「おー、ありがと」
その場に立ち止まりながら一呼吸入れて、背に預かっていた音子を地面に下ろす。
ようやく解放された身体の自由に、ポキポキと首の音を鳴らしながら背伸びする。
「すぅー、はぁぁぁぁ」
大きく息を吸っては吐き、ゆっくりと身体のリズムを整える。
少しした後、音子に手を伸ばし預けていた鞄を受け取る。
「どうぞ」
「あいよ、どうも」
僕の気が済むまで待っていたアリスが、時間だと先を促す。
「さぁ、いきましょう」
ようやく辿り着いた有栖川魔法学園の門をくぐる。
あぁ、今日からまたあの騒がしい日常が始まるのだ。
******
「それでは、水晶に魔力を流し込んでクラスを確認してください」
学園の受付口へと進むと、そこでは水晶に魔力を流しこむ生徒たちの姿があった。
どうやら今年のクラスは魔法を使って生徒に通知しているらしい。
前から思っていたけど、この学園はこういうユニークなイベントをちょこちょこ取り入れたがる傾向がある。
なんというか、いい意味で子供っぽいというか。そんな感じ。
「っと、じゃあ僕たちも」
登校した生徒たちが列を成す中、僕はポケットから金と銀の指輪を取り出す。
金の指輪を右手の薬指に、銀の指輪を左手の人差し指にそれぞれ嵌めると、次第に身体から指輪に向けて魔力が流れる様子を感じる。
それは隣に立つアリス、そして音子も同じ様子であった。
「この魔力が身体から指輪に流れていく感じ、帰ってきたなって気がするよね」
「えぇ、分かります。たった一週間程度ですが、久々に魔法を使っている感覚です」
初めて指輪を扱い始めた頃は少しくすぐったさを感じたものだが、今ではすっかり慣れたものでそれほど違和感を感じることはない。
そう言った意味でも、僕たちは魔法使いになったのだろう。
「さぁ、次はあなたたちの番ですよ」
ふと見れば生徒の列が無くなっており、残すは僕たちのみとなっていた。
「それではまず私から」
まずはアリス。
右手の中指に嵌めた銀の指輪から魔力を放出し水晶へと流し込む。
かざした手から可視化できるほどの魔力を流し込むと、やがて宙に文字が浮かび上がる。
【第二学年 スメラギ・アリス 一般基礎学科クラス 番号12】
「一般基礎学科――えぇ、希望通りですね」
なるほど。どうやらアリスは一般基礎学科クラスに割り振られたらしい。
「次は私の番」
続いて音子が水晶に魔力を流し込む。
いつもの気だるげな表情で水晶にフレそうな位置まで腕を伸ばし、小さく息を吐く。
【第二学年 松永 音子 魔法学科クラス 番号21】
音子は魔法学科クラスか。
これも予想通り。というか音子の場合はのこクラスが最も適切だと言える。
「最後はユーの番」
音子に促され、僕は水晶の前まで進む。
手をかざし、銀の指輪から水晶に向かって魔力を流し込む。
【第二学年 西園寺 優介 一般基礎学科クラス 番号11】
そうか、僕はこのクラスに決まったのか。
「ユー、やっぱり違うクラスになった」
「あぁ、そうだね」
裾を掴み見上げるように覗き込む音子の言葉に僕は頷く。
これはほとんど分かっていたことで、まぁ仕方のないことだ。
音子には魔法学科しかないし、逆に僕には魔法学科はありえない。
少し寂しくはあるけど、こういうものだと割り切るしかないだろう。
「ユー、約束」
「あぁ、クラスは違うけど友達なのに変わりはないよ」
「いっぱい遊ぶ?」
「そういう約束だもんな」
その言葉に小さく頷き、音子は納得したのか右手でグーサインを作り突き出す。
「ま、お互い頑張ろうよ」
「おー」
僕もグーサインを作り音子の右手とぶつけ合う。
たかがクラスが違うくらいで、僕たちの関係は変わらない。
「じゃあ行こうか」
「えぇ」
「おー」
二年生のクラスは確か3階にあったはず。
僕たちは階段を登り、それぞれのクラスを目指す。
******
――ガラガラガラ
一般基礎学科クラスの教室へと辿り着き、僕とアリス、そして音子が扉をくぐる。
「「いやいやいやいや」」
「だめ?」
「だめ」
******
――ガラガラガラ
気を取り直し、あらためて僕とアリスは教室の扉をくぐる。
「おはよう。今日からよろしく」
「おはようございます。よろしくお願いします」
入り口から開幕挨拶を一言口にすると、一斉にクラス中から視線が集中する。
興味が大半だが、それ以外の感情も見え隠れする。
傍目に見えるアリスも同様に感じているようだが、やっぱり僕たちは目立つ存在として認識されているようである。
「おぉ、優介じゃねぇか! やっぱりお前もこのクラスになったんだなっ!」
「やぁ優介、それにスメラギさんも。よろしくね」
そんな雰囲気の中、二人の男子生徒が大声で話しながら近づいてくる。
茶髪にピアスを開けた男子――
優しそうに笑みを浮かべる黒髪男子――
二人とも一年生の時は同じクラスで、よく絡みのある友人たちである。
「ス、スメラギさんも一般基礎学科クラスにぃ! くぅぅぅ! これはこの一年間がさらに楽しみになったじゃねぇぇぇかっ!」
「おはよう。スメラギさんとは対抗戦で何度か顔を合わせてるよね。今年からよろしく」
「えぇ、東間くんも伊南くんもよく覚えていますよ。今年からよろしくお願いします」
【魔弾】の二つ名を持つアリスはもちろんのこと、翔也も潤も魔法対抗戦では活躍を見せており他クラスにも十分に名が知れ渡っている生徒である。
何度も相対していることから、お互い十分に面識がある間柄と言って過言ではない。
「いや、しっかし可愛い女子が増えるものいいことだが、二つ名持ちが二人もクラスにいるのは心強いな」
「そうだね。他にも有名な生徒がいるみたいだし、このクラス結構強いかもね」
二人のその言葉に教室を見渡せば、なるほど確かに実力派の生徒が散見される。
特にほら、こっちに近づいてくる女子生徒なんか――。
「おーほっほっほ! ようやく来ましたわね西園寺優介!」
「あ、山田さんだね。山田さんもこのクラスに?」
「れ・い・か! 私のことは麗華とお呼びなさいといつも言っているでしょう!」
いかにもなお嬢様然とした態度に、一見すると高圧的とも取れる性格。
縁あって何度か顔を合わせた仲でありながら、彼女もまた二つ名候補生徒の一角である。
「今年も同じクラスになったわね。よろしく麗華さん」
「あらアリスさん。やはりあなたもこのクラスにしましたのね。去年は一歩遅れをとりましたが今年はそうはいきませんわよ」
「えぇ、今年も負けませんよ」
去年アリスと麗華は同じクラスで活躍していた仲である。
同じ時間を過ごしたもの同士、何か絆のようなものがあるのかもしれない。
そしてもう一人。
「さ、西園寺優介ぇぇぇ!」
教室の奥から人を掻き分けて現れたのはこれまた女子生徒。
肩から下まで流れた黒い髪に白いカチューシャが特徴的なその生徒は、確かどこかで見覚えが……。
「キミのっ! キミのおかげで私はぁぁぁぁ! よくもぉぉぉぉ!」
大量の涙を流しながら胸ぐらを掴んでくる女子生徒の顔を眺め、ふと先日の学年度末魔法対抗戦を思い出す。
あの時、たしかカチューシャをつけた女子生徒を――。
「……あぁ、もしかして渡り廊下の」
「思い出したか! そうよ、あの時あなたに倒された女子生徒よっ!」
「えっと、それがどうしてこんなお怒りに?」
おいおいと泣き続ける彼女にポケットからハンカチを取り出して渡す。
それを受け取った彼女はぐしぐしと目元を拭い、キッとこちらを睨みつける。
「私はねっ! 本当は魔法学科に進級する予定だったのよ! それなのに最後の対抗戦で退場させられちゃったから他の子達よりもポイントが低くって……きっとそれで……ぐすっ」
あぁ、そういう。
さてどうしたもんかと困り顔でアリスに視線で助けを求めれば、彼女はそっと目をそらす。
ま、そりゃあそうだよね。
「おい、西園寺のやつ初日から女の子を泣かしてるぞ」
「さすがは【鬼畜眼鏡】と呼ばれるだけはあるな」
「西園寺○ね」
さっそくとんだ風評被害が出始めている。あと最後のやつ顔覚えたからな。
「ぐすっ……キミ、ちゃんと責任取りなさいよぉ」
「えーっと、責任とは?」
責任、大変重たい言葉である。
「三年生の進級時に私が魔法学科へ進級できるように協力すること。……もしそれが出来なかったら……」
「出来なかったら?」
僕の問いかけに、彼女は身体を近づけることで答えを示す。
僕の耳元まで口を近づけ小さく言葉をつぶやく。
「責任とって、私と結婚しなさい」
――チリッ
瞬間、凄まじい圧に全身が震える。
例えるなら首のすぐ後ろに銃口を突きつけられているというか、匙加減一つでどうとでも出来るという無言の圧力と言うか。
ともかくこれは良くない。
それは彼女も同様だったらしく、ビクリと体を震わせながら距離を取ろうと後ずさる。
「と、とにかく! 今年一年しっかりと私のために働いてもらうからね! 忘れないでよ!」
「え、えーと。よく分からないけど。まぁできる範囲でなら」
約束だからね! そう言い残しそそくさと隠れるように教室の隅へと退散していく。
……あ、そういえば名前を聞きそびれた。
ふと後ろを振り向くと、冷めた目をしているアリスと若干引いた表情の麗華の姿が見える。
「どうかしましたか」
「別になんでも」
彼女はこういうところが昔から変わらないんだよね。
――キーンコーンカーンコーン
そんな中、始業を告げるチャイムが鳴る。
「お、先生が来るまでに席につかなくちゃな」
「では西園寺優介、また後でですわ」
確か受けた説明では席について担任の教師が来るまで待機と聞いている。
周りを見渡すと、皆が近くの席に腰をかけ始めている。
「あれ、そういえば席ってどうやって決まってるの?」
「あぁ、特に指定がなかったからみんな好きに座ってるよ」
潤が指を指す方向に視線を動かすと、皆がそれぞれで決めた席に順々に着席していく。
ということは。
「ここが僕たちの席か」
「そう言うことでしょうね」
教卓の真ん前。
なるほど一番人気の席だ。
「別に私は教卓の前でも構いませんが」
「それもそうか。何か悪さをするわけでもなし」
考えてみれば悲観することもない。
そう納得しながら席に荷物を下ろし、ふとあることに気がつく。
「あれ、もう一人来てない人がいる?」
見れば後ろの席が空席のままではないか。それによく注意してみると、なるほどクラスメイトが一人足りない気がする。
一クラスが二十五人のはずだから、やはり一人足りない。
「誰か退学、なんて話は聞いてませんから遅刻でしょうか」
「遅刻……遅刻かぁ」
ふと去年同じクラスだった
遅刻癖がある彼女なら、あるいは始業式の日だろうが平気で遅刻をしてくるに違いない。
もちろん確信はないが、なんとなくその予感は当たる気がする。
――ガラガラガラ
「セ、セーフ? セーフだよな? ……はぁ……はぁ……せっかく走ってきたんだから遅刻なんてのは勘弁だぞ」
扉を開け、肩で息をしながらよく見慣れた女子生徒が姿を見せる。
姫カットにセミロングに伸ばした黒い髪。飾り気の一才ないその姿は、まさしく見覚えのある
「早く席に着いたほうがいいよ。そろそろ先生が来るかもしれない」
「お、やっぱり伊南もこのクラスか! あとは……っと」
彼女は入り口から席に座っている生徒一人一人を眺め始め、やがてある一点で目を止める。
彼女はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべながら、その生徒へと口を開く。
「やぁ、優介。今年も一緒のクラスなんてボクは嬉しいよ」
おめでとう西園寺優介。
これでこの一年、平穏でないことが確定したよ。
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